第6話 車中会話
自己紹介を終え、キスタは笑顔を浮かべながらハルヒサにこう提案した。
「うち来る?」
今日スタバ行かね、ぐらいの気安いノリで自宅に招き入れるキスタのフットワークの軽さに驚くが、異論なくハルヒサは頷いた。どのみち行く宛などない身だ。厄介になるのは決して悪いことではない。
むしろいい機会だとすら思った。この世界の一般常識、文字、文化を知る上でも、なんだか物知りな雰囲気がただよう赤髪の魔法使いの元で過ごすというのは。
「そうと決まれば、うーん。あ、いたいたおーい!!」
突然車道に寄ったかと思えばキスタはピョンピョンとジャンプを繰り返し、何かを呼び止めた。すぐに彼が何を呼び止めたのかは判明した。赤塗りの車だ。なんだタクシーか、とがっかりしかけたハルヒサはそれが自分の目の前に現れると瞠目した。
全体的な外観はこれまでハルヒサが見てきたレトロチックな車と変わらなかったが、例外としてバンパーには黄色い蛍光灯が付いていた。もっとも、ハルヒサが真に驚いたのはそんなことにではない。
車の運転席を見ると、そこには誰も乗ってはいなかった。本来ならば運転手が乗るべき席にハンドルもレバーもアクセルもブレーキもあるのに、運転手だけが不在だった。
驚くハルヒサの袖口をキスタは引いて中に入るように誘導する。言われてハルヒサは車の中へと入っていった。
内部はかなり窮屈で、大人が二人座れるかというぐらいのスペースしかない。キスタが小さいから、ハルヒサでも不便はしないが、普通ならいいとこ一人乗りなんじゃないか、と勘繰る程度には中は狭かった。とても街中で見た鬼ような人間や青鬼男のような大柄の人間が座れるとは思えなかった。
それはこの車を作った側、というか所有している側の人間も理解しているのか、頭から角が生えたシルエットにはバツが入っていた。乗車禁止という意味なのだろう。キスタに質問をすると、それはオーガという種族だ、と教えてくれた。
乗車し、扉を閉めると不意に運転席の方から声がした。それが正確には運転席の方からではなく、後部座席と運転席との間置かれた仕切りに設置された拡声装置からだとハルヒサが気がついたのはそれから流れてくる音声を聞いている最中だった。
『ピー。へい、旦那方!ディザステル・マウト無人回送車運行案内へご乗車くださりありがとーござます。この無人回送車はマウト市19番街から24番街までの外縁区のみの運行となってございますが、よろしいでっか?』
「ああ、うん。それでいいよ。21番街のシッター通り24-1に行ってもらえる?」
『りょーかいいたしましたっ!念の為、市民証もしくは観光案内明細手形をご提示願いまっす!』
わーってるよ、とぼやきながらキスタはローブのポケットから藍色の宝石を金色の容れ物に嵌めた独特な形状のアイテムを取り出した。指先でつまめるくらいの大きさの代物で、キスタはそれを厚手の財布に取り付けていた。
取り出したそれをキスタは拡声装置の隣にあったがま口に置いた。置いてすぐに青い光ががま口の中に発生し、それは三秒ほどで消えてなくなった。
『認証完了!はい、喜んで目的地に行かせてもらいます!!』
「そうして」
『乗車中の楽しみのため、霊信放送はいかが?今ならば』
「いらない。黙って運転して」
『かしこまりー!フルスロットルでいきまっせ!!』
「安全運転でお願い」
ひとしきりの会話を終え、車が走り出す。辟易した様子のキスタは無言で運転席を蹴り上げた。
「ちぃ、ポンコツ仮装人格め」
「仮装人格?」
仮想人格ではなく?
