第4話

オレたちはしばらく動けなかった。

浴びせられた情報があまりにも多すぎて、そして、それに続いて、突然死神が首に鎌を掛けてきたような感じがした。


その瞬間、恐怖と混乱が一気に押し寄せてきて、オレはその場に崩れ落ちそうだった。

だが、ようやく意識を取り戻し、地面から頬を離すことができた。


「と、トリントン……」


オレが名前を呼んでもトリントンは動かなかった。次第に自分のしたことの重大さが分かり、その場でわんわんと泣いた。


「泣くな……!泣くなよ!!」


オレだって泣きたいくらいだ。しかし、大人としてのプライドが胸の中に僅かに残っていた。


「まずは、村に行かないと……親父さんに話して……」

「話して、ど、どうなるって言うんだ!!」

「それは……」

「あ、あいつはオレたちを許そうなんて少しもお、思ってない!あの女は“打首好きのサタナチア”だ……!!」


オレはその不穏なあだ名に絶望した。もうそれ完全にやばいやつのソレじゃん。


オレたちは気持ちを立て直し、なんとか村に戻ると村人たちの混乱と絶望が聞こえた。やがてトリントンが村の入り口に立つとそこは水を打ったように静まり返った。


「トリントン……」


トリントンの親父が青ざめた顔で息子を見つめた。トリントンはその視線に耐えられないように俯いて黙っていた。誰が言った。


「どうするんだよ!!?あ、明日までに山に穴を開けなくちゃ村人全員打首だって……!」

「そんなことできるわけがない!」

「相手は打首好きのサタナチアだぞ!!逃げたってどこまででも追ってくるにきまってる!!」


もはや村中がパニック状態であった。


早く逃げ出さないと、いやどこに逃げるっていうんだ?もう兵士たちが村のすぐそばを囲うようにいるという。少しでも山を掘って誠意を見せれば…いや、相手は打首好きだぞ!?そんなこと構うことなく首を刎ねるつもりだ。


「皆の者、落ち着け落ち着くのじゃ……!」


村長らしき老人がRPGさながらに杖で地面を叩いた。それでも村人の混乱は収まらなかった。

村長はちらりとそばにいるひょろながの兵士の顔を見ると、目配せをしてなにか合図を出した。


「えー……コホン!」


すると、一陣の風がざわめく空気を切り裂くように吹き抜けた。乾いた地面が舞い上がり、村人たちは一斉に目を細め、息を呑む。その風はまるで大地そのものがため息をつくかのように重々しく、冷たかった。


周囲に響いていたざわめきは、一瞬のうちに消え去る。偶然とは思えない。不気味な沈黙が辺りを覆い、風の音だけが空間を支配していた。村人たちは互いに顔を見合わせるが、誰も声を出さなくなった。


「やっと静かになったようじゃな。みんな、恐ろしいのは分かる。だが、ここで泣いて叫んでもなにも変わらんじゃろう……」


村長の言葉に皆黙った。そんなことはおそらく誰もが分かっているのだ。しかし、突然向けられた打首のプレッシャーに耐えられる人間がいるだろうか?


「変えられるのは自分の行動だけじゃ。そうだろう?……そこの野良魔術師さん」


オレは自分のことを指していると気がつくのに、だいぶ時間が掛かった。村人たちの視線が、じわじわとオレに集まり始めたのを感じ、ようやく事態を理解する。重たい沈黙がオレの胸を締めつけ、嫌でも村長の方へ顔を向けざるを得なかった。


「みんな、少し時間をおくれ。ワシはその人と話をしてこよう」


村長の声は静かだったが、その一言は場の空気を支配していた。杖をつきながらゆっくりと歩き出す姿に、誰も逆らう気配を見せない。


オレはどうすれば……。


ちらりとトリントンの方を見ると、少年の顔は恐怖で硬直していた。痛いほど冷たい村人たちの敵意が彼に向けられているのが分かる。体を縮めるようにして俯くトリントンに向けられた視線は、容赦ない鋭さだった。


……オレしか、いないじゃないか。


全身が嫌な汗でべたつく中、オレは意を決して体を動かした。足元がふらつきながらも、村長の後に続く。後悔しない行動を取るには、もうこれしかない。


頭が混乱し、村長の背中を追うだけで精一杯だった。トリントンの怯えた顔、村人たちの冷たい視線、そしてサタナチアの冷酷な声が、次々と頭をかすめては消える。


後ろで何かが動いていたとしても、オレには気づく余裕などなかった。


◇◆◇◆


村長の家は質素であったが温かみがあった。オレは勧められるがままに椅子に座り、お茶を飲んだ。もはや味など感じなかった。


「先ほど打首……いえ、サタナチア様配下の兵士から通達がありましてな……良い大人がご覧の通りの取り乱しようです」

「いえ……オレが、オレが悪いんです」


責任を負うべきは自分だと分かっている。オレがもっと小さな蛇を召喚していれば、少なくとも今ほど酷い状況にはならなかっただろう。……いや、それではトリントンもオレも今頃、鶏の餌になっていたかもしれないが。


「……もはや一刻の猶予もございません」


村長の声は震えていた。彼は深々と頭を下げ、やがてその額が地面に触れるほどに平伏した。


「お願いいたします……!魔術師様!!この村をお救いください!」

「や、やめてください!!」


その年齢も立場も上の人物が突然地に伏せた光景に、オレはたじろいだ。むしろ土下座をするのはオレの方ではないのか? そう思い、慌てて膝をついて頭を下げようとした、その瞬間――


バタンッ!


無遠慮に家の扉が開く音が響いた。

思わず顔を上げると、そこには例のひょろ長い兵士が立っていた。彼の影が、薄暗い室内に長く伸びている。


「いやー……うわっ。ど、どういう状況ですか?」


兵士は目の前の異様な光景に、明らかに戸惑いを隠せない様子だった。村長の額は地面に擦り付き、オレも半分身を伏せた格好で中途半端に固まっている。状況を理解しようとしているのか、彼の目が2人を交互に行き来した。そして、次の瞬間――


「フフ……悪巧みのお話なら、ボクも混ぜていただきましょうか?」


兵士は薄く笑みを浮かべ、まるで勝ち誇ったような声でそう言った。その笑みが、まるでオレたちを何か面白い玩具のように見ているかのようで、背筋がぞくりとする。

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