観測21 『似た者同士』


 戦いが始まってから、幾度となく両者は剣を弾かせ、鉄の火花を散らした。

 まず、ハオンはたった二本の刀のみで縦横無尽の立ち回りを見せた。

 その姿はまさに無形の剣士。

 決まった型というものを感じさせない独学で編み出しただろう予測不能な技の数々は、弱者が強者であるために死に物狂いで強者の技を模倣し、自分の形へ昇華させた、まさに弱者にとっての『希望の星』であることは明白だった。


 対するハイトは手から『泥』を飛ばしたり、拳銃の弾丸を発砲するなど、臨機応変にその場で適切な戦い方に変えながら、攻撃箇所を刀のみに絞って応戦。

 いまだ未熟な剣さばきでありながら、歴戦の猛者たるハオンとの剣の打ち合いを成立させている剣筋は、秘めたる神性の才覚を感じさせるようで、あるいは幾度も命がけで死線を潜り抜け、全てを捨て消し去った『全なる世界の救世主』の風格をも感じさせるという――奇天烈な矛盾、まさしく混沌を表したような剣だった。


 剣の乱舞が周囲の街並みを切り刻み、互いに体を吹き飛ばしあって、建物を粉々に吹き飛ばす。一つの判断ミスがそのまま勝負を決する要因になってしまうような緊張感が両者の間を張りつめていた。


「ハァッ!!」

「っ……!?」


 一太刀が数回の攻撃だとと錯覚するようなスピードで、剣戟が繰り出される。

 繰り出される度に鋭利さを増していくハオンの太刀筋が、ハイトにはない明確な経験の差というものをこれ以上なく、証明していた。


 ――マエデウケ、ミギカラセメロ。


「――――――!!」


 声にもなっていない雄叫びを挙げながら、一度前で受けて、右から大きく振りかぶった。ハオンは突然、防戦一方だった状況が変化したことに驚きつつも、すかさずそれに対応するため、体勢を崩して刀で弾く。


 ――ナイフヲナゲロ。


「――っ!!」


 そこにすかさずハイトはナイフを取り出して、投げ飛ばした。

 ナイフはハオンの顔を掠め、被っていたフードが外れた。

 人間とは思えない枯れ木のような顔面を露出させ、ハオンは咄嗟の判断で強く蹴りを放つ。その衝撃でハイトはを後ろへ突き飛ばされた。


「チッ、オマエ戦う才能もあんのかよ。本当に記憶喪失なのか? ウソぶっこいてなきゃ、オカしいタイミングが二十三回はあったぞ?」


「……知るか、そんなこと。なに、つわものぶってんだよ。気持ち悪い」


「ハッ! ボクちゃんの動きが時々、気味ワリィくらい研ぎ澄まされるからツイな」


 余裕そうな笑みを浮かべながら、ハオンは刀を隠すような構えを取った。

 それは今まで見たことがない、全く新しい動きだった。


「ほら、プレゼントだ。ありがたく受け取りなッ!!」


 隠された刀が前に振られたと同時に、横一直線で物凄い斬撃が僕に目がけて、音速の速さで向かってきた。それはまさしく暴力の塊のような存在。

 只人の身では決して起こせぬ事象。


(見たことない神能! 剣や銃を作るんじゃないのか!? でも神能なら『泥』を使えば――!!)


 神能ならハイトには何の意味もない。『泥』を繰り出そうと斬撃に手を向ける。


 ――ヨケロヨケロヨケロヨケロヨケロヨケロ。


「――やばっ!?」


 ハイトはすぐに手を引っ込め、前へと駆けてスライディングする。横一直線に伸びた斬撃を回避して、すかさず距離を詰めてハオンに斬りかかった。


「おいおい、なんだそりャあヨォ! 勘が鋭いッて話じャねェぞ!」


「やっぱり、今の神能じゃなかったのかっ!」


 信じられないことに先程の斬撃は、神能ではなく単なる技術。

 それは剣の道を究めた者にしか許されない神業。

 神秘や異能といった超常ではなく、人間がただ至れるだけの到達点。


「オタクらの会長サンの得意技だろーがよ! 『風死獣』インディビーを単独で殺したって、時に放たれた伝説の一振り!! 神能も法式も使えねェオレが憧れた最強の一撃だァ!!」

「なに……?」


 刀を逸らされ腕の一部を斬ったところで、あり得ない一言に一瞬、ハイトの動きが固まる。


「そうだ、こんなバケモンみてェな姿で生まれてもなァ! 人間だからそこは平等で才能なんだよッ!! 『別人』で『無能』なんてオワッてるよなァ! 気持ち悪くて、生まれてきた意味もねェなんて言われるんだぞ!?」