疑問からハルヒサは首を傾げた。
「仮装人格っていうのはこの車を動かしてる自動制御機械が羽織っている人格情報のことだよ。この人格っていうのは大元の自動制御機械のそれとは異なっているから、”仮装”人格ってわけ」
「話振りからして、自動制御機械つまりコンピューターみたいなものがこの車とかを操ってるってことか?」
自動運転なら地球にもあった。日本のメーカーがテレビのコマーシャルでさんざん宣伝していたのを憶えている。しかし、タクシーにまでそれが普及しているというのはさすがは異世界だ。
そのタクシー一台一台はコンピューターによって制御され、しかも個別の人格まで設定されているのだから、驚きを通り越して感嘆すら覚える。もっとも、キスタの話振りからしてそんなに優秀ではないのだろうが。
「コンピューターっていうのが何かはわからないけど、こいつらを操っている母機がいるってのはうん、その通り。こいつの喋ってる言葉はその母機が収集した情報に載っていた誰かの喋り方とか正確を真似ているんだ」
「すごいな。地球じゃそんなことまだできないぞ」
「あくまで人格の模倣ってだけだよ。こいつらそれぞれに意思なんかあるもんか」
『おいおいひどいぜ、旦那ぁ。俺はこれでも初めて目覚めてからの20年間、愛され運ちゃんとして生きてきたんだぜ?』
唐突に喋り出した車にハルヒサは驚き、キスタはため息をつく。
「ほらね、ポンコツでしょ?黙れって行ったのに聞きやしない」
『巷じゃあたしと会話するためだけに無人回送車に乗るってお客も珍しくねーんですがね?』
「それはただの悲しい人でしょ。俺達はそういうのじゃないの!」
『そんなこと言わんでくださいよ、へっへへ』
急に媚び始めたタクシーの仮装人格をハルヒサはますます人間臭く思えてきた。人間の人格を模倣しているから当然なのかもしれないが、それにしては受け答えに淀みがない。まるで本物の人間と会話しているようだ。
その疑問にキスタは当然だよ、と即答する。タクシー、もとい無人回送車の人格は作られた当初は会話がおぼつかず、機械的な返答を繰り返すことしかないが、長い年月運用することで、徐々に会話の手順や方法を学習していき、元の人格をベースに自然な会話をすることができるようになる、と彼は語る。
「暴走とかしないのかよ、それ」
「わかるよ、言っている意味は。一応、最終制御は母機が握ってるから、暴走の危険性は低いかな」
『へへ。俺らは司令制御機構からは逃れられませんからね』
「利用者の評価次第では人格の初期化もあるからね」
『こえーこと言わんでくださいよ。俺らからすれば死刑宣告みたいなもんですぜ?』
「嫌だったらちゃんと安全運転で頼む。あと変な霊信放送とかもかけるなよ?」
『わかってますよ、旦那ぁ』
釘を刺されてからは無人回送車の仮装人格は何も言ってこなくなった。時折、話したそうに停車中の車のハンドルが右へ左へ動いたり、ガチャガチャとサイドレバーが前後に震えたが、キスタは徹頭徹尾、その反応を無視し続けた。
ハルヒサも流れていく景色に夢中で無人回送車を気に掛けるどころではなかった。やがて回送車は市壁の外縁から大通りへと入り、その脇にある通りへと入っていく。右折と左折を何度も繰り返し、とある信号の前でキスタは、止まってくれ、と回送車に命令した。
『へいへーい。こちらでよろしいんで?』
「ああ。ここでいい。それでいくら?」
『へーい、全部で32ガットになりまーす』
「高いなぁ。ボッてる?」
『適正価格ですぜ、旦那!それとも払えないんですかー?』
「わかったよ。ほら、40ガット。お釣りはいらないから」
『太っ腹な乗客は好きですぜ!今後ともご贔屓に!』
財布から金を取り出し、現金入れに叩きつけると、キスタはドアのハンドルを手前に引いた。ガチャっという音と共にドアが開き、躍り出るキスタに続いてハルヒサも外に出た。
ブゥーンというエンジン音を鳴らして去っていく無人回送車を忌々しげに睨みながら、キスタはケっと唾を吐きながら、両手の親指を地面に向ける。死ねー、と外見相応の毒を吐くキスタを微笑ましいな、とハルヒサは思い、同時にこっちの世界にも似たようなハンドサインの文化があるのだな、と妙な安堵感を覚えた。
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