第7話 言わなければいけない事

 ヨウは何時もの様に、アリアとヴァンと共に依頼をこなして、家に帰って来た。

 今日は服も汚れてないし、何か言われる心配は無いだろう。


 だが、と言うかやっぱり、家に入ったら、メメが待ち構えていた。


 ただ、今日は静かだった。

 静かに怒ってる。

 それが、逆に怖い。


「ヨウ‥あなた、上級テスト、ワザと赤点取ってるわね」


「なに?学校まで聞きに行ってるの?‥最悪。でも、約束通り、成績はトップを維持してる。上級テストだって、卒業までに取ればいいだろ!だったら、まだ、一年ある!」


「確かに言ったわ。でも、ワザと上級テストを落として遊んでるんだったら、話は別よ」


「(遊んでるってなんだよ!)それでも、約束は守ってる!」


「時間がもったいないって言ってるの」


「俺の時間なんだからいいだろ!」


「いい!今日から一週間の間に上級テストを受けなさい。学校にはもう話は付けてありますから。その後、バジール法国へ行きます」


「は?いきなり?何?ヤダよ。まだ一年ある。約束だろ?」


「そんなにお友達が大事?いい、今は大事な時期なの?遊んでる時間なんてありません。アリアとヴァンでしたっけ?貴方の人生を狂わす友達なんていりません。もし、上級テストに合格しなくても、バジール法国に引っ越します!そこで、優秀な家庭教師を雇って、バジール法国魔法学校に入学してもらます。そして、あなたは宮廷魔導士になるの」


「お金はどうするんだよ?」


「お金の心配はいりません。もう決まった事だから。解ったらさっさと勉強しなさい」


「‥」


「早く部屋へ行きなさい!」


 ヨウは反論する元気も無くなり自室に帰った。

 自分は何の為に勉強しているのか解らなくなってしまった。


 ‥もう限界だった。


 親を殺して自分も死のう。


 引き出しを開けた。

 ナイフが入っている。

 ナイフを持った。

 ドアの前に立った。


 目の前の扉を開けて、母のいる寝室に飛び込んで一突きすれば全て解決する。

 

 それが――自由。


 それはどんな障害を越えても手に入れたい代物だった。


 そのあと、アリアとヴァンで一緒に冒険に出かけるんだ。


 そんな明るい未来が待っている。


 ヨウはドアノブに手をかけた。


 その時、ボロボロと涙が流れてきた。

 

 思い出すのは、母の笑顔。

 初めて、魔法を見せて笑ってくれたあの笑顔だった。



 ――駄目だ。殺せない。


 俺には母さんを殺せない。

 ヨウはナイフをそっと引き出しに戻して勉強を始めた。


 

 6日後、ヨウは簡単に上級テストに合格してしまった。

 これで、上級魔法の使用が許可されたのだか、全然嬉しくなかった。

 ただ、徒労感だけが残った。

 

 それから、アリアとヴァンを呼んで、冒険者ギルドに集合した。

 これが彼等との最後の冒険になるのだが、彼等の顔を見たらお別れが言い出せなくなってしまった。


 取りあえず、いつも通り、依頼を受ける事にした。

 

 『狼刀の風』は一年足らずでEランクになった。

 アリアは『香』のまま。

 ヴァンは『香』まで昇格した。

 ヨウは今日で『上級魔法使い』となった。


「‥ヨウ、顔青いよ?大丈夫、調子悪いなら止めてもいいけど?」


「うん。さっきから心ここにあらずみたいになってる」


「えっ、そう?全然問題無いけど!さあ、行くぞ!」


「‥ええ」


「‥うん」


 アリアとヴァンは納得してなかったが、取りあえず従う事にした。


 依頼の内容は廃村に現れる魔獣『百足の大群』を退治する事だった。

 コイツ等が突然、村に現れたせいで、村民は避難を余儀なくされ廃村に追い込まれた。

 今では百足共が村を巣にして支配しているらしい。

 依頼はその村の村長からだった。




 3人は馬から降りると、預かった地図を照らし合わせて廃村に入った。

 だが、百足は何処にもいなかった。

 静かだな‥。

 どこかに逃げたか?

