第3話
三年生を送り出す卒業式の諸々がくっきりと脳裏に刻まれているのに比べ、自分自身の卒業のことはろくすっぼ覚えちゃいない。当時の俺は、朝比奈さんを送り出す卒業式そのものが、俺たちSOS団の弔鐘に他ならないことなど知る由もなかった。形は変われど、俺たちの少々奇天烈な日常は続く、と信じて疑いもしなかったのだ。
式典の終了後、朝比奈さんを除く団員は部室に集まった。俺たちは春休みが終われば三年に進級する。朝比奈さんは北高校から巣立っていく。
部室に最後の挨拶に現れた朝比奈さんは、何かを言いかけたけれど声にならず、ハルヒに抱きついて泣きじゃくった。
「もう、みくるちゃんったら。これで永遠に会えないわけじゃないんだし、たまには遊びに来なさいよ。団長命令だからねっ!」
言葉がきつめなのはいつものことだが、ハルヒの眼にも朱がさしていて、俺と目が合うとぷいっと目をそらしやがった。
俺は全身これ涙の塊とまでは言わないが、急にこれまでの朝比奈さんにまつわる記憶があふれだしてきた。SOS団第一回不思議探しの途中に二人で桜並木を歩いたことや、一年の秋にはデートもどきの「任務」に一緒に赴いたことなど……どれをとってもかけがえのない思い出だ。
朝比奈さんがここに来た本来の目的。
『俺』という現時点要素の力でハルヒに働きかけ、未来の科学でも超越できない時間間隙の先にある過去に跳躍するのが当初の目的だった。俺の力が必要なのはタイムトラベラーである朝比奈さん自身はこの時間平面上では事象への直接干渉ができないからだ。
「キョンくん。ありがとう。これまでずっとお世話になりっぱなしで、あ、あたし……」
やっぱり言葉にならなくて、瞳から大粒の涙がこぼれ落ちるのを拭おうともせず、朝比奈さんは俺の手をぎゅっと握りしめた。ハルヒの目がなければ、俺も抱きついてほしかったが言わないでおいた。
朝比奈さん。あなたの本当の仕事はこれからなんですよ、とはさらに言い出せるわけもなく。この人が強く立派になって再び高校一年の俺の前に現れるのは動かしようのない事実なんだ。そう信じていた。その時は。
任務は成功したんだろうか。俺は役目を十全に果たしえたのだろうか。そんな疑問も少しはあったけど。それはわからない。朝比奈さんは真相を語らずに北高から去ってしまう。
今の姿をした朝比奈さんとは二度と会うことはない。とうとう俺には教えてくれなかった遠い未来のいつかに帰還してしまう。
俺たちと朝比奈さんの感傷の渦が収まるのをまっていたかのように、しばらくして鶴屋さんが部室のドアを開けた。いつもは底抜けに明るいはずの鶴屋さんの顔にも涙が浮かんでいる。鶴屋さんとも再び会うことはない。なんたって鶴屋家の次期当主様だ。俺とは身分が違うんだし。鶴屋さんは今秋になってから外国の大学に入学することになっているそうだ。
鶴屋さんは別れ際に俺を隅っこに引っ張っていき、
「キョンくん、ハルにゃんをよろしくね。人類の未来はキミにかかっているんだよっ!」
と、冗談めかして言ってくれた。あれは未だにどういう意味なのかわからない。
そのうちコンピ研の元部長氏までが挨拶に現れ、朝比奈さんが急に落ち着かなくなり、部長氏が緊張する中、ハルヒはデジカメのデータを本人の前で消去し、パソコンの中にもないことを確約した。これで部長氏も肩の荷が下りたのか、長門にコンピューター研究部をお願いしますと深く頭を下げ、去り際にすこし笑顔を見せて部室を去っていった。
そのあとは記念写真を取り合ったり、軽音部から永久借用しているギターを手にハルヒがエノーズの歌を披露したり、俺もあやうくトナカイ芸を強制されたりと悲喜こもごもの一日が終わった。もうすぐみんなで三年になる……はずだった。
別に驚きゃしないが、三年になっても俺とハルヒ、そして国木田、谷口は同じクラスの予定だ。
……それなのに。
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