第2話 - ユニークスキル
時間も存在せず、空間が無限の虚無に広がる場所で、須川翔は一粒の塵のように、ただ漂っていた。光も影も、上も下もない。
あるのは永遠の落下感だけ――終わりのないめまいが、不快というより、むしろ奇妙な安らぎを与えていた。
まぶたが震え、ゆっくりと開かれた。未だに奇妙な眠気が彼を包み込み、まるで抜け出したくない深い眠りから覚めたかのようだった。
「この感覚は……」
底知れぬ虚無の中で、声はかすかな反響となって消えた。
彼の瞳は眼前の虚無を探った――理解を超えて広がる、純粋な黒の広大さ。久しぶりに、彼の心は穏やかだった。
『悪くない……このままずっと、ここにいられてもいい』
唇に淡い笑みが浮かびかけたが、青い光が闇を破った瞬間に消えた。絶対的な暗闇の中のろうそくの炎のようにかすかだが、彼の注意を引くには十分な明るさだった。
何もない空間から、光る文字がふわりと現れた。
【キャラクター作成: - 】
その光が彼の顔をかすかに照らし、受け入れ始めていた安らぎを引き裂いた。
須川は混乱しながらまばたきをした。ついさっきまでの平穏は消え、わずかな不快感に取って代わられた。
「……は?」
目の前で青い光が広がり、MMORPGから抜け出したような選択肢の数々が現れた。メニューとサブメニューが空中に浮かび、すべては外見に関する設定項目――身長、体重、肌の色、髪、瞳。完璧に詳細化された項目が並んでいる。
ただし、一つとして変更できない。
各項目には小さな錠前のアイコンがついており、すべてがロックされていることを示していた。
『変更もできないのに、これを見せる意味は?』
腹立たしさにそう考えた。『まあいい。適当に受け入れよう』
彼は投げやりな動作で、デフォルト設定を確定するボタンを押した。眼前の画面はすぐに消えたが、安堵は訪れなかった。
闇の中に低音が響く。
前よりも鮮やかな光を放つ新たなメッセージが浮かび上がった。
【ユニークスキルをルーレットで獲得しましょう!】
今度は選択肢が一つだけ――サイコロのマークが刻まれたボタン。須川はすぐに理解した。
『面倒くさいシステムだ……全部運任せか』
重ためにため息をついた。
『プリメラオンライン』を心底馬鹿にしながらも、彼はこの仕組みを熟知していた。ゲームに没頭している弟が、彼の望んでいた以上に詳しく説明していたからだ。役に立つユニークスキルを手に入れるため、何度もキャラクター作成を手伝った記憶がよみがえった。
しかし、一つ忘れられない事実があった――彼自身の運のなさは、紛れもなく最悪だった。
『俺の非運に愛想を尽かして、あいつは助けを求めるのをやめたんだ』
唇に皮肉な笑みが浮かんだ。
『結局、奴はプログラミングを覚えて、まともなスキルが出るまでキャラ生成を自動化するプログラムを作った……才能を無駄遣いしやがって』
弟の業績を思い出し、誇りと焦燥が入り混じった感情が脳裏をよぎった。一抹の嫉妬さえ感じたが、そんな思考はダイスのボタンに指が近づくにつれ、すぐに捨て去られた。
ガチャン!
金属音が響き、テキストボックスが目の前に現れた。文字は次々と速く変化し、可能性の渦のようだった。
須川は目を細め、文字と色の混沌の中から詳細を捉えようとした。絶え間なく変化する文字の催眠的な動きを目で追ったが、速すぎて読めない。
『驚いたな……俺が知る限り、何十億人が『プリメラオンライン』をプレイしているのに、まだユニークスキルの40%も発見されていないんだ。馬鹿げてる』
テキストの速度が落ち始めた。さっきまで読めなかった文字が、今でははっきりと区別できる。どれもこれも、前のものより奇抜だった。
【マナの寵愛】
【魔獣使い】
【限界突破者】
ルーレットの音が、テキストが変わるたびに響いた。
チクッ!
チクッ!
チクッ!
須川の心臓は高鳴り始め、その音と同期するように打った。
ドクン!
ドクン!
