家族

 部屋に戻ってタブレットを立ち上げる。


 メールの着信が3件。


 差出人はクー、外務省、それに父さん。


 急いでクーからのメールを開く。


『フランカトエリサニボクガクニャンダッテバレタ』


 あー。バレちゃったか。


 どうやらクーのルームメイトはオララの視聴者だったらしい。


 オララファンには、ソータの中の人がアヤタカ・アソーという日本人だと広まってるから、 バレたのは昨日僕が名乗ったのが原因だ。


 まあ、クニャンのビジュアルがまんまクーだってのもあるだろうけど。


『大丈夫。でも、素顔をネットに上げないようにだけは注意しておいて』


 そう返信するとすぐに返事が来た。


『フタリガアニニアイタイッテイッテル』


 ふたりが僕に会いたいって言ってる?


 クーが日本に来て初めて出来た友人だ。兄としては人となりを見ておきたいという気持ちもあって、僕は了解の旨を伝える。


『いいよ。いつ頃?』


 予定では5月の連休にクーがこっちに来る。それについて来るなら、祖母の家に泊まってもらう事になる。流石に今からでは宿の予約がとれないからだ。


『シチガツニソツギョウリョコウデ』


 7月? なるほど卒業旅行でこっちに来るのか。


 クーの通うインターナショナルスクールの卒業式は6月の終わりにある。こっちは平日だから、会うなら予定の調整が必要だな。


『わかった。今度話そう』

『リョ』


 りょ? 誤字かと思ったが、了解を省略したギャル語だと気づく。ルームメイトのふたりに教わったのだろう。


 クーとのメールをそこで一旦終わらせると、次は外務省からのメールを開く。


 シシメルの日本大使館からだ。内容はというと、おかげで空港の拡張とケーブルカーの設置事業の受注がとれたとからありがとうというもの。


 日本政府は、空港の拡張工事を巡って中国と争っていた。かなり不利だと言われていたが、どうやらフェレロファミリーの崩壊で、マフィアと関わりのあった議員が大勢失脚。それで大逆転を決めたらしい。


 付き合うなら真っ当な相手を選べって事だ。良い教訓になっただろう。


 それにケーブルカーの建設。


 陸の孤島ともいえるアンデス奥地の集落に住む人々は、ずっと麓との往来を楽にするケーブルカーを切望していた。


 ヨーロッパからの侵略から逃れた王朝の末裔が暮らす集落は、失われた文化や貴重な遺跡が数多く残され、観光地として高いポテンシャルを持っている。その為、ケーブルカーを設置したとしても十分に採算が採れるとされていた。それにも関わらず建設計画が進まなかったのは、体のいい人間牧場を失いたくなかった人身売買組織が、マフィアと手を組んで圧力をかけていたからだ。


 マフィアが環境と文化保護をうたって反対していたのだから笑える。


 ケーブルカーの完成にはまだ時間がかかるだろう。だけど、ようやく一歩前進だ。集落の孤立が解消されれば、人身売買組織も活動しにくくなる。


 僕は感慨深い思いで、受注おめでとう。ケーブルカーよろしく。といった内容で返信する。


 最後に父さんからのメールを開く。


「なんだこりゃ?」


 メールのタイトルは『すまん』の一言。そして、渚さんが父さんに送った『まったく。男ってやつは』のタイトルで始まる、5000字を越えるお説教が添付されていた。


 すまんじゃねーよ! こんなもん送ってくんなや!


 自業自得と書いて返信する。


 それから、村に近況報告。更新されていたオララの配信を視聴して、感想を送るなどして時間を過ごしていたら、みらいの声が聞こえてきた。


「あやたー! ご飯だぞー!」






 その夜、僕は職員室で貰った一枚の用紙を手に宮津家の居間を訪れた。


 居間では今日の仕事を終えた洋介さんと渚さんが、夕飯の唐揚げをつまみに一杯やっているところだった。


 みらいの揚げた唐揚げは、それはもう美味かった。ニンニクとショウガの効いた肉汁がじゅわっと染み出す揚げたての唐揚げを、はふはふ言いながらご飯と一緒にかき込んだ。


 豚汁もまた絶品で、つい食べ過ぎてしまったのは言うまでもない。食後はぽんぽんに膨らんだ腹を抱えて、3人仲良く横になって過ごすことになった。


「彩昂君も一緒にどうだい?」

「ふふ、あなた?」


 なんて、少し顔を赤くした洋介さんをお約束のように嗜める渚さん。


 勧められた酒は飲むという習慣が出来ている僕は、つい「いただきます」って言いそうになったから、渚さんが止めてくれて助かった。シシメルならとにかく、日本で二十未満に酒はよろしくない。


 正直な事をいうと、まだ僕には酒の味はわからない。クーはやたらとチチャの味にうるさいのだが……


「くつろいでるところ邪魔をしてすみません。実はサインと捺印をお願いしたい書類が有りまして」


 僕は洋介さんに一枚の書類を手渡す。もちろんボールペンの準備も忘れていない。


「ふむ。わかった。十分に気を付けるんだよ?」

「はい」


 書かれた内容に目を通して、ボールペンでサインをする洋介さん。渚さんが持ってきたハンコで捺印をする。


「ありがとうございます」


 それは自動二輪免許を取得に関する許可証だった。


 杜高は校則で免許の取得を禁止していない。杜兎市がある県は自動車が無ければ碌に就活も出来ないくらいの車社会だからだ。18歳になっていれば学校の許可も必要なく、勝手に取りに行くのが当たり前。ただし、18歳未満で自動二輪免許を取る場合に関しては、学校の許可を取るように定められていた。


「いいわね。どんなのに乗るか決めているの?」


 食いついて来たのは渚さんだった。意外な事にバイク好きで、宮津家の車庫には彼女のハヤブサが置かれている。


「そりゃ勿論カブですよ」


 僕の言葉にちょっとつまらなそうな顔をする渚さん。


 いや、そんな顔されてもね?


