祖母

 土曜日。


 今日は祖母に会いに行く日である。みらいと真崎さんがついてきてくれるけど、直接会うのは5年ぶりと会って、嬉しい反面やや緊張している。


 顔を洗って洗面所を出る。そこに、と、余所行きの格好をした真崎さんと出くわした。


 窓から洩れた朝日を受けて、虹彩を放つ濡羽色の髪。白のブラウスに淡いクリーム色のカーディガン。ベージュのロングスカートが、清楚の申し子のような真崎さんに良く似合っている。


「おはよう。真崎さん。その服良く似合ってるよ」

「お、おはよう。彩昂君。彩昂君は……いつも通りだね」

「これしかないからね。ばあちゃんとこ行ったら、色々買いに行かないと」

「それなら私達も付き合うよ。お店とか教えてあげられると思うから」

「助かるよ」

「そ、それでね……」

「うん?」


 そういえば、真崎さんは挨拶をした時から妙に緊張したような様子を見せている。


 常に泰然としている真崎さんが珍しい。


 服を褒められて照れた? いやいや、真崎さんくらいの美人なら褒められ慣れてて今更照れたりしないだろう。以前、和服姿を褒めた時は逆に笑われたくらいだし。


 顔を見ると、少し赤いし、具合でも悪いのだろうか?


「真崎さん? もしかして具合でも悪いの?」

「ううん。そういうのじゃないんだけど……」


 肩をすくめてもじもじ。


 上目づかいで僕の顔をちらちら。


 スカートの端を握っていじいじ。


 こ、これはまさか……


 告白の二文字が頭をよぎる。


 いやいやいや。流石に無い。彼女とはまだ実質会って数日だし。洗面所の前ってのはムードが無さすぎる。


 それに僕にはクーがいる。彼女の想いには応えられない。


「彩昂君。あのね……」

「はいっ!?」


 既に心に決めた相手がいるとはいえ、顔を赤らめた絶世の美少女を前に緊張するなって方が無理だ。つい上ずった声を上げてしまう。


「その……」

「はいっ」


 彼女が意を決したように、口を開きかけたその時だ。


「連絡先聞くだけなのにいったい何をやってるんだ」


 みらいである。彼女の私服は、黒のシャツに青のジャケット。デニムのショートパンツと、正に元気の申し子といった感じで、やはり良く似合ってる。


「おはよう。みらいも私服似合ってるよ」

「おはよ。うん、知ってる」


 朝の挨拶をすげなく済ませると、みらいはスマホを手に真崎さんに詰め寄った。


「何もたもたしてるんだ。さっさとグループ登録するぞ」

「だって、男の子と連絡先交換するのって初めてなんだもん」

「男子の連絡先聞くのに緊張するとか中学生か!? ……ん? なんか

 前にも同じ事言ったような?」


 はい。それ僕です。


 なるほど。もじもじ真崎さん発生の原因はそれか。


 気持ちはよくわかる。僕もみらいの連絡先聞くとき凄く緊張したから。


 何はともあれ、告白じゃなくて良かった!


 それから真崎さんと連絡先の交換を行う。メッセージアプリも、みらいと真崎さんと僕でグループを作成する。


 真崎さんからの最初のメッセージ。『よろしくお願いします』はわかるけど、スタンプが金太郎?


 そしたらすぐに『変なところで対抗すんな!』と、クマのスタンプがお気に入りのみらいからツッコミが入って、僕は顔を綻ばせた。


 



