第9話 嘘

雅がくれた少ない情報よると、結月琴音がよくいる場所は――


よりにもよってあのカフェ……


家から比較的近い場所にある、そのカフェには昔よく行った。

窓際は外から目につくからと、座るのはいつも店の奥の席。

またここへ来ることがあるとは思ってもみなかった。




店内に入るとすぐに、本を読んでいる琴音を見つけた。

読んでいるのは電子書籍じゃなくて紙の本。



「すみません、ここいいですか?」



コーヒーののったトレイを片手に、ありきたりなセリフで声をかけると、琴音はこちらを見上げた。



「あ……前にどこかで会った?」



笑顔を向けると、琴音が無表情のまま俺をじっと見つめた。

ガラス玉みたいな瞳をしている。



「どこだったっけ……」


「席、空きますからどうぞ」



琴音は荷物をまとめると、テーブルの上のトレイを持って席を立った。


返却口にトレイを戻し、足早に出口へと向かう姿を目で追った。

グラスの中はまだ半分アイスコーヒーが残っていたのに。


偶然を装った出会いは失敗。


次はどうしたものかと、さっきまで琴音がいた席に座り、自分のコーヒーに口をつけた。




しばらくして、隣に人の気配を感じて見上げると、叶和が殴られる原因となった女Aがそこにいた。


叶和のことを話すと、言葉では関わりたくないというようなことを口にするくせに、その口調も態度も叶和を心配しているのがわかる。


半ば無理やり叶和を押し付けた。


この女Aは、オレの知ってる中で一番まともそうな人間に見える。

だから、叶和はこういう人間のそばにいるべきなんだ。



女Aは、名前を名乗ったけれど、出来ることなら覚えたくない。

覚えてしまうと、その存在が形になって記憶に残ってしまう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る