 けど、なんだろう?狙われている気配がする。


 百足に襲われて、ボロボロになった家の中を覗くと、人骨が積み重なっていた。

 冒険者を始めた頃はいちいち驚いてたけど、この一年弱の間で、こんな景色はいっぱい見てきたから、驚かなくなっていた。

 ヴァンの獣耳はピクンと動いた。


「下だ!」


 百足の大群がウネウネと地面から這い出てきた。


 ヴァンの声にいち早く反応したのはアリアだった。

 飛びかかって来る百足に、レイピアで次々と突き殺した。


 ヴァンも負けじと、アリアのサポートに回って追撃する。

 風の精霊の加護によって、ヴァンに殴られた百足はかまいたちに斬られた様にスパッと両断され、百足の群れは倒されていく。


 精霊と共に戦うヴァンが、美しいとアリアは思った。それと同時に悔しくもあった。

 

‥何で、私には精霊が扱えないの!


 思わず、アリアの手が止まる。

 私にも精霊が使えれば‥そう考えない様にしているが、それでもヴァンに嫉妬してしまうアリアだった。

 

 あらゆる隙間や物陰から次から次へと百足が這って出て来る。

 あっという間に、廃村は百足に覆われてしまった。


「アリア危ない!ぼけっとするな!」


 ヨウが大声で叫ぶ。


「え?」


 動きが、止まっているアリアの腕に百足が噛み付いてきた。


「いったいじゃないの!この野郎!」


「アリア!」


 ヴァンが腕に噛み付いた百足を風の精霊を使って斬ってくれた。


「大丈夫?」


「ええ」


 それだけ言って、アリアは戦闘に戻ってしまった。

 何だか素っ気ない対応に、ヴァンは寂しさを覚えた。


「皆、俺を援護してくれ!風魔法を唱える。唱え終わったら何かにしがみ付いてくれ!」


 ヨウは中級より上位の風の神『フーイ』の神語を詠唱し始めた。

 アリアとヴァンは、ヨウの援護の回る。 

 詠唱を唱え終わると風が巻き起こり始めた。

 段々、威力が増して来て最終的には、巨大な竜巻となって建物と村を覆う百足を巻き込み上空へ舞い上げた。

 

「きゃ~なにこれ!立ってらんない!」


「凄い!これが上級?中級なんて目じゃないよ!」


 上空にまで吹き飛ばされた百足共はバラバラになって落ちてきた。

 あっと言う間に、百足の大群は僅かな数に減り、後はしらみつぶしに倒して依頼は完了した。

 後は、半壊した村を見て、村長が泡ふいて倒れない事を祈ろう。


「凄かった!あれが上級なの!これならチームのランクアップも簡単じゃない!」


「うん。こんなに凄いなら、もっと早く上級になれば良かったのに?」


「‥ああ、そうだよな。ハハ」


「‥やっぱり変じゃない?ヨウ、何かあった?」


 上目づかいに顔を覗き込んでくるアリアに、ヨウは思わず目を逸らした。


「え‥別に。それより、明日はハルバ亜国創立記念日だろ!皆で祭りを見て回らないか?」


「いい!行く!私は大丈夫!ヴァンは?」


「あ‥ゴメン。実は‥幼馴染のユアを誘ってみようと思ってるんだ‥」


「そう、残念。じゃあ、2人で回りましょう!ああ、明日が楽しみ!」


「ああ、そうだな‥」


 ヨウは愛想笑いで誤魔化した。

 



 ヴェトとメメが営むお店『魔法の壺』は相も変わらず繁盛せず、メメの治癒魔法を受けに来る客が訪れるだけだった。

 

 隣に座っているヴェトは大きな欠伸をした。

 いつもなら、小言の1つでも言ってやりたいところだが、メメは今、それどころじゃない。

 

 この6日間、生きた心地がしない。

 

 キッチンにある床下収納に思いを巡らせ頭が回らないでいる。

 普段、小物を入れる床下収納の中には、今、前金の1000万ルピと依頼で貰った箱と鍵が入っている。

 

 それをヴェトに見つかったらどうしようかとハラハラドキドキしてる。

 普段は誰も触らない場所だから大丈夫だと思うが、気になって家から出られない。


「おい。お前‥さっきから何で俺の事、見てるんだ?」


「え”」 


「ここの所、なんかおかしいぞ?」


「き、き、気のせいよ!あなたが暇そうに欠伸してるからイライラしてるだけよ!」


「チッ!そうかよ!」


 せっかく、心配してやったのにと小言を言いながら、ヴェトは店を出てしまった。

 メメは盛大な溜息を吐いて机にうずくまった。


「駄目、耐えられない‥」


 やっぱり、この依頼断りたい。

 嫌な予感が止まらない。

 私、取り返しのつかない事をしようとしているのかもしれない。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る