第39話 ただの酔っ払い女子と、おちょくるエルフ



「人間界の酒場ってものをまだまだ体験してみたい」というミノルの希望を叶えるために、あたしは昼間からやってる居酒屋を探して入った。

 あたしは別に行きたいわけではない。人間界に慣れていない相棒が言うから仕方なくだ。しかし、なんか毎勤務ごとに飲んでいる気がしてきたな……。

 

 すると店員から、 


「いらっしゃいませ──あ、申し訳ありませんが、お二人とも『人間界滞在証明』をご提示いただけますか? ご年齢を確認させていただきます」


 と、こう言われる。


 最初はミノルがあまりにも若く見えたからだと思ったが、しかしなぜかあたしまで、未成年……しかも異世界人だと間違われているようだ。一体どこが異世界人ポイントだったのだろうか。


 それをミノルが、くっくっく、と笑う。

 何がおかしい!


「あたしは人間だ」


「えっ……失礼しました。では、何か身分証明になるものを」


 それでも、やっぱり未成年には見えているようで。

 仕方なく、あたしは運転免許証を見せる。ミノルは、言われたとおり人間界滞在証明を見せていた。


 店内へと案内され、二人席に向かい合わせで座る。

 

 何気なくスマホでニュースをチェックすると、昨日のヴァンパイア事件のことが、もうネットニュースにアップされていた。


 異世界人大全にすら載っていない、支配者級マスタークラスの強さを誇る「始まりのヴァンパイア」の存在。

 そして、一体で国を滅ぼすと言われる脅威を二体同時に相手したにもかかわらず、単独で撃破した、対魔術特殊部隊の新人コンビ。

 記事には、「このコンビの専属異世界人は、現時点における国家専属異世界人の世界ランキングでいきなり50位以内に入る可能性がある」とまで言及されていた。


 世界の国々には、この国の魔特と同じように「対魔術特殊部隊アンチマジックスペシャルフォース」が存在し、それぞれの国の治安を守っている。


 専属たちは、討伐した被疑者の強さによってランキングがつく仕組みだ。それは、「世界魔術機構 (WMO)」とかいう組織によって管理されているらしいのだが。

 腹が立つことに、現在の日本最強はタマキみたいで、世界3位だという。


 あたしは、はあ、とため息を漏らしてスマホをトートバッグに戻した。

 タッチパネルを楽しげに操作している、高校生みたいなエルフをジトっと眺める。

「そんなすげー奴には到底見えねーな」が正直な感想だ。

 

 自重しなきゃなのだが、やはり一杯くらいは飲みたくなってくる。

 とりあえずの生中は速攻でなくなったが、頼んでもないのに、次の冷やもミノルが注文していて、速攻でやってきた。


「はぁ。疲れた」


「ふふ。始まりのヴァンパイアは強かった?」


 ムっ。

 自分は余裕で倒したからって、調子に乗ってんのか?

 あたしだって、敵の弱点がわかってりゃ……



 ………………。



 心の中で言葉にすると、余計にやる気を削がれてしまった。

 もう、そんな言い訳を口にする気にもならない。

 どう言い繕ったとしても、ミノルが来なけりゃ、あたしは確実に死んでいた。

 

