第6話 箱と鍵
ヨウがハルバ亜国魔法学校に転校してから、そろそろ一年が経つ。
応接室に通されて座るやいなや、身を乗りだすメメ。
メメはヨウに内緒で定期的にクラスの担任であるベッジ先生へ聞き取りに訪れていた。
「で、今月の成績は大丈夫でしょうか?」
「ええ、問題ありません。常にトップを維持しています。ヨウ君は授業態度も真面目で優秀な生徒ですよ。だから、そんな心配されず、もう少し、落ち着いて距離を取ってはどうでしょう?」
「我が家の家庭の事情に首を突っ込むのは止めて下さい。それより、他に変わった所はありませんか?最近、あの子、変な友達と一緒に何かしてるんです。時々、服がボロボロになって帰ってくるんです。それで、何してるのって聞いても教えてくれなくって!先生は何かご存じじゃありませんか?」
「さあ?‥ああ、でも」
「何ですか?ハッキリ言って下さい!」
「いや、まあ、ちょっと気になった事がありまして。彼、模擬テストでは100点を毎回取るのですが、本番の上級テストになると、何故かギリギリ赤点を取るんです。まあ、緊張していたのでしょう。回数をこなせば、そのうち緊張が解けるようになりますよ。ですから、安心してください。彼の実力なら、直ぐに上級魔法使いになれますから。ハハハ」
ベッジ先生が話終わると、メメは憤怒の形相に変わってスッと立ち上がった。
空気に緊張が走り、窓ガラスが振動したように見えた。
ベッジ先生はメメを見上げて青ざめた。
「うちの子はそんな馬鹿じゃありません。今、ハッキリと解りました。こんな間の抜けた担任の下ではヨウの才能が潰されます!」
メメは頭を下げずにさっさと出て行ってしまった。
「私、何かしました?」
メメは歯ぎしりをしながら街を歩く。
肩をいがらせながら歩く姿に、すれ違う通行人は思わず道を譲る。
ヨウはワザとやってる。
ワザと卒業まで、上級に上がらないようにテストの点数を調整してる。
絶対、そうに決まってる。
ああもう、何て時間がもったいない!
私だったら、すぐにでも、上級になってバジール法国に行くわ!
それで、宮廷魔導士になるのよ。
ヨウは解ってない!
時間は有限だって事に!
もう、これ以上、ヨウのお遊びに付き合ってられない。
さっさと上級テストに合格させて、バジール法国へ引っ越すわ。
‥でも問題はお金よ。
どうすればいいの?
流石に、治癒魔法の稼ぎだけじゃあ足りないわ。
頭を悩ませながらメメは自宅に帰ると、欠伸をしているヴェトが暇そうに店番していた。
その姿に、メメは感情が爆発した。
この男はヨウの将来に何の関心も無いの?
「ヴェト!暇そうね?何やってるの?少しは売れる商品を買い揃えてくれる?貴方が買い付けてくる商品、1個も売れないじゃない。お陰で家計は火の車よ!ヨウはもう上級魔法を取得出来る実力があるのに、これじゃあ、肝心のお金が無くて、ヨウをバジール法国に連れて行けないじゃない!全ては貴方のせいよ!いつもいつも売れない商品買い付けて来て!そもそも、何なのよコレ!こんな馬鹿でかい巨人の斧なんて誰が買うのよ!大き過ぎて店に入らないじゃない!本当、馬鹿なんだから!」
「馬鹿野郎!客引きにいいだろうが!これに男のロマンが詰まった武器だろう!高さ5m、幅3m、重さ100㎏以上はゆうに超える鉄の塊を持ち上げる戦士を見たいと思わないのか!いや、思う!更にこの武器には精霊が宿っていて――」
「もういい。ホント馬鹿!ロマンでどうやって生活できるの!」
「五月蠅い!俺の仕事に口出すな!そもそも、ヨウは宮廷魔導士になりたくないって言ってるだろ!お前が勝手にやってる事だろ!お前こそ、家庭を巻き込むな!」
「才能の無い貴方には解らないのよ!宮廷魔導士になれば、破格の対応で迎えられるし、今みたいに、生活に困る事は無いのよ!ヨウにはその資格があるの!邪魔しないで!」
「埒が明かない!とにかく、金は知らん。お前が何とかしろ!」
「ええ、何とかするわ!けど、その時は離婚よ!これ以上、貴方とはやっていけないわ‥」
ヴェトは無言で店を出て行った。
