24 容疑者本多ミチロウ
シュリはいま、本多探偵事務所の隅にある充電装置の上にしずかに座ったまま眠っている。
筒井を逮捕した日、筒井の身柄を留置所の職員に引きわたしたあと、シュリは突然フリーズし、そのまま現在まで活動停止状態がつづいている。何度か再起動を試みてみたが駄目だった。
本多はアンドロイドの顔をまじまじとみた。
「これが元々の顔なのか」
いまのシュリはこれまでとはまったくちがう顔をしていた。丸顔で頬がふっくらとしていて、小さく低い鼻とつぶらな垂れ目が特徴的で、あの〝お面〟の〝おかめ〟にそっくりだった。
「オカメさん、か……」
このまま元に戻ることはないかもしれないな、と本多はおもっていた。
自分を殺した犯人が逮捕され事件が解決したことで、シュリがこの世にとどまる理由がなくなったのかもしれない。
「おい、成仏しちまったのか」
本多は独り言ちた。
それは悪いことじゃない。死してなお現世に縛られるよりは数段マシだ。むしろ喜ぶべきことなのだろう。だがしかし──
「にしたって、黙っていくこたァないだろよ」
本多はつぶやいた。
実際のところ、いま部屋の隅に鎮座しているアンドロイドは〝アンドロイド〟にしか見えなかった。シュリの魂が宿っていたときは生身の人間にしか見えなかったのに──
本多は事務所を見わたす。
(だいぶ片付いてきたな)
殺し屋・蜘蛛に破壊された事務所だが、大家におそるおそる報告したところ──本多は追い出されることを覚悟していた──、大家は本多を責めることもなく、なぜだか無償で部屋の修理をしてくれた。
それでも壊れた家具や応接セットを処分し、新しいものを購入しなければならなかった。モニターも破壊されたのであたらしいものに換えた。
新しいモニターのチャンネルをニュース番組に合わせてみる。真城コウタロウの顔写真がアップで映し出された。
ここ一週間、世間はマシロ・コーポ事件の話題でもちきりだ。世界的大企業の社長令嬢の誘拐殺人事件、さらにその犯人が社内の人間で創業メンバーの一人ともなれば、衆目を集めないわけがない。マスコミがスキャンダラスに煽りたてた記事や報道に人々は群がった。事件関係者の個人情報は晒され、デマや中傷が飛びかった。
家族を殺された被害者であるはずの真城コウタロウに対しても、同情よりも批判のほうが圧倒的に多かった。真城コウタロウは事件後まったく人前にあらわれず、それが世間の憶測を生み、罵詈雑言に拍車をかけた。
本多といえば、事件を解決した功労者として一時注目されたが、その熱は一瞬で冷め、日々更新されるほかのネタになかに埋もれていった。
本多は筒井の事情聴取を二回おこなった。それでわかったことがいくつかある。
筒井は、仕事のストレスか、すいぶん前から精神状態がわるかったようだ。それが二年前の娘ミカの病死によって急激に悪化。精神に異常をきたした筒井は、妻との関係も破綻し、離婚。職場では秘書業務を放棄して、『情報思念体復元蘇生法』の研究部門を立ち上げた。娘の死後、筒井はその事業推進に取り憑かれたように没頭していたという。
と同時に、被害妄想が筒井を蝕んでいった。真城コウタロウへ憎悪が肥大し、殺意が芽生え、今回の犯行をおもいついたようだ。
コンダルに殺害依頼したのは、既存の組織だとシュリの身元を調べられてしまうだろうと考え、新興の弱小組織をえらんだそうだ。しかし、
「私の見立てが甘かったようだ」
と筒井本人も認めていた。コンダルは抜け目なくシュリの身元をしらべ、暴走した。筒井は古くからつかっていた殺し屋にコンダルの皆殺しを命令した。
本多はこう訊いた。
「その殺し屋は〝蜘蛛〟って女ですよね」
「ああ」
逮捕後の筒井はずいぶんと落ち着いたようにみえる。
「俺の殺しも命令したんですか。俺もあの女に殺されかけたんですが」
「いや、あの時点で君の存在は把握していなかった。ただ、〝真城シュリになりすましている者がいる〟ことしかわかっていなかった。蜘蛛には〝なりすまし〟の生け捕りとコンダル殲滅を命じた。君の存在と事務所をつきとめたのは蜘蛛自身だよ」
「蜘蛛との関係は長いんですか」
