カツラもバレたし、女装もバレた

緋色 刹那

🌪️🐙

 自然の猛威は、時として人類の叡智えいち凌駕りょうがする。


「キャッ! すごい風……え?」


「あっ」


 突風が吹き、僕の頭からカツラが飛んだ。ピンク髪のツインテールがメンダコのように宙を舞う。


 そしてよりにもよって、いっしょに歩いていた桂川さんの手の中へ、すっぽりとおさまった。


「……」


 桂川さんは手にしたカツラと、僕の頭を交互に凝視。あぁ、そんな未確認生命体を見るような目で見ないでくれ!


「ごめんなさい、桂川さん! これには深い訳が!」


「……!」


 桂川さんはカッと目を見開くと、僕のカツラを持ったまま、ものすごいスピードで走り去った。


「か、桂川さーん?!」


 すぐに追いかけるが、風が強すぎてまともに走れない。さらに、慣れないミニスカートとハイヒールのブーツが邪魔をする。


 カツラだけは……カツラだけは、なんとしてでも取り返さないと!



  🐙



 顔はメイクで、骨格は服で、顔の輪郭はカツラで隠す。女装男子のヒカルにとって、カツラは男バレを防ぐための必須アイテムの一つだった。


 おかげで、同じクラスの女子の桂川にすらバレず、「街で知り合った、女友達のヒカリちゃん」として仲良くなった。あこがれの桂川と二人でショッピングをしたり遊んだりするのは楽しかった。

 それが、たかが風ごときで、あっさりバレてしまうとは。自然の気まぐれ、コワイ。


 結局、ヒカルは桂川を見失った。


「……終わった。明日から、この世界に僕の居場所はない」


 ところが翌日、教室で桂川から普通に声をかけられた。


「ヒカルくん、今日日直だったよね? このプリント、先生に渡しておいてくれない?」


「う、うん」


(桂川さん、ヒカリが僕だって気づいてないのかな?)


 放課後、ヒカルは別のカツラで女装し、街に出た。


 本当なら、今日も桂川と出かける予定だった。あの反応から察するに、ヒカリが男だと気づいただろう。きっと、彼女は来ない。


 ところが、


「……いる」


 桂川はいつもの待ち合わせ場所にいた。

 ヒカルに気づくなり、笑顔で駆け寄ってくる。


「ヒカリちゃん、昨日は逃げてごめんなさい! ショートヘアのヒカリちゃんが可愛すぎて、カツラを返したくなくなっちゃったの!」


「まぁ、そうだったのね」


「カツラ、返すね。今日のも素敵だよ! あ、最近はウィッグって言うんだっけ?」


「あ、ありがとう」


 桂川はヒカリがヒカルだと気づいていないどころか、ヒカリが女装男子なことすら感知していなかった。自然には敵わなかったが、運はヒカルの味方をしたらしい。


 安心すると同時に、新たな問題が浮上した。


(カツラなしでもバレないなら、僕はどうやって桂川さんに正体を明かせばいいんだ? ずっとだまし続けるわけにもいかないし……詰んだ?)



  🐙



 桂川も内心、ホッとしていた。


(良かった、にカツラ返せて。私が女装に気づいたって知ったら、もう会ってくれないかもしれないもんね)


 カツラが風に舞った瞬間、桂川はヒカリがヒカルだと気づいていた。理由は違うが、パニックになって逃げ出したのは本当で、


(エェーッ?! ヒカリちゃんって、ヒカルくんだったの?! 女装したヒカルくん、可愛すぎる! でも、いつものヒカルくんも好きだし……私はどっちを選べば?!)


 しおれたメンダコの干物のようになったヒカルのカツラを前に、一晩考えた。


 その結果、


「どっちもヒカルくんなんだから、どっちも選べば良いのでは?」


 という暴論に達した。もちろん、ヒカルが打ち明けるまで、彼の秘密は守り抜くつもりだ。


「今日はどこ行こっか?」


「前に言ってたカフェに行かない?」


「賛成! ウィッグのこと、いろいろ教えてよ」


「う、うん」


(桂川さんとカフェ、楽しみだなー)


(ヒカリちゃんもヒカルくんも、私が手に入れてみせる!)

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