TS転生したので女の子相手に体で稼いでいたら、それを知った幼馴染が病んだ

冬織神 歌檻

第1話 猫ちゃん系の幼馴染

 TSとは、性転換の略称だったと記憶している。つまり、男性が女性になること、又は女性が男性になることを指す言葉だ。


 その事を踏まえた上で、俺の置かれている状況を一言で表すなら『TS転生』したということになる。


 残念なことに死んでしまった俺は、前世の記憶を引き継いで生まれ変わり、二回目の人生を歩んでいくことになった。


 最初は「あれ?性別が前世と違う?!」なんて戸惑いもしたが、二度目の人生が始まって十五年が過ぎた今となっては、この状況を完全に受け入れられた。


 いや、受け入れるどころか今回の人生を大いに堪能している。それはもう、好き勝手に生きている。


 元々の俺は自他共に認める、責任感があり、優しくて、しっかりとした人間であった。と思う。そのはずである。そう信じたい。


 しかし、一度死ぬという経験は、とても素晴らしい人格者である俺の価値観に影響を与えるには十分な体験だった。


 つまりのところ、今回の人生では、いつかエッセイや自伝小説を執筆する際に「前世譲ぜんせゆずりのお人好しで幼少期から損をしていた」なんて冒頭から始まることがないように気楽に生きようと心に誓ったのだ。


 ……ん?気楽に生きていく!(ドンッ!!)とか思っている割には、色々と考えすぎだって?いやいや、今世の俺は、まだ十五歳なんだよ?!


 なるほど確かに、精神年齢は中年並みだよ!!けどねッ!いつまでも若々しい心を持つのが大切だから!!心は若々しいから!


 その証拠に、今の俺は思春期&反抗期だからね!


 超絶繊細な時期なんだよッ!もし、隣に住んでる幼馴染がいなかったら確実に鬱病になってるからね!ホントありがとう!愛しの幼馴染様!!



~~~~~~~~~~~~~~~



 ……はぁ。日記を書くのは素晴らしい習慣なのだが、締めの一文が幼馴染への愛と感謝の言葉になってしまう悪い癖が一向に治らない。


 もしも、この日記を超絶美少女な幼馴染に見られたら、絶対に処分されてしまうだろう。日記は勿論のこと、俺自身も。


 その程度で済めばいいが、日記の内容には俺の前世ついても触れている部分がある。絶対に処分なんかでは済まない……。


 何としても、かの邪知暴虐なツンデレ幼馴染に日記が見つかるのだけは避けねばならない。


 そんな事を考えていると、家のインターホンが鳴った。きっと、我が親友にして最愛の幼馴染だろう。


 この使い方で合っているのかは分からないが、きっと噂をすればというやつだろう。もしくは、以心伝心または相思相愛とも言える。


 早く準備を済ませて、中学生の頃みたいに一緒に登校するとしよう。


 俺は自宅の二階にある自分の部屋の窓から顔を出して、黒髪で吊り目の美少女幼馴染に向かって声をかける。


 「急いで学校に行く準備するから!」


 俺がそう声をかけると、彼女の美しい顔のパーツの中でも特に好きな、視線だけで人を刺し殺せそうな青い瞳がこちらに向けられる。


 そして、俺から視線を外さずにインターホンを連打し始める。


 幼馴染の絶対零度を超越した推定温度マイナス二百八十度の視線に射抜かれた俺は、時が止まったかのように動けない。視線が外せない。


 インターホンの鳴り響く中で、俺たちはロミオとジュリエットのように見つめ合う。この場合、二階の窓から顔を出している俺がジュリエットなのだろうか?


 そんな、どうでもいいことを考えていた俺だったが、今日が高校の入学式だと思い出したことで「わかったから!急ぐから!お願いだから大人しく待ってて!」という言葉を何とか絞り出すことに成功した。


 しかし、幼馴染はインターホンを鳴らし続けている。さらに、こちらを見据える彼女の凍てつく青い瞳が細められる。


 ジト目というやつだろう。可愛いじゃないか。


 いや、彼女が可愛いのはいつものことだな。


 そんな、当たり前のことより気になるのが……


 そう、先ほどから鳴り続けるインターホンの音!うるさいって!!


 あいつ、ホントに短気だな。少しくらい待てないのだろうか?


 このまま彼女を無視していたら永遠にインターホンが家に鳴り響くのだろうなと考えながら、そのような事態を阻止するために自分の部屋から飛び出て、すぐ近くにある階段を駆け降りる。


 階段を降りる途中で足を踏み外して転がりそうになったが、無事に一階に足をつける。すると、すぐ目の前には変わり映えのしない玄関。


 そして、この扉の向こう側には、この騒音の元凶である幼馴染が不機嫌な顔をして待ち構えていることだろう。


 俺は鍵を解除して扉を開ける。


 「ちょっと絵麻えま。うるさいってば!」

 「……。かえでが最初のワンプッシュで出なかったのが悪い」

 「は?そんなにすぐ出られるわけないじゃん」


 俺の反論を受けて、目の前でツンツンしているのが幼馴染の『石橋絵麻いしばしえま』だ。ちなみに彼女はツンデレ。そして俺が好きなのはヤンデレ。


 「はぁ、絵麻はホントに気が短い!あと少しで準備が終わるから、リビングで待ってて」

 「わかった、楓の部屋で待ってる」

 「……。なんでやねん」

 「だって、幼馴染だし」


 このように、絵麻は幼馴染なら何をしても許されると思い込んでいる。まぁ、そこが絵麻の可愛いところではあるのだが……。


 そんな事を考えているうちに、勝手に靴を脱いで家に上がり込んだ絵麻が、階段を登って俺の部屋に向かい始める。


 「んー、別にいいか……」


 見ての通り絵麻は我が強い。言い換えると自分勝手とも言える。そして、自己中心的とも。


 そんな、俺のテリトリーを常に侵略してくる愛すべき幼馴染が、階段の上から「準備、終わったら呼んで。楓のベットで寝てるから」なんてことを言ってくる。


 「いやいや!人のベットで寝るな!」

 「……」


 俺の悲痛な叫びに対する返事の代わりに、部屋の扉が閉まる音が聞こえてきた。


 絵麻が言うことを全く聞いてくれない……。


 まったく、何故こんな風に育ってしまったのだろうか?昔はもっと可愛げがあって、献身的で、素直で、従順で、いい子だったのに……。



〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜



 絵麻が家に来て、十五分ほど経過したところで支度が済んだ。


 俺の部屋で寝ている絵麻に向かって、階段の下から声をかける。


 「絵麻、行くよー!」

 「……」


 返事がない。多分、寝ているのだろう。


 仕方がないので部屋まで起こしに行く。本当に世話の焼ける幼馴染だ。しかし、そんなところも可愛い。


 階段を上がりながら、どうしてこんな我儘な子に育ってしまったのかと考える。俺の育て方が悪かったのだろうか?育成失敗なのだろうか?


 ……いや。俺は幼馴染として一緒に育ってきた側だったな。そんな、姉妹のような距離感の幼馴染に扉越しに声をかける。


 「絵麻、入