ヴェトに背を向けたメメは真っ赤な目で涙を流した。
そこにフードで顔を隠した男が店に入って来た。
「失礼‥何やらお取込み中でしたか?」
メメは急いで涙を拭いてお客の対応をした。
「いえ、お気になさらず。え‥と、どの様なご用件でしょう?」
「いえ、ちょっと、お金を出しますので引き取ってもらいたい物がございまして」
そういって、男はスッと懐から長細い箱と金の鍵を机の上に置いた。
箱の中央には、丸いガラスのような宝玉がはめ込まれていた。
それが何なのか、魔法使いのメメには直ぐに解った。
――封印石だ。
どうやら、何かを封印してる箱のようだ。
メメは何か嫌な予感がしたので、断る事にした。
「すみません。私は治癒魔法を専門でやっておりまして、武器、防具、その他の商品の買取などは主人に任せておりますので、私にはわかり兼ねます」
「そうでしたか。残念です。こちらを引き取って頂ければ、2憶ルピを支払うつもりでしたが‥」、
男は机の上にケースを置いて開けて見せた。
目の前に本物の2憶ルピが出て来た。
そんな大金を始めて見たメメは眼前に大金の波が押し寄せてきた。
その衝撃で頭の先まで心音が貫いた。
「ご無理を言って申し訳ありません。仕方ありませんね。お隣の道具屋へ行ってみましょう」
男は箱と鍵と現金を片付け始めた。
メメの前に突然チャンスが訪れた。
メメはゴクリと唾を飲んだ。
2憶ルピがあれば、ヨウとバジール法国に行って学費を払っても、まだ、余裕で生活出来る程の金額だ。
もし、断ったら、二度とこんなチャンスはこない。
上級テストの件は何とかするとして、お金さえあれば、今直ぐヨウを説得してバジール法国に行ける。
――ヨウを宮廷魔導士に出来る。
夢が現実になる。
そう思ったら、メメは男の手を止めていた。
男の口元が微かに笑った。
「ち、ちょっと待って下さい!主人に相――」
――あ、駄目だ!
ヴェトに知られたら、また、訳のわからないものを買い付けてくるに決まってる。
‥誰にも相談できない。
私が決めなきゃ!
「解りました。承ります」
「よかった。ただ、条件がございまして、この箱を開ける場所と時間を指定させてください」
「時間と場所ですか?」
「はい。場所はなるべく人の多い所。そうですね‥中央公園などがいいでしょう。それから日時ですが、一週間後のハルバ亜国創立記念日にお願いします。その日は国を挙げてのお祭りになりますので人が多く集まります」
「はい。構いませんが、箱の中はなんでしょうか?」
「それは教えられません」
「それはちょっと‥」
「断りますか?」
「いえ!問題ありません!」
「それでは、前金に1000万ルピを差し上げます。後は、一週間後、箱を開けたらお支払いします。あ、箱の開け方は鍵を宝玉に差し込めば開きます」
「はあ」
メメはなんとなく、鍵を宝玉に近付けてみた。
男は焦ってメメから鍵を取り上げた。
「約束が守れないなら、この話無かった事に!」
「すみません。そんなつもりは無かったんです。約束は守ります。必ず、一週間後の創立記念日に箱を開けます!」
「よろしい。ではお願いします」
「は、はい!」
男は金の鍵と箱と現金1000万ルピを差し出し、店を出て行った。
そこからの行動は早かった。
メメはヴェトが帰って来る前に、慌てて、箱と鍵と現金を床下の収納に隠した。
まだ、ドキドキが止まらない。
これで、夢が叶う。
これで、ヨウが幸せになる。
ヴェトは帰って来ると、さっきまでの不機嫌なメメは、上機嫌になっていて、なにやら浮き足だっていた。
「気持ち悪いなぁ、鼻歌なんか歌ってよ‥」
「あら、そうかしら?はい、お茶よ。お客様から貰ったの。フフ」
「え?ホントに気持ち悪い!」
毒だ!
このお茶には絶対に毒が入ってる!
俺は今日殺されるんだ!
先程のフードの男は裏路地に回って、待ち合わせた精霊使いに言った。
「バジール王にご報告を!一週間後、箱は開かれます」
精霊使いは頷いて路地裏の奥へと消えて行く。
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