「ああ、十年くらいか。私は汚れ仕事もずいぶんとやってきたからね」
「シュリさんの殺害を蜘蛛に依頼しなかったのはなぜです」
「蜘蛛に?」筒井はかんがえもしなかったと言いたげな顔をした。「あの女は異常者だ。あんな奴にたのんだらどんな残虐な方法をとるかわかったもんじゃない」
だれかが事務所のドアをノックした音で、本多は白昼夢から覚めた。
ドアを開くと、どうみても友好的にはみえないスーツ姿の三人組の男らが立っていた。
本多は警戒心をつよめた。
「本多ミチロウさんですか」
「アンタらは?」
「テミス探偵会社の柿谷です。マシロ・コーポレーションより依頼され、真城シュリ氏殺害事件の捜査の一環として伺いました。お話よろしいですか」
テミス探偵会社──大企業を何社も顧客にもつ大手の探偵事務所だ。
「話ってなに?」
弱小とはいえ同業者である本多は、大手の名前を出され敵対心を刺激されたようで、必要以上に反抗的に出た。
柿谷と名乗った男はあからさまに苛ついた態度になった。
「できれば中でお話ししたいのですが」
「断る。ここで済ませてくれ」
「おい」柿谷は怒りをあらわにして言った。「調子に乗るなよ。お前には真城シュリ殺害の共犯の容疑がかかってんだよ」
「はあッ! なにいって──」
「このまましょっぴいて留置所で話を訊いたっていいんだぜ、本多さんよお」と柿谷はしずかに恫喝してきた。これが柿谷の本性らしい。
「くっ──」
本多は苦々しい顔で男たちをなかにとおした。
本多が応接用のソファーにすわると、向かいの席に柿谷が腰をかけ、ほかの二人はその後ろに立った。
柿谷は目の前の応接用テーブルの上にころがっている無数のビールの空き缶をみて顔をしかめた。
「さっきもいったようにあなたは真城シュリ殺人共謀の罪に問われている」
「なんでそうなるんだよ。俺が解決した事件だぞ」
「あんたには不審な点が多すぎるんだよ」柿谷は本性をかくすことを諦めたらしい。「まず、○月△日、真城邸の防犯カメラにあんたの姿が映っている。この時点で真城シュリ本人は誘拐監禁されていて、おそらくすでに殺害されている。あんた、どうやって真城邸に入った?」
「そ、それは……ん……」
「そこのアンドロイドだろ」
柿谷は事務所の隅を指差した。
「あのアンドロイドは生前真城シュリが所有していたもので、当人がいろいろと改造をほどこしていたようだな。そのアンドロイドには外見を変化させる機能があり、生体認証もパスできる精度のようだ。それで真城シュリになりすまし真城邸に不法侵入したんだな」
「不法侵入って! 俺は依頼をうけて捜査のために家に──」
「真城邸で何をした」
「……家宅捜索だよ。なに情報がないかと」
「あんた、そんとき家宅捜索の令状を持ってなかったよな」
たしかに令状はもっていなかった。しかし、
「簡易的な家宅捜索の場合、探偵権限として令状なしの家宅捜索が認められているはずだ」
「……まあ、今回のこれが簡易的な家宅捜索にあてはまるのか、不法侵入になるのかは、ここで議論しても埒があかないからやめておこう……では先程、『依頼をうけた』といっていたが、一体だれに、なにを、依頼された」
「それは──」
本多は言いかけて思いとどまった。
(こんなこと一体だれが信じる? 真城シュリの霊魂が取り憑いたアンドロイドがやってきて、『行方不明の私の体を探して』と依頼された、などと……)
本多が言い淀んでいると、
「やはり依頼などなかったんだな。だから令状も請求できなかった」
「いや、依頼はあった。実際に俺が真城シュリの遺体を発見したんだ。それは報告されているはずだ」
「それについては把握している。しかし、あんたの捜査は不明な点が多い。共犯者と疑われてもしかたないのでは」
「くッ……」
まずいことになってきた。言われてみればたしかに柿谷の言う通りだ。
「さらに、あんたはこのアンドロイドがもっていた真城シュリのクレジットから数回決済している。これはあきらかな不正行為だ」
「……」
本多はどんどん追い詰められていった。
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