猫と未知なるクリスマス
野沢 響
猫と未知なるクリスマス
ジルは今日ものんびりと窓から行き交う人々や自動車を見下ろしていた。
最近は寒い日が続いていて、夜寝る時は飼い主のベッドの中に潜り込むのが日課になっている。
そんなある日、ジルが昼寝から目を覚ますと、飼い主の声が聞こえてきた。
声のする方に歩いて行くと、ちょうど仕事が休みだった飼い主は誰かと電話中。
じっとその会話を聞いてみる。
相手の声もかすかに聞こえる。この話し方は飼い主の彼女っぽい。
「ああ、じゃあ仕事終わったらケーキ取りに行って、そのままうちに来るんだな? 分かった」
そんなことを飼い主は言っている。続けて、
「あとは当日に酒買って……。予約してたチキンのクリスマスセットは俺が取りに行くから」
その後も飼い主はやり取りを繰り返していた。
どうやら、数日後に彼女がうちに泊まりに来るらしい。
彼女が来てくれるのはジルも嬉しい。
目一杯なでなでを要求しようと思う。
そして、彼女と電話している飼い主は何だか楽しそうだ。
電話を切ると、さっそくジルの元へやって来る。
「おっ、ジル起きた?」
そう声をかけるとテーブルにスマホを置いて、ジルの頭をなでなで。
ひとしきりなでた後、飼い主は壁掛けカレンダーに近付いて行くと、ボールペンで何やら書き込んでいる。
「仕事終わったら忘れずに店寄らないとな」
飼い主はカレンダーに向かって独り言ちているのだった。
※※※
入浴をすませて寛いでいる飼い主の横にぴったりとジルがくっつく。
飼い主は嫌がることなく、そのままソファーに座ったままスマホで何かを見ていた。スマホからは何やら音声も聞こえている。
ジルも画面を覗き込んでみた。
一人の若い男性が何やらピカピカ光っている大きな木の横でしゃべっている。
そのまま見ていると、「クリスマス」という言葉が聞こえた。
クリスマス?
さっき飼い主が電話で話していたやつか?
画面には見たことのない料理や赤い服に帽子姿の子どもたちが映し出されている。
他にもイベントなるものも紹介されていた。
飼い主はそれを見ながら、「へえ、こういうイベントもあるんだ」などと呟いている。
その後も飼い主と一緒に画面を見ていると、今度は赤い服に白いひげのおじいさんが出てきた。
ジルは首を傾げる。
(クリスマスって何なんだろう?)
謎は深まるばかりである。
※※※
そして、数日後。
飼い主は職場に行っているので、今は不在だ。
ジルがリビングを散策していると、ある物が視界に入った。
三段の棚の上にミニサイズのクリスマスツリーが置かれている。
そういえば、何日か前に飼い主が買ってきたと話していた。
気になってちょいちょいと触っていたら、「落としちゃダメだぞ?」と注意されたのだ。
その小さなツリーを見つめながら、今日がクリスマスだったことを思い出す。
その時、飼い主の足音が聞こえてきた。足音はもう一人。
ジルが玄関に向かうと、ちょうどドアが開いた。
「ただいま、ジル」
続けて、もう一人。
「ジル、お出迎えありがとう!」
飼い主の彼女も一緒だったらしい。
二人は両手に荷物を抱えて中に入って来た。
コートを脱いで手洗いうがいをすませると、さっそく買って来た物をテーブルに並べていく。
チキンやピザ、ポテトサラダ、グラタンの他にもシャンパンや缶ビールといった飲み物も並べられている。
料理に伸ばされたジルの手を彼女が掴んだ
「ごめんね、ジル。ジルのご飯はこっちだよ」
「にゃーん……」
抱っこされて、方向転換されてしまった。
仕方なく目の前に用意されたキャットフードを食べ始める。
「ケーキは冷蔵庫に入れておくよ」
「了解」
台所から飼い主が戻って来た。
「よし、じゃあ始めよっか」
お皿やグラスを並べた彼女が言うと、飼い主も頷いた。
「おう! せーの」
「メリークリスマス!」
二人の声が部屋に響く。
ジルの心境は複雑だ。
テンションの上がっている二人を横目で見ていると、ふと飼い主が思い出したように言った。
「あっ、そうだ。先に渡しておこう」
そう言うと一旦、寝室へ。
飼い主はすぐに戻って来た。
片手には赤い何かを持っている。
「はい、ジル。メリークリスマス!」
目の前に置かれたのは、何やら膨らんだ赤い靴下。
ジルはそれを黙って見下ろしている。
これ、飼い主の靴下?
何かでかくない?
しかも、こんな色の靴下うちになかった気がするんだけど?
ジルは顔を上げると、首を傾げた。
「開けてあげるね」
彼女はそう言うと、靴下の口ゴムの部分を開けた。
中から出てきたのは数本のチュールと小さめの蹴りぐるみ。
ジルの目が途端に輝く。
「プレゼントだよ、ジル」
「おお、喜んでる喜んでる」
ジルは飼い主と彼女を交互にすりすりと体をこすり付ける。
未知で溢れていたクリスマス……イイじゃん!
ジルは赤い靴下をぎゅっと抱きしめた。
(了)
猫と未知なるクリスマス 野沢 響 @0rea
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