 すかさずハオンは僕に剣を振り、その衝撃を利用して後ろに下がった。


「単純に弱いヤツには人権なんてねェんだよ! 無能の冒険士で『金鍵』まで成り上がったヤツもわずか四人しかいねェらしいしよ! 結局そこかよッ!!」


「昨日はアホ面で剣と銃を馬鹿みたいに飛ばしたじゃないか!!」


「アレはミリナから借りてただけだッつーのッ!!」


 子供の口喧嘩のようなやり取りを交わしながら、三本の剣と刀が交差する。

 ハオンは隙を見極め、ハイトの体を切り刻み、すぐさま神能で再生され続けた。

 ハイトはずっと刀のみに攻撃し続け、決定打になるような攻撃はしなかった。


 それはどこまでも残酷なくらい持って生まれた才能の格差を感じさせる果し合い。


「チッ、あからさまに刀ばッか攻撃しやがッて!! 少しはモノを大切にしやがれッ!」


「それなら街を壊すなよ! どれだけ人に迷惑かければ気が済むんだっ!!」


「斬ッても斬ッても再生しやがッて! どっちがバケモノなのかわかんねェなオイ!」


「知るかそんなことッ! 僕だって気持ち悪いと思ってるくらいだからなっ!」


「あるだけありがたいと思ッとけよ! コノ生き地獄を一生味わえるんだからなッ!」


 互いに毒を吐きながら、神能や技巧を交えて錯綜する。

 両者は互いに一長一短であり、相手に劣っているものを特技で補い合い、その力関係は互角。

 ハイトは『泥』を主体に多彩な攻撃でハオンの刀を一点集中、ハオンは『剣技』を主体に経験を用いた堅実な攻撃を繰り出した。

 一見、それは個性の溢れた強者同士の競り合いにしか見えないだろう。

 だが、実の所、二人は驚くほど似た者同士だった。


「口を開けば、回りくどい皮肉ばっか垂れやがって! それしか言うことないのか!」


「アア、ないね! そもそもこんなに不幸自慢したのも生まれて初めてだからな!!」


「不幸自慢だと……!? 意味もなく誰かを傷つけるクソ野郎がなに言ってるんだ!!」


「意味ならある! ワカンネェならガキが大人の話に首突ッこむんじャねェ!!」


「ふざけんなお前のどこが大人なんだよっ!! 大人ぶってんじゃねえ!!」


「歳食ッちまッたら、一律強制で大人なんだよ! 子供でいられるならいたかったさ! 夢見てられるならずっと見ていたかった! でも無理なんだよッ!!」


 どちらを見ても、泥臭いのだ。それはもう、互いに切磋琢磨しあうライバルのように。


「ガキの頃は口にできた夢や理想は大人が言ッたら鼻で笑われんだよ! 常識のない狂った病人扱いだッ!! 子供って言葉は意味が愛称から侮蔑に変化すんだよ!!」


 ハオンの慟哭が街に響く。それは彼が今までひた隠しにし続けた本心の一部。


「現実を見ろッてなんだ!? 見てればナニカ変わるのか!? 黙ッてミンナがいがみあッてるのを受け入れてれば、それが常識ある普通の生き方なのか? もう聞き飽きたんだよ悪口はッ!! 聞くのも言わせるのも、もうたくさんだッ!!」


 残酷な現実から目をそらさず、彼は戦い続けた。全てを喪うまで力を振るった。

 だが、その結果手に入ったのは、昔と何も変わらない世界を欠けていく自分の体。逃げたわけじゃないのに何も掴み取ることもできず、ただ敗走し続けた男の哀れな末路。

 そんな男の姿を見てハイトは――、


「もうナニガ正しいのかワカラネェ!! ガムシャラにダレカを守って、助けてッて、やッてみてもナニモ変わらねェのは、理解した!! だから、次にオレがやるコトはヒトツだッ!! ナニもかもぶッ壊してやる!! 世界中の憎悪や怒りを引き受けてやるッ!! 共通の敵がうまれりャあ、ソン時はミンナ仲良しこよしで協力しあえるのもワカッタからなあッ!! オレがなッてやるよッ!! 『世界で一番の敵役』ッてヤツに!!」


