十五、うそ
すっかり日が昇ってから、わたしは家に帰った。
お母さんは不安げな顔でわたしを出迎えた。
けれど、𠮟責することはなく、ただ「どこに行っていたの?」と小さな声で訊くだけだった。
「どこでもいいでしょう。もう子供じゃないんだから、あまり心配しないで」
「そうは言っても、あなたは結婚前の娘なんだから……」
「関係ないよ。結婚していようといまいと、わたしは一人の大人なの。自分のことは自分がいちばんよく分かっているよ。だからお母さん、わたしを管理しようとしないで」
「そんな……。管理しようなんて思っていないわ」
そして思いついたようにつけ足した。
「もしかしてカガミ、あなたは結婚したくないのかしら?」
「そんなことないよ。わたしだって、いつか──」
「でも、あなたは縁談を次々に断っているでしょう。この前のミヅチさん家の話だって、ろくに相手と会いもせずに断ってしまったじゃない」
その話はよく覚えている。
たしかに、悪い縁談ではなかった。
夫のいないお母さんの面倒も見てくれるという話だった。
「だけど、わたしにはまだ早いよ。結婚なんて」
「そうかしら」
お母さんは首をかしげる。
「やっぱり、サルがいるから? あの人はあなたのお気に入りですものね」
「サルは関係ない」
きっぱりとわたしは言った。
「たしかに、わたしはサルのお手伝いをしているよ。サルのもとで働いている。だけど、それは村を大きくするためなの。みんなの役に立ちたいの。村の将来のために、わたしは自分の力を活かしたい」
お母さんは、知らない言葉を聞かされた子供みたいな表情を浮かべた。
「あなたたちが結婚して新しい家族を築かなければ、村に将来はないのよ?」
「考え方が古いよ、お母さんは」
わたしが笑うと、お母さんはしょんぼりと肩をすぼめた。
「そうかもしれないわ。……この村も、村の人たちも、最近ではどんどん変わっていく。お母さんは、ついていけなくなりそう。今まで考えもしなかったことが次々に起きるんだもの」
そして、つと顔を上げた。
「そういえば、さっきもおかしなことがあったわね」
「おかしなこと?」
「ええ。村長様がうちに来て、『明日の夜は家から出ないほうがいい』とおっしゃったの。まだ朝早い時間なのに、びっくりしちゃったわ。村長様のあんな顔を見るのは初めてよ。いったいどうしたのかしら……」
わたしは背筋が冷たくなるのを感じた。
「うん、どうしたんだろうね」
思ったよりも冷静な声を出すことができた。
村長様は、そちら側の人間なのだろうか。
村人の誰が味方で、誰が敵なのだろう?
「だけど、お母さん。忠告には従ったほうがいいかもしれないよ。明日の夜は、扉に鍵をかけて、外に出ないほうがいいかも」
「カガミ、あなたは何か知っているの?」
「ううん、ぜんぜん」
うそをついた。
「わたし、なんにも知らないよ」
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