第12話 バリアの向こう
俺は久しぶりに女の人とヤってしまった。
相手は、鏡妙子さん。BL小説をネットで書いてる人。日野さんの同僚だ。
たまたま、書いてる小説に暴走族のヘッドが出るっていうんで、俺に話を聞かせてくれって頼んできた。
褒められた話じゃねえのに、真剣に聞いてくれた。中学からの女友だちと一緒に小説を書いてたんだそうだ。でも、その友だちは、去年、亡くなった。
ワルだったときの話を、鏡さんにしたからかな。
たまたま、ワルだったときにヤった夕菜と、電話で話したからかな。
俺、何やってたんだ。そんなふうに思っちまった。
そんなときに鏡さんと職場でまた会ってしまった。で、聞かれた。
「セックスって、どんな感じなのかな」
中高生の頃は、暇さえあればヤりまくっていた。
相手はやっぱり、ワルの女。夕菜は俺だけじゃなく、俺のダチともヤっていた。ところが高校一年の頃から、急に俺らの前ではゴムを使いだした。ダチからそれを聞いた俺は、夕菜と向かい合ったとき、なんでゴムつけさせんだよって聞いた。
「本命がいるんさ」
「誰だよ」
「教えなーい。聞いて、どうするん。そいつとタイマンするん? 『夕菜は俺のもんだ! 手を出すな!』なんて」
「するわけねえだろ」
「じゃあ、聞く必要ないじゃん。それより明くん、これ、ちゃんとつけてね? わかる? つけ方」
「知らねえ」
夕菜に教えられて、つけた。俺のダチにも同じように教えたらしい。
若いやつのセックスなんて、入れて、出して、それで終わりだ。いつものように俺と寝たあと、夕菜はでかい胸の前で腕組みをして、小言をいう教師みたいな顔になった。
「あたしねぇ、明くん、いいと思うよ? そりゃ、火傷あるけど、そういうのって見慣れるじゃん。きっと見つかるよ、明くんを大事に思ってくれる相手。そのためには口下手、克服しなきゃ。どーしてあたしのまわりって口数少ないやつ多いかなあ。高橋でしょー、富田でしょー、羽鳥にー、宮沢にー、平井」
「俺のダチ全員じゃねえか」
「あたしがみんなの童貞奪ってあげたんじゃん。感謝してよ」
「するかよ」
「明くん、一番セックス上手だしー。花丸あげるー。あっ、でも、一番うまいのはあたしの本命」
「意味わかんねえ」
高校を卒業したあと、宮沢の親父さんの運送会社に、宮沢と一緒に就職した。そこで出会った三つ年上の矢島恵子さんに、入社してすぐの歓送迎会でラブホに連行された。
「あたしさぁ、この男食いたいって思うと、食わずにいられないんだよね」
「俺、食いもんすか」
「いいセックスができそうだから」
俺の火傷なんかものともせずに、恵子さんは俺を食った。食われてしまった俺だけど、恵子さんとするセックスはそれなりに気持ちよかった。
「余田ちゃん、うまいじゃん」
「そうすか」
「タメ口でいいよ」
「そうか?」
そのあと三か月間、ヤりまくった。会話なんかほとんどしたことない。
でも、俺が入社して一年後、恵子さんは結婚するからといって退職した。
「余田ちゃん、よかったよ」
たぶん、セックスのことをいってるのだろう。だから俺もいった。
「だろ?」
去年、恵子さんとたまたま出くわしたけど、たまたまそばに日野さんがいた。
日野さんは恵子さんにガンを飛ばした。俺みたいにうまいガンの飛ばし方だった。
恵子さんはすべてをわかった、という顔で走って逃げた。
その夜、日野さんはだいぶ落ち込んでいた。
「ごめんなさい。恵子さんに、ガン飛ばしちゃった。やきもち焼いちゃった」
日野さん、真面目だから、相手に「俺は怒ってるよ」とか「俺の大事な人に、なれなれしくしないでくれる?」とかいうの、全部アウトだと思ってるんだろう。「平気だよ」って、なぐさめてあげたっけ。
俺は日野さんに出会って、セックスってお互いを大事に思って、大切にするもんだってことを初めて知った。
鏡さんに聞かれるまま、俺がしてきたセックスの話をした。そしたら俺は、妙な気分になってきた。
鏡さんは、セックスをしたことがないんだっていう。
もし、したとしたら、どうなんだろう。
俺がしてきたセックスって、いや、結局、俺って、夕菜や恵子さんを満足させるためのものでしかなかったんじゃねえか。普通、引くだろ、こんな、火傷だらけの体見たら。それでもヤれたっていうのは、要は、俺に入れてほしかっただけなんじゃねえのか。
鏡さんは、俺がワルだったときの話をしても、真剣に聞いてくれた。それが俺のガードをゆるめた。
