第40話 歓迎会に、魔王来る


 

 次の日は、夕方から、鈴木・タマキ組とあたし・ミノル組でまた飲みに行くことになっていた。やはり、なんか毎日飲んでいる。

 ただ、今回のは仕方がない。あたしの歓迎会だから。


 あたしの「第二係歓迎会」は、鈴木のおっさんと氷さんの不仲が原因で、全体では行われていない。もう一人の病さんなどは「飲み会など不謹慎」だと断ったようだ。

 まあいい。ちょっと危なそうな人なので、こっちとしてもあんまり関わり合いたくないし。

 

 そういうわけで、同じ事務所で働く行政職員の瑠夏と村上さんも来て、ささやかな歓迎会をとり行ってもらうことになっていた。


 鈴木のおっさんとタマキは、どうせあたしをケチョンケチョンにしようという腹だろう。

 そんな飲み会など行きたくもないところだったが、まあ瑠夏も来るし。

 それに、もう二度と酒で自分を見失うまいと決意したあたしにとっては、ちょうど良い機会だ。これであたしの意志の固さが、みんなに知れ渡ろうというもの。


 どこで飲もうか、って話になったとき、「どうせ月島がクソみたいに泥酔すんだろ」とのジジィの提案により、お店はあたしの家の近くに決まった。


「もうあんなふうにはなりませんよ。自制します」


「はは。やってみろ。お前は自分で自分のことが分かってねえかもしれんが、いい感じのダメ人間だ」


「伊織は酔うとダメ人間」


「あはは。まだ働き出して一週間くらいなのに、みんな伊織のことよく知ってるねぇ──……グェっ」


 ムカつく言葉を言い終える前に、反射的にぶん殴る。

 こいつは直ちに鉄拳制裁しておかないと、口だけはよく回るからな。

 口の勝負になればあたしに勝機はないのだ。だから、喋る前に殴るに限る。

 おっさんは肩をすくめて、あたしとミノルのやり取りに感想を添えた。


「しかも粗暴か。ダメ人間の典型じゃねえか」


「こいつとあたしにしか分からないコミュニケーションです」


「ええーっ。僕はもっと優しくして欲しいけど──」


「ああ!?」


「いえ」


 駅の南側には、神田川の源流・井の頭池を有する広大な井の頭公園がある。

 あたしたちは、駅と公園の間あたりにある居酒屋に入ることにした。


 お店の前で案内待ちしていると、通りの向こうから、見たことがある顔が歩いてきた。


 すぐに気が付いたのは、知っている顔だからというだけではないと思う。

 周囲の女の子たちよりも明らかに可愛い顔と、誰より目立つデカい胸のせいだろう。こういう体型はあたしの対極にあるのだけれど、理由もなくイラッとしてすぐに目が行く。そりゃ泡姫してるって言われても納得いくわっ!

 というか、金で買った関係とはいえ、こいつ、ミノルと体の交わりがあるんだよな……。


 この異世界人で溢れた現代でもパッと見て気づくほどに「特別感」を振りまく金髪女子高生は、すぐにあたしたちに気づいて、大袈裟に手を振ってきた。


「ああ────っ、この前の警察の人とミノルやん! おっつー」


 大声でわめかれて、全員が苦虫を噛み潰した。

 致し方ない。奴は一般人なのだ。

 仕方がないので、あたしはあの一般人の知人の端くれとして、第二係を代表してお願いしておくことにした。


「あのね。できれば大声で言わないでくれる?」


「そっか! ポリ恨んでる奴おったら即撃たれるもんな! ごめんごめん」


「この街、まだそこまでスラム化してないけど──……」


 と言いかけて、ふとタマキの様子がおかしいことに気づく。


 それがどういう意味かというと、頭がおかしくなったとかそういうことではなく、まるで自分の命を狙う敵を発見したかのような──すなわち、この飲み会の場にはふさわしくない、殺気立った気配を纏っているという意味で。

