第3話

我慢できたのは『橘斗真』の熱愛相手が『春沢杏奈』だったこともある、かな。


首を傾げないでよ。


……ああやって騒いでいると気が狂っている女だけれどさ。

当時はドラマのヒロイン像と重なって、健気で守ってあげたい系の可愛い女性だったの。


本性はああだけどね。



あ、やっと笑った。


笑っていてよ。

あなたは笑顔のほうが似合うわ。


あまり暗い顔をしないで。

全部終わって私はスッキリしているんだから。




それで『春沢杏奈』の話だったよね?


こう言うと強がっているって哂われそうだけど『春沢杏奈』との浮気は疑ってはいなかった。


だって『橘斗真』は夫の創造物。

『橘斗真』は誰にでも優しい好青年だけど、私の夫の成田誠はああいうタイプの女は苦手だもの。



誠とは私の兄の紹介で知り合ったのよ。

でも、何で私を紹介したのか兄の正気を疑うくらい、会ったばかりの頃の誠は女嫌いだった。


初めて会ったときなんて「はじめまして」の三十分後に喧嘩が始まっていたわ。


黒歴史よね。



……そんな出会いの人が夫になるのだから、人生って何があるか分からないわ。


不思議なことに、お兄ちゃんたちに結婚するって言ったときには「やっぱりな」って笑われたけれど。



私は……私が笑っているうちに熱愛報道は終わるだろうって思ってた。


だって噂よ。

七十五日なんてあっという間だって、思ってた。


……私は何も知らなかった。



『橘斗真』と『春沢杏奈』の熱愛の噂は一ヶ月過ぎても下火にならずSNS上で燃え上がっていた。


雑誌やテレビはとっくに違う人の熱愛報道で盛り上がっていたのに。

SNS上だけ、話題になり続けた。



考えてみればおかしな話。


だって『橘斗真』は、今でこそ人気俳優だけど当時は知る人ぞ知るってくらいの人気だった。

『春沢杏奈』だって演技力はないし、可愛いけれど容姿で仕事が沢山くるほどの可愛さでもない人だった。


特に「これ」という売りがない二人。

彼らの話題がSNS上でずっと盛り上がれる理由。


それは二人の熱愛が「真実の愛」だったからなの。


『#真実の愛』で大盛り上がり。

熱愛どころか、不倫なのよ?



だって『橘斗真』は既婚であることを隠していなかった。

それも当時の人気が「知る人ぞ知る」だった理由。


妻がいる以上、どの方向から見ても不倫。

有名人の不倫は全方位から滅多打ちにするのが日本の文化。


それなのに「真実の愛」と持て囃された。


『橘斗真の妻』がとんでもない悪女だったから。

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