結局俺は、鏡さんと、ラブホでセックスをした。
女の人とするのは久しぶりだったけど、鏡さんが俺をずっと抱いていてくれたから、すげえ幸せな気分になった。
さて、日野さんに、全部いうかどうか、俺は迷っている。
でも、日野さんも、最近妙にすっきりした顔をしている。それで、俺に話したいことがありそうな様子を見せている。
だから寝る前に、ベッドで話した。
「日野さん、最近、すっきりした顔してる」
「わかる? 余田さんも穏やかな顔してる」
俺の髪を日野さんが優しくかき上げてくれる。
「何かあった?」
「実はね。女の人と、最後までしたんだ」
なぜか俺は驚かなかった。嫉妬もしない。日野さんが俺のことをあったかい目で見てくれているからだ。
「どんな人」
「おとなで、でも、可愛い人」
ぼんやりと俺は察する。でも、名前とか、出さねえほうがいいな。
「俺も、したよ」
日野さんは、いつもどおりの優しい顔で笑ってる。
「どんな女性だったの」
「優しい人。でも、根性がある人」
日野さんにも、俺が寝た相手が誰なのか、わかったらしい。俺の手を握る。
「余田さん。もし、女の人を好きになったのなら、そっちへ行ってもいいよ。余田さんが幸せなら、俺はそれでいいんだ」
「日野さんも、女を好きになったら、そっちへ行っていいぜ。日野さんが悩んだり泣いたりしないんなら、俺はそれで満足だから」
「でも、余田さんとは、ずっとつながっていたい」
「それは、聞くまでもねえだろ」
「聡のことだけど、彼、恋愛対象が男性だったでしょ。男性って射精しないと済まないじゃない。だから俺が彼をどうしても受け入れられなかった時は、彼、すごく悩んだみたい」
日野さんの心にずっといる、もう死んだ恋人の三品聡。今はもうやつの名前を聞いても、特に何も感じない。強がってるわけでも、無理してるわけでもねえけど、「三品聡」という名前は俺にとって、今はただの単語になってきている。
「挿入しなくても、抜けるだろ」
「だからそうしてたよ。ただ俺は悲しかった。愛してるのに結ばれないってことが」
「けど、俺とはヤれた」
「うん。すごく嬉しい」
不思議だった。野郎とヤるなんて初めてだったから、いろいろ調べて、潤滑剤とかゴムとかを用意して、使った。怖かったけど、ものすごく自然に、あっけなく、俺たちは結ばれた。
日野さんが生き生きしている。
「俺ね、その彼女としたとき、一度きりの関係だったけど、ああ、俺、ヤれた、俺、『男』だったんだって、すごく安心した」
「それ、俺も」
「だろ? やっぱり、そう思うよね」
二人で笑ったあと、日野さんの口から言葉がぽんぽん出る。
「愛、かもしれないけど、違う、もっと」
「わかる。好きとか愛してるとか超えてた」
「受け止めて、包んで、つながって、融合してまた分離して。でも笑って行ってらっしゃい、みたいな」
「何言ってんだかちっともわかんねえけど、日野さんてほんとに頭いいんだな。語彙力、半端ねえ」
「俺もよくわかんない」
「なんかお互い、先、進めたっつうか」
「わかるよ」
「なあ、日野さん」
「なに、余田さん」
「ごめんな。俺がワルだったばっかりに、いろいろ心配かけて。危ない目にもあわせて」
「そんなの、いいんだよ。俺もワルみたいなものだから。夕菜さんと変わらないかも。いろんな人とベッドを共にした」
「夕菜とはちげえだろ。日野さんは、相手にガチだから。ガチで相手するからヤっちゃうんだろ」
日野さんが手を叩いて爆笑する。
「なに、笑ってんだよ。笑うとこじゃねえだろ」
「余田さんのケンカとおんなじ?」
「まあ、そうかな」
「今さら非行に走っちゃった」
「遅えよ」
突っ込むと、また日野さんが笑う。かわいい。それに、なんだかすごく楽になったみたいな顔だ。
日野さんが俺の肩におでこをつけた。
「これからも、よろしく」
俺は日野さんの髪を撫でてあげた。
「やっと日野さんがバリア破ってくれた」
「何それ、バリアって」
「ずっと、日野さん、俺はワルなんだけどワルじゃないみたいなバリア張ってた。けど、それがなくなった」
ちょっとだけきょとんとして、日野さんが笑う。
「張ってた。確かに張ってた」
「やっと本体に会えた」
俺が笑うと日野さんも笑った。
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