 ――コノゴニオヨンデマダカクスノカ。


「ふざけんじゃねええええええええええええええええええええええええええええ!!」


「なにッ!?」


 ただ刀の一点にのみ攻撃し続け、たどり着いたもの。

 ハオンの持つ二刀の一振りがいま、砕け散った。


「よっしゃあああああああああああああああああああああああああああああああ!!」


 それを見たハイトはすかさず剣を振るった力を応用し、もう一振りの刀を巻き込むように弾き飛ばす。

 そのままハオンの顔面に向かって拳を握り、フルスイングで殴りつけた。


「この期に及んでまだ本心を隠すのか!! いい加減にしろ!!」


「ぐッ!! なんだとッ!?」


「お前の本心は『自分が苦しんで死ねる死に場所が欲しい』だろうがッ!! 今更、甘ったれたこと抜かしてんじゃねぇよ!!」


 ハオンもまた握り拳を作り、ハイト目掛けて、パンチを繰り出す。

 互いに繰り出されるパンチは漏れることなく、相手のどこかを貫き、先よりも泥臭い戦いが幕をあげる。


「お前の言い分はこうだ!! 自分はみんなを幸せにしたい一心で、命がけで頑張りました。でも、力がなくてどうにもなりませんでした。絶望のふちに立たされて、死にたくても、今まで他人の命を犠牲にしておいて、自殺なんて許されるわけありません。だから自分が死ぬ正当な理由が欲しいんです、だろうがッ!!」


「――!? チガッ―――!!」


「違うなんて言わせるか!! お前が言ってたよな? 『残りの余生くらい、クソみてェなワガママさせてもらうわ』って。本当に世界をどうにかしたいやつが、『残りの余生』なんて戯言吐くわけねぇだろうがッ!!」


「――――っ!!」


 互いの拳がもろに入り、至る所が出血。互いに少しづつ息を切らすも、ハイトのみ、与えられたダメージが癒え、傷が塞がっていく。


「お前の話の根幹にあるのは、後悔だけだ! ああしとけばよかった、こうしとけばよかった! そうすれば、大切なものを守れた! 力がない無垢で幼稚な自分が憎くてたまらなかった!」


 顔面を殴り殴られ、互いの唾液と血液が混じったものが壊れた街を濡らす。

 例え傷が癒えても、体から出た血液がなくなるわけではない。

 顔も拳も何もかもが血塗れの中、それでもハイトは言葉を紡ぐ。


「怒りのぶつけ先が分かんなくて、いつの間にか何が本心なのか分かんなくて自棄になってる……そうだろッ!!」


「……ハアッ、オマエ、に……なにが、わか……ハアッ……る……」


 その言葉が自分にも刺さる言葉の刃物であると理解しながら。


「分かるよ。僕も同じことをしようとしたから。何も考えずにマコを殺したお前を殺すって、分かりやすい楽な方に逃げようとしたから」


 まるで鏡を見ているかのように、彼らは似ていた。

 血のつながりなんて一切ないのに、彼らは生き別れた兄弟のように似ていた。


「お前なんて大っ嫌いだ。それはこれからずっと変わらない。お前の顔なんて見てるだけでむかつくし、許そうなんて思わない。お前はマコの仇だ。お前を殺してやりたい」


「…………」


「でも、きっとそれじゃだめなんだ。こんな考えを続けてたら、ずっと嫌な連鎖に苛まれる。これからも同じように喪い続けて、自分がクソになってしまう。それはもっと嫌だ」


 ――それは、悍ましいとしか感じることのできない綺麗事。


「僕はエリシアのような人間になりたい。彼女のように真っ直ぐ生きたい」


 それがハイトという男の紛れもない本心。

 たまたま正しく生きれる環境に降り立つことができた少年の言葉。

 何かが違っていれば、立場が逆転していただろう『救世主』。


「だから、言わせてくれ。――僕はきみとは違う。きみに心配される必要はない」


「――そう、か……」


 それを聞いたハオンの顔がまるで別人(べつじん)のように変化した。

 触れるもの全てを傷つけるような棘のある空気が一転し、弱弱しく穏やかな空気がハオンの体を鎧のように纏わせた。


「最後のさいごまで……ボクはバカなガキのままなのか……」


 それは心の底から吐き出された、ハオンの本心の一つだった。

 肩で息をしながら動機を荒くさせ、本当に全てが終わったような顔をしていた。


「――なあ、ハイト」


 ハオンが懐から何かを取り出す。それは彼が最後の手段にと持っていた奥の手。


「――どうすればよかったんだろうな」


 それは一本の注射器だった。

 中にあるのは、この世の全ての色が混じりあう異次元の色彩だった。


「ふざけるなああああああああああああああああああああああああああああああ!!」


 ハイトの脳裏に浮かんだ最悪の可能性は――自決用の薬。


「――どこへ向かえば、この悪夢は終わるんだろうな?」


 細い注射器の針が肉を喰い破り、流し込むようににハオンの体内へと入っていった。

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