『これって……まさか、ワクワクしてるのか?』
「チッ!」
舌打ちをしながら、少しイライラして拳を握り締めたが、視線をそらすことはできなかった。
ついに、テキストの変化が止まった。赤紫の光が彼の顔を照らし、文字が最終結果で静止する。
【ユニークスキル:2週間ごとのパッシブ・ルーレット】
一瞬、須川は反応しなかった。画面を凝視し、表示された説明文をゆっくりと理解しようとした。
【ユニークスキル『2週間ごとのパッシブ・ルーレット』は、15日ごとに変化するパッシブスキルをユーザーに付与します。
このスキルによって得られた能力で行ったすべての行動は、環境や人々に永続的な影響を与えます。
理解力を最大化するスキルで得た知識は、ユーザーに永続的に保持されます。
一度取得したスキルは二度と獲得できません。各スキルの15日間を無駄にしないことを強く推奨します。
スキルはランダムに割り当てられます。役に立たないと見なされるものもあるかもしれません。選択を変更する方法はなく、次のサイクルを待つしかありません。
スキルランク:ULR】
須川は深く息を吸い、一語一語を注意深く読んだ。
「これだけか?」
唇を噛みながら呟いた。
「これじゃ……運任せすぎる。こんなものどうやって信用しろって言うんだ?」
しかし、ランクを見た時、小さな安堵が脳裏をよぎった。
『ULR……弟の話だと「アルティメット・レア」か。悪くないランクだと思うが、俺の非運を考えると……』
さらに考え込む前に、変化が起きた。
周囲の虚無が揺らめいた。視界が歪み始め、奇妙な圧力が彼の意識を支配しだした。
闇が崩れ始め、それと共に彼の意識もかすんでいった。
最後に感じたのは、光の渦に身体が溶解していく感覚だった。
目を閉じた。
次の瞬間、鋭い痛みが須川の両目を走った。
太陽の光がまぶしく照りつける――絶対の虚無に浮かんでいた彼にとって、この眩しさは耐えがたいほどのコントラストだった。
一瞬、自分の身体と心がまだ闇に囚われているような錯覚に襲われた。今までの体験が全て非現実的な夢だったかのように。
しかしすぐに、太陽の眩しさは薄れていき、彼の濃い茶色の瞳には遠く澄んだ青空が映った。ふわふわとした雲がゆっくりと流れ、まるで世界が目覚めていくかのようだった。
須川は一瞬目を閉じ、思考を取り戻そうとした。起こっている全てを理解しようとするかのように。
深呼吸をして、苦労しながら起き上がった。
周りを見回すと、同じように混乱した人々の姿があった。皆、地面に座ったり横たわったりしながら、頭を押さえ、互いに呟き合っていた。理解不能な状況を必死に受け入れようとするように。不安げな囁きと、自分を落ち着かせようとする声が、空気を満たしていた。
「ここはあの世なのか?」
一人の若者が虚空に問いかけた。
奇妙な沈黙が広がったが、別の誰かが口を開いた。
「ちくしょう、昼飯の途中だったんだよ」
周囲の注意をそらそうとする大声だったが、誰も笑わなかった。
「そんなに食い意地が張ってるなら、自分で戻る方法見つけろ、バカ!」
隣にいた少女が頭を殴りながら叫んだ。
そんなやり取りをよそに、須川は首を傾げた。すぐ横では、金髪の少年が目を閉じて座っており、周囲で起きていることに同じように困惑しているようだった。彼の表情も他の者たちと大差なかった。
ちょうど彼に話しかけようとした時、地面から力強い足音が響いた。
その特徴的で規則正しい音に、皆が一斉に顔を上げた。
一人の女性が近づいてくる。長くて緩やかにカールした白髪、青い瞳は陽光の下で輝いていたが、その眼差しは冷たく厳しい。中世風のプレートアーマーが彼女の体にぴったりとフィットし、空からの光を反射していた。彼女は群衆の中心にあるらしき壇めがけて、確かな足取りで歩いてくる。
土の上で響いていた足音は、今は木の上で軽やかになった。女性は目的地に着くと、素早い動作で腰の巻物を抜き取り、広げた。そして読み上げる直前、小さな青い魔法陣が彼女の喉元に現れた。
「エヘン!」
「皆様、ご挨拶申し上げます」
群衆に話しかけることに慣れたように、彼女の声は力強く澄んでいた。
「私はエリサンドラ・アンバリスと申します。S級特殊魔導師であり、アルミニア王国騎士団に仕え、現在は北部騎士学院の学院長を務めております」
ざわめきは一瞬で止んだ。
「ご不安な気持ちはよくわかります。どうかご理解ください。我が王国といたしましても……四百年前、異世界より大勢の方がこの地に訪れるとの予言を受けておりました。正確な年と場所は示されましたが、それ以外の情報は一切ございません……まさかその日が今日だとは、我々の不手際でございました」
須川は思わず身を固くした。
『ひどい言い訳だ……それとも弟がライトノベルで読みそうな展開か』
「現在、暦七百二十五年において、我等には諸君を導き、この地に適応させる義務がございます。同じ種族として、諸君の全面的な協力を切に願っております。人間たるもの、互いに助け合い、団結すべきでございます」
レディ・エリサンドラは決然とした動作で巻物を閉じ、一瞬、群衆を見渡した。
須川の胸に怒りの棘が刺さった。
『適応』
生物学的・社会的現象。生物やシステムが環境に順応し、生存と成功の可能性を高めるためのもの。だが――自分は反対することすら許されず、この世界へ引きずり込まれたのではないか?
レディ・エリサンドラの視線と須川の目が合った瞬間、彼女の表情に硬さが走った。まるで、彼の瞳の奥に何かを見たかのように。
レディ・エリサンドラは、新たに来た者たちの心に渦巻く思いをすでに知っているかのように、話を続けた。
「皆さんが元の世界を離れなければならなかったことに対し、動揺し憤っているのは承知しております。しかし、一つ明確にさせてください――この事態は、我々この世界の住人には一切関係がありません。あなた方の苦しみを和らげる手段は我々にはなく、ですからどうか、その不満を我々にぶつけないでいただきたい」
彼女の言葉には疑いや反論の余地など微塵もなく、あたかも権威そのものが語っているかのようだった。その言葉は須川に奇妙な罪悪感を抱かせたが、今聞いた内容を変える術は彼にはなかった。
「多くの方がお疲れのことでしょうが、まず重要なことを学んでいただく必要があります。この後、ゆっくり休んでいただけます。どうか私についてきてください。必要な詳細を説明するため、教室へ移動します」
最後に群衆を見渡すと、レディ・エリサンドラは歩き出した。
最初は、立ち上がる者はほとんどいなかった。大多数はまだ思考に沈んでおり、驚きや混乱、あるいはただ絶望に囚われていた。しかし、雪だるま式に、人々は一人また一人と立ち上がり、ついには全員が沈黙のまま、彼女の後について歩き始めた。
須川も歩いた。だが彼の心は遠くにあった。視線は再び空へと迷い、定まることのない雲を眺めていた。
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