 それはある意味、頭がおかしくなったとも言えるが。


 目を剥くように女子高生を見つめるタマキは、間髪入れずに小さな火球を手のひらの上に浮かばせる。

 直後、ぱぁんと破裂音を鳴らせて火球は風船のように消え去った。

 女子高生は、紅蓮に輝く瞳をタマキへ向ける。


「なんや? こんな繁華街で物騒なことしたらあかんで警察のもんが」


「早っや。相変わらず良い反応してるね」


「お、珍しいやんミノルちゃん、ウチのことを褒めるなんちゅーのは。ウチのほうが上って認めるんか?」


「単に褒めてあげただけだよ。未熟者はそのほうが伸びるからね」


「カッチーンや。この場でカタつけたろかアスカロン」

 

 邪悪な笑顔を浮かべる女子高生と、ふわふわした笑顔を崩さないミノル。

 バリバリと殺意のアークがほとばしったように見えるくらいに、緊迫した空気が場を包む。

 事情はよくわからないが、術科センターの正面ゲート前で会った時にも、二人は以前からの知り合いだと言っていた。


 そうこうしていると、女子高生は、怪しげな殺意をスッと引っ込ませる。

 おっさん連中を虜にしそうな、柔らかく可愛い笑顔を作ってこう言った。


「それはそうとして、これからみんなで飲むんか? ウチもこれからミノルちゃんのところ行こう思とってん。混ぜて!」


「はぁ? なんであんたを──」


「いいじゃねえか月島。エルフ君の知り合いなんだろ? 人が多いほうが賑やかでいいじゃねえか。なあ、タマキ」


 そんなこと言っても、一般人の前で仕事の話はできねえんだぞ? 責任者のくせに、そこんとこ分かってんのかな、このおっさんは。

 おっさんに肩をポンと叩かれたタマキは、緊張感のある視線を女子高生から外さず、黙って頷いた。





──で、飲み会の場。




  

「だーかーらー、お前の炎なんか雑魚やっちゅうの! あのまま続けとったら、ぜぇったいに死んどったんはおんどれやで!」


「やってもみないで、わからない! 灼熱連球イグニクス決まってたら、お前のほうが、ぜぇったいに、死んでた!」


 マジで灼熱連球イグニクス出そうとしてたのかよ。みんなまとめて蒸発しちゃうじゃないか! こいつ、キレると見境ない奴かもしれないな……

 しかし今の話が本当だとすると、その極悪魔術を視線の一撫でで消してしまったのが、この女子高生ってことになるのだが。


 え、ちょっと待って?

 話が見えない。わからない。


 すると女子高生は、あたしの疑問の答えを早々と口にしてくれた。


「それの出鼻をくじかれとんのに、どの口が言うとんねん。うちを誰やと思うとんや? 魔王やぞ! お前、転移者のくせに、絶対無敵の魔王・佐藤ケイコ様を知らんのかぃ」


「「「「「「 誰?」」」」」」


「間違うた。もうすっかり偽名に慣れてもうとったわ。リオ・グレオリッチ様や!」


「知ってる。男狂いが過ぎて魔導執事からしばらく男禁止令出されてストレス溜まり過ぎたせいで国を何個か滅ぼしたロクでもない魔王。だから即殺してやろうとした。なんでこんなところにいる」


「おーおー、人の恥部を遠慮なしによう言うてくれるやないか! 表出ろやコラ」


「お二人さん、前の世界の因縁はともかくとして、ここは人間界の飲み屋だぜ! 勝負は飲み屋のルールに則ってやるのが戦士ってもんだろ」


 異世界人少女二人の言い争いに、おっさんが割って入った。

 いつもは部下のことをたしなめることもできずにスゴスゴ引き下がるジジィが、今日はいつになく強気である。きっと、「女子高生に良いところを見せよう」とか不純なことを考えているのだろう。男なんて、どいつもこいつもクソばっかだな。

