Abridged
@kadakitoukun
第1話 足を踏み入れた先は
少年は走る。ひたすらに狭い路地を、左右を石壁で囲まれた迷路のような裏路地を、息も切れ切れになりながら、心臓を激しく動かしながら、自慢の健脚で以て、本能的逃走で以て、ひた走る。
少年の格好はTシャツの上に上着を羽織り、ジーンズを履いているという現代日本でよく見る服装で、黒い髪、黒い瞳という日本人ならばそう違和感のない外見である。もっとも、彼はこの場におけるマイノリティ、マジョリティはもっぱら彼を追っている面々だ。
少年を追っているのは五人組の男達だ。その内、先頭を走る二人は特徴的な外見だった。
一人目は青色の肌で頭から二本の角が生えた山のような巨体の男。下顎の犬歯が発達していて、いかにも厳しい外見である。衣服は彼の体に合うように仕立てられたスーツで、どこか不恰好さは拭いきれなかった。
二人目は唇にピアスを付けた髪の長い男。髪の色は灰色で、顔色はすこぶる悪く目は充血していた。覗かせる歯はすべて牙のように鋭く尖っていて、不気味を通り越して気色悪かった。着ている服は大男と同じよく仕立てられたスーツで、体躯が人間サイズだからか、きちんと着こなしていた。
残る三人も同じような服装だが、外見は人間離れしていた。一人は長身の犬頭、残る二人は背が低く潰れたような顔面で、耳が異常に長かった。
どうして追われることいなったのか、よくわからない。
わけがわからないまま、いきなり追いかけられ始め、釣られるようにして少年の足は走り出した。走り始めるともう止まらない。まるでそうプログラムされたかのように足は動き続け、そしてふとあたりを見回すと路地のいっとう深い場所に迷い込んでしまったことに少年は気づいた。
薄暗い路地には影が差し、頭上を見上げれば雲ひとつない青空がある。左右の建物が壁のように立っていて、その高さは10メートル以上はあり、とても跳びこえることはできない。石壁には窓が見えるがきちんと施錠されていてとても外せそうにはない。叩いても同じだろう。
路地を走る石畳はどことなくイタリアの古い街並みを彷彿とさせ、左右の建物の色合いは鮮やかで統一感はない。屋根は三角ではなく、半月型、局面が主体となっている珍しいデザインだ。
もしこれが観光だったらゆっくりと眺めていたいくらいだが、そうやって手をこまねいていることもできない。背後から聞こえてきた怒号によって少年は再び走り出した。そして思い返す。一体どうしてこうなってしまったんだ、と。
*
その日は夜遅くに近くのコンビニに買い物をしに行っていたはずだ。カップ麺でも食べようと財布をポケットに入れ外に出て、そしていつものコンビニに彼は入っていった。
夜遅くということもあってコンビニにはレジに立っている店員以外の人はいなかった。周りが暗い中、煌々と輝く店内に足を踏み入れ、何か買うものを探しがてら少年は雑誌コーナーへと足を伸ばした。
雑誌コーナーでは今週発売の雑誌が置いてあり、店内で流れているBGMに耳を傾けながらパラパラとめくってからしばらくすると、少年は雑誌を閉じて本来の目的を果たすためにお菓子コーナーに、飲料水が置かれてある冷蔵棚へと向かった。移動を始めた頃には『はーい、新米スパイ系Vtuberの虎魚 やしろでーす』と商品を選んでいる間にいつの間にかBGMは切り替わり、コラボ商品の宣伝を始めるよくわからないVtuberのコマーシャルが始まっていた。
コンビニで買ったのはちょっとした清涼飲料水とチップス。新発売と銘打たれたチップスは少年が大好きな辛い系のチップスだったので、本来の予定にはなかったが、買ってみたものだ。
レジで会計を済ませ、店を出ようとして自動ドアをくぐろうとすると、不意に誰かが自分の名前を呼んだような気がして少年は振り返った。忘れ物でもしたかな、とレジの方へ目を向けるが、そこに店員の姿はなく、商品の陳列を行っていた。そもそも、店員が自分の名前を知っていることが不自然であることに気がついた少年は幻聴かな、と苦笑いをしながら、自動ドアから外へと出ようとした。
——許さない。
刹那、何かが勢いよく少年の背中を押した。それはあまりにも唐突で、少年は直前に聞こえた声のことすら忘れてしまった。
うわ、と声を上げて前のめりに崩れる少年はそのままガードレールの方向へと向かい、そのまま膝をぶつけて彼の上半身は車道に転がり込んだ。直後、プップーというクラクションを彼は聞いた。
痛みを感じる暇もなく、少年の体は飛んでいく。薄れゆく意識の中、彼の視界では車のライトが明滅していた。どこにでもある普通の自動車、そのボンネットとフロントグリルにはべっとりと血が付着していた。
だが、少年の眼差しは車など見ていなかった。彼が見ていたのは車ではなく、そのすぐ隣に立っていたフードを被った人物。深くフードを被っているせいで顔は見えないが、口元だけはくっきりと見えた。
笑っていたんだ、そいつは。
ニタリと口角を釣り上げて笑っていたそいつは少年以外には見えていないようだった。車から出てきた運転手も、音を聞きつけて店から飛び出たレジの店員も、集まってきた近隣の住民も。
意識が薄れていき、それでも少年はフードの人物を睨む。そしてその意識が途絶える間際、少年はフードの人物の唇を読んだ。
「——逃さない」
*
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