 これから祖母の家でひとり暮らしをする僕としては、どうしても日常で使える足が欲しい。当然、荷物も載せたいから、車種の選択肢として筆頭に上がるのはカブである。


「一緒にツーリングに行きたいじゃない。この人バイクにだけは絶対乗ってくれないし、つまらないのよ」

「バイクはなぁ……怖いじゃないか」

「もう。これなんだから」


 渚さんはどうやらバイク乗りの仲間が欲しいらしい。


 だからって、なして同級生の母親とツーリング行かなあかんねん……


 実はカブの他に普通のバイクも買おうと思っていた。7月になればクーもこっちで暮らすことになる。後ろに乗せて走りたいからだ。けど、選ぶのに口を出されたくないからそ黙っておくことにした。(バイクで二人乗りできるようになるのは免許取得から1年後である事を、この頃はまだ知らなかった)


「あやたー! お風呂あいたぞー!」


 そんな時、廊下から声がした。先にお風呂に入っていたみらいが、僕が部屋にいると思って呼びかけたのだろう。


 それから、ペタペタというふたり分のスリッパの音が聞こえてきて、湯上りのみらいと真崎さんが姿を現した。このふたりはお風呂の順番待ちがめんどくさいと言って、いつも一緒に入っているらしい。


「お、あやたこっちにいたのか。お風呂空いたぞ」


 そう言って台所へと向かったふたり。冷蔵庫から取り出した、陸自カレーの隠し味で知られるコーヒー牛乳をグラスに注ぎ、ぐびぐびぐび。


「「ぷはっ!」」


 腰に手を当てた完璧なフォームで、一気にグラスを空にする。

 

「それでは、僕もお風呂を頂いてきます」

「ああ。ゆっくり浸かっておいで」

「はい。ありがとうございます」


 湯上りのみらいと真崎さんは危険物だ。僕は許可証を手にそそくさと居間を後にしようとする。


「あやた? 何それ?」


 僕の手にした許可証を目ざとく見つけたみらい。覗き込もうとかがみ込んだ瞬間、浴衣の襟首から大きくうなじが覗く。


 咄嗟に目を反らすと、真崎さんが洋介さんの皿から、唐揚げをひょいぱくと掻っ攫う瞬間を目撃することに。


 このふたり本当に小悪魔だな。


「あやた免許とるん? いいなー! あたしも免許とりたい!」

「みらいも16歳になったらな」


 因みにみらいの誕生日は7月17日で、4月10日生まれの僕と3ヶ月くらい離れている。


 僕にお姉さんぶりたいみらいは、僕の誕生日にいつも機嫌が悪かった。「三ヶ月しか違わないのに調子にのんなー!」ってさ。


「くそー! 3ヶ月しか違わないのに調子にのんなー! あやたはあたしの誕生日まで免許取るの禁止!」

「また理不尽ジャイアンな」


 娘さんを何とかしてください。


 そう言った目を洋介さんと渚さんに向けるのだが……


「でたでた。久々に聞いたな」

「あらあら。懐かしいわね」


 この夫婦は昔から僕に対する娘の蛮行を止めないのだ。いつも面白そうに見ているだけ。他の人に迷惑かけるようなことすると怒るけど、その時は僕も一緒に怒られる事になる。


「もう、みーちゃん。彩昂君を困らせないの」


 理不尽ジャイアンを発動させたみらいを嗜めたのは真崎さんだ。


「私もバイクに乗りたいから、夏休みに一緒に取りに行こうよ」

「なこも免許取るの?」

「うん。渚さんが乗ってるの見てかっこいいなって思ってたから」


 真崎さんの誕生日は5月5日。みらいの誕生日が来るまでに取れそうな気がするけど、そんなことは当の真崎さんが一番わかってるだろうから口に出さない。


「あら良いじゃない。免許が取れたら皆でツーリングに行きましょう」

「行きたい!」

「行きたいです!」

「でもなこ。お家の方は大丈夫?」

「うーん。たぶん反対しないと思うけど……」

「大丈夫。ご実家の説得には私が協力するわ」

「ありがとうございます。ぜひお願いします」


 バイク談議に花を咲かせ始めた女性陣。その様子を見て洋介さんがぽつりとつぶやく。


「撫子ちゃん、みらいの嫁に来てくれないかな」

「そしたら全部持っていかれそうですね」

「あ!? 私の唐揚げ!?」


 皿の中にった唐揚げが、残り一個になっていることにようやく気付いたようだ。


 しょんぼりと息を吐く洋介さんを尻目に、僕は今度こそ居間を後にした。

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