 絶望的に力が足りない。

 だからと言って、どうすれば良いかもわからない。

 あたしは、おちょこの冷やをクイッと喉に滑らせた。


「……ああ、強かったよ。あたしじゃ相手にならなかった」


「そうでもないと思うけどねー」


「中途半端な慰めは、余計に傷つくからやめてくれる?」


「君はさ、その剣が何なのか、ちゃんと理解してるの?」


 ミノルは、馬鹿デカいあたしのトートバッグを指差した。


「なんだよ偉そうに。知ってるに決まってんだろ、これは魔蝕剣エクリプス。敵の魔術を切り裂き、無効化してくれる剣。ってか、お前のほうが絶対知らんだろ」


「そうだね。僕はその剣を使ったことはないけど、敵の魔術を斬ったとき、どう感じるの?」


「どうもこうも……別に。サクッと斬れるよ。始まりのヴァンパイアが作った血の盾ですら、何の苦もなく斬れたし」


「手応えを感じるのは物質と当たった時だけで、魔力との衝突では抵抗感を感じない、ってことだよね」


「えーと。うん」


「魔力を無効化するのは、ブレードが敵の魔力に接触してからかい?」


「うーん……たぶん。なんで?」


「話変わるけど、君は、自分の戦いを振り返って、何が問題だと思うの?」


 あたしは、おちょこを乱暴にテーブルへ叩きつけた。


「はぁ? 説教かよ。いいですねぇ、お強い方は余裕があって。どいつもこいつも酒の席でマウント取ろうとしやが──」


「いおり様、ささ、どうぞどうぞー」


 とん。


 ミノルは、とっくりをあたしの目の前のテーブルに置く。あたしは、しばらくそれを眺めながら考えた。

 

 一本行ったんだ。

 いまさら一本も二本も同じだよな……。


 あたしは、とっくりを握りしめて一気に飲み干す。

 ミノルは、すかさずタッチパネルで同じ冷やを注文した。


「……ぷは。知らないことが多い。知ってりゃ対応できるんだあたしは」


「なるほど。知識は大事だよね。でも、知らないことなんて無くせるのかな」


「……んだよぉ。嫌なことばっか言うなよぉ」


「いてててて」


 あたしは、ミノルのほっぺをつねってやる。

 柔らかい。それに良く伸びる。

 酒臭い息を「はぁ〜」ってしてやれば嫌がるかな。

 よし。嫌がらせしてやろ。


 あたしはテーブルに両肘をついて、前のめりになり、ミノルに顔を近づけた。



 はぁ────〜〜っっ



「……嫌がれよ」


「別に嫌じゃないし」


「面白くない」

 

 ミノルは、ムスッとするあたしの頭を強引に抱き寄せて、なでなでする。その拍子に、机の上の皿がカチャンと音を立てた。

 こんなことされたのは、こいつが初めてだ。彼氏がいたら、こんな感じなのだろうか。

 次の冷やは、気づけばテーブルの上に置かれていた。


「強くなりたいな──……」


「慌てる必要はないよ。僕がいるから」


「お前のことを頼りにして、お父さんの仇を討つなんて嫌だぁ……」


「それもたぶん大丈夫だよ」


「なんれわかるんら」


「その剣はきっと、神の魔力に暴露されても、削り取れるレベルで設計されているから」


「へぇ──。なら、お前はあたしに負けるんか?」


「さあ。それは君と僕次第」


「はぁ──。お前はもう、いっつもいっつも、訳わかんないころを言うよね」


「あはは。いずれわかるよ。次の出勤日には、僕が考えたアイデアを一つ教えてあげる」


「それはありがとさん。感謝感激雨アラレ」


 あたしの体が、ミノルから離れる。からん、と陶器が転がる音がする。

 あれ。テーブルの上の何かを落としちゃったか。




────…………


 


「伊織はほんと、お酒が好きだよねー。何杯目だよ」


「なんらぁ? なんろもなんろもよー。あらしはストレスたまってんら。酒を飲む女は嫌いかぁ?」


「むしろ、お酒を飲んでどうしようもなくなっちゃう君のことが大好きだよ」


「ふーん。そんなころ言うれも、どうせ親のからきからきとうるさい女なんら嫌いじゃろ」


「可哀想なほどに一生懸命で一途な君が、堪らなく好きさ」


「ほんろに? ほんろのほんろに? じゃあ、あらしもほんろのこと言っちゃおうかなー。ほんろいうとねー。あらしはねー。君のころが大好きで大好きでたまらんのれす。この可愛い顔だって、キュン、ってなる」