 だが、そんなジジィの期待に反して、女子高生の口は悪い。


「ほんだら何がええんやこのクソジジィ」


「ジジィだぁ……どいつもこいつもよぉ、俺はまだ三十代だ! 酒の量で勝負と言いたいところだが、このご時世だ。青少年に悪影響を及ぼす! 代替案としてだな……」


 鈴木、メニューを掲げる。


「この店は『ポテト食べ放題』だ」


「より多くおかわりした方が勝ち、ね」


「タマキはこう見えて『警察職員大食い選手権』で優勝したことあるからな」


「ええやろ。相手の土俵で勝負すんのも、魔王の器っちゅーもんや。やったろやないかい!」


 魔王であるという女子高生の自己申告は、たわいもない冗談として普通に流された。あのタマキが冗談を言うとは到底思えないのだが……。

 まあ、本当だと仮定すると、この女子高生は自動的にベリアルより強いということになってしまうので、流して当然か?


 一番そこに引っかからないといけない立場の魔特隊長のおっさんは率先して魔王発言を素無視し、「特製大皿山盛りポテト」をルンルンしながらタッチパネルで選択し始める。

 その数、二〇。

 

 


────…………



 

「ウェップ。もうマジで無理」


「これに懲りたら大人しくしてろダメ魔王」


「はぃ……」  

 

 パンパンになったお腹を抱えて、座敷で寝っ転がる自称魔王ちゃん。

 胃袋は人間と変わらない。

 というか、あたしなら「一皿でギリ」って感じの特製大皿山盛りポテトを、一七皿も食ってるタマキが頭おかしいんだけど。


「ねえ伊織、なんか、うちらが食べる分、すっかりなくなっちゃった感じじゃない? もうちょっとオーダーしようよ」


 大食いではないとはいえ、瑠夏はそこそこ食べるほうだ。だけど、すげー勢いでポテトを食べる二人の異世界人に圧倒されて、一切れも食べれていなかった。

 瑠夏の言葉を聞いた魔王・佐藤は「まだポテト頼むの?」と恨めしそうに言っていた。


 瑠夏の「まだポテトオーダーしよう発言」はあたしへ向けたものだったが、これにミノルが返す。


「でもね瑠夏ちゃん、トイレ行く時に厨房の横通ったらさ、お店の人、泣き入ってたよ。『足りないなら芋買ってこい』ってまでタマキに言われてさ。ここ、出禁にならないかな」


「大丈夫だよ、店が食べ放題って言ってんだから店が悪い。ねえ、それはそうと、ミノルくん」


「はい。なんですか?」


「君は伊織のこと、どう思ってんの?」


 これはダメなやつだ。止めないと大変なことに……! 

 だからあたしは、二人の話に割って入る。


「こら! 何をどさくさに紛れてとんでもない質問してんだ瑠夏! そういうのはいいんだよ!」


「良いわけないっしょ。私としては、可愛い可愛い親友のことを任せられるか、しっかり聞いておきたいわけ」


「そうよぉ。じゃなきゃ、私が韓国俳優風の男を探してこなけりゃならないじゃない? でもね、あたしはミノルくん、大丈夫だと思ってるの。前から思ってたんだけど、ミノル君ってBTSのジニンに激似よね! むしろ私が付き合いたいくらいなんだけどナー」


「僕、村上さんのこと、可愛いと思ってますよ」


「ひゃーっ」


 真っ赤になった顔を両手で覆う村上さん。

 ここであたしは、すかさず言ってやる。


「そんなら、ミノルは村上さんに譲りますよ」


 すると瑠夏がニヤついて。


「こいつこんなこと言ってるけど、ミノルくん、どう思う?」


「僕はね、瑠夏ちゃん。伊織のことを一生大切にしようと思ってるんです」


 おおおおお、と歓声が上がる。


 しまったぁ……。誘導されたか!?




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