 僕達3人は、朝食と身支度を済ませて家を出る。みらいと真崎さんも祖母に用事があるみたいで、温泉饅頭の入った包みを手にしている。


 祖母の暮らす介護ホームまではバスでの移動である。みらいひとりなら自転車で行くみたいだが、僕と真崎さんは自転車を持ってない。


 買い物リストに自転車も追加する。どの道これから自動車学校に通うのに必要になる。


「お前は本当にその恰好で行くのか?」

「仕方ないだろう。これしかないんだから」


 ポンチョにテンガロンハット。肩には帆布の鞄。いつものアンデススタイルの僕に顔をしかめるみらい。


 確かに目立つから、僕もちょっとは考えた方が良いと思ってる。


「帰りに服も買いに行くんだよね」

「へー。それじゃあ、あたし達でいい感じに見繕ってやるとしよう」

「うんうん。彩昂君は素材が良いから選びがいがあるよ」

「……お手柔らかに頼むよ」


 目を輝かせるふたりの前で、僕は猛禽類を前にしたデグーみたいな顔をしていたと思う。


 祖母が入居する介護ホームは真新しい平屋建てで、全室個室のモダンな建物だった。料金はかなり高そうだが、祖母は結構貯えてるから問題無いだろう。


 面会の手続きをして中に進むが、老人ホーム特有の汚物と消毒液の混じった匂いはしない。清潔で木の香りのする廊下を進んで祖母の待つ部屋へ。


 コンコンコンと扉を叩く。


「彩昂です」

「撫子です」

「おばあちゃんせんせー! 来たよー!」


 予め大まかな到着時刻は伝えてある。外から声をかけると返事が聞こえてきた。


「お入りなさい」


 重い引き戸を開く。12畳程の洋間で、トイレとミニキッチンが付いた日当たりの良い部屋。そこに車椅子に座った祖母の姿があった。


 和服姿で髪もきっちり整え、凛とした雰囲気は相変わらずだが、モニター越しに見るより小さく見えた。


「ばあちゃん。お久しぶりです」

「彩昂さん……よく、帰って来てくれました」


 祖母は少し涙ぐんでいたと思う。


「ご心配をおかけしました」

「ええ、まったく……こちらへ来てもっとよく顔を見せてください」

「はい」


 僕は祖母の元に歩み寄ると、少しかがんで視線を合わせる。


 祖母の目から涙がこぼれた。


 いつの間にか、みらいと真崎さんの姿は消えていた。


 それから僕は、ここ2年間の内にあった事を祖母に話した。


 父がクーを引き取り、正式に養子縁組した事。日々の様子やユアチューバーとしての活動は既に祖母に話していたが、クーの命を狙うマフィアとの戦いについては話していなかったからだ。


 祖母の弟子や孫弟子は日本中にいて、政治家や官僚に顔が利く。もし話していたら間違いなく強制帰国させられていただろう。だから話せなかったのだ。


 だから感動の再会の後はしこたま怒られた。


「彩昂さん! そこにお座りなさい!」


 床に正座させられた僕は、たっぷりお説教されたのだった。


「まったく。この程度で痺れて立てなくなるとは情けない」


 まだぷりぷりしている祖母から、みらいと真崎さんを呼んでくるように言われて、僕はよたよたと扉を開ける。


 この分だと、父さんも相当怒られるな。


 後日、父の元に、祖母から原稿用紙10枚に及ぶ、毛筆で説教が書かれた手紙が届いたと報告があった。


 神棚に飾っておくと良いと思うよ?


 さて、僕が怒られていた間、みらいと真崎さんがどうしていたかといえば──


「ほら、4個まで回せるようになったよ」


 みらいはお婆さん方とお手玉してた。


「あら、上手ね」

「まるでサーカスみたいだわ」


 器用に四つのお手玉を回してみせるみらい。相撲やチャンバラが得意な元気の申し子は、意外と女の子の遊びも得意なのだ。そして、清楚の申し子真崎さんはというと、お爺さん方相手に腕相撲で無双していた。


「くそー! また負けたわい!」

「次はわしじゃ! 毎日ダンベルでトレーニングしておったから今日は負けんぞ!」

「はーい。田中のお爺ちゃんそれ前にも聞きました」


 ふたり共学校では見せない素を出して、楽しそうにしている。


「みらい、真崎さん。ばあちゃんが呼んでるよ」

「はぁい! 今5個回せるように練習してるから待っててね」

「じゃあ、次来るまでにもっと鍛えておいてくださいね」


 僕が呼びに行くと、共用フロアに集まっていた入居者の方々の視線が僕へと注がれる。


「あら、みらいちゃんの良い人かしら?」

「いい男じゃない。お似合いね」

「くぅぅぅぅぅ! みらいちゃんと撫子ちゃんに挟まれるとは! 誰じゃあの男は!?」

「麻生先生のところのぼんか。ふむ……うちの孫と同じくらいじゃな」


 ここにも佐藤君みたいなのが湧いて出た。面倒そうなお爺さん達に絡まれる前に、僕は軽く会釈だけをして、逃げるように祖母の部屋へ。


「おばあちゃんせんせー。お茶いれる?」

「いいえみらいさん。今日はわたくしがやるわ」


 僕達をテーブルに座らせて、祖母は手慣れた様子で電子ケトルと急須で人数分のお茶を入れる。お茶請けはみらいが持参した温泉饅頭だ。


 あえて温めにいれられたお茶は、のど越し良くに収まる。饅頭との相性も良く、ほっと心が和むのを感じた。


 僕とみらいと真崎さんは、揃ってカピバラのように目を細める。


「そういえば、みらいの用事ってなんなの?」


 ひと心地ついて僕がそう切り出すと、みらいも本来の目的を思い出したようだ。


「ああ、実はね。連休の間、あたしとなこをおばあちゃんせんせーの家で住まわせて欲しいってお願いに来たんだよ」


 は? 何それ聞いてない。

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