 ぷにぷにして気持ちいいミノルのほっぺを、優しくキュッとつまむ。

 思いのほか真顔を崩さない。いつまで経っても目線を外さない。 

 そのせいで、鼓動がトクンと響いた。


「じゃあ、どうして普段はツンツンするのさ」


「らって。恥ずかしいにゃらいれすか。にゃいにゃい」


 ……そういや、ちょっと思い出した。


「ねー。みのろ。昨日、ぼくのフィアンセがどうのこうのと言うてなからか?」


「うん。言ったよ。三千歳を超えて、初めて理想のひとに巡り会えたんだ。絶対に僕の花嫁にする」 


「へー。そいつは幸せな女やなぁ」


「いててててて。伊織、痛いよー」






────…………


 




 ──ハッ。


 気が付けば朝。

 あたしの横には、記憶に新しいいつかの朝と同じように、ミノルがいた。

 一つだけ違うのは、あたしが目を覚ました時、こいつはベッドに横たわりながら片肘を突いて、あたしのことを嬉しそうに眺めていたことだった。


「おはよ、ハニー」


「き、昨日、どうなった!? あれから、どう」


 また何も思い出せない。

 そしてまた自分が下着姿なのに気づき、驚愕した。

 起きた時に退けた布団を慌てて引き寄せ、それでまた体を覆う。

 ズザザっとミノルから距離をとった。

 

「こ、これは、あれだよね? この前と同じパターンで、ほら。ただ単に酔って、寝てただけで」


 なんか雰囲気が違うミノル。真剣な顔だ。

 胸がドキドキして、動悸が鳴り止まない。


「どういうこと? なんでそんな感じになってんの?」


「僕も男だからね。それも、君のことが大好きな。君がその気になってくれたら、拒絶する理由は一つもないよ」


 天使のように微笑むミノル。

 その笑顔に、迷いは見られない。


「……まさか」


「子供ができたら、二人でがんばって育てようねっ」





 詰んだ。





 あたし、武術一筋で、男の子と付き合ったこともないから分かんないけど。

 記憶にも無いなんて。付き合ってもないのに、知らず知らずのうちになんて。

 それで子供産むなんて。


 お父さんの仇が討てなくなる。

 でも、子供に罪はない。精一杯育ててやらないといけない。


 子供は、きっと耳がピンと尖ったハーフエルフだろう。

 こいつの子供だ。まあ可愛いだろうが。


 こいつはどうせ上手いこと言って、あたしを口車に乗せて散財するだろうから、共働きしたところで家計は苦しくなるだろう。

 小学生の頃からお母さんを支えてきたのに。ここへ来て、こんなろくでもない奴に捕まってしまうなんて。


 そのくせ子供はたっぷり作ったりして、大家族になってしまったりして。

 その割に性根は治らないから、泡姫と遊んでまたあたしと喧嘩して。

 離婚だ! ってなって、そんな時に限ってまた優しい言葉を囁かれて、あたしは騙されて生きていくんだ。


「う」


「?? ……えっ!?」


 何やってんだあたし……と、情けない自分を責めるほどにポロポロと涙が溢れてくる。

 泣きたくなんてないのに、次々と。


「あ、え、えっと、ど、どうしたの!?」


「…………」


「き、君が悪いんだよ? ガブガブお酒飲んじゃって、訳わからなくなるくらい酔っ払っちゃって。だから、その、」


「そうだね……」


 ベッドの上で膝を抱えて塞ぎ込む。

 すると、ミノルが訳のわからないことをわめき始めた。

 

「嘘嘘嘘! ごめん! 全部嘘だから!」


「……はぃ?」


「嘘」


「嘘?」


「うん」


「なんで?」


「あんまりにも君が無防備で純粋だから、ちょっと面白くなっちゃって」


「……はは」


「あはは」


「ははははははははははははははははは!!!」

 


 とりあえず、マジの全力で横っつらを引っ叩いてやった。

 綺麗なもみじさんがほっぺに張り付くミノルは、一人で台所に立つ。


「ねー、パン焼くの難しいよー。卵も焦げるし」


「うるさい! 自分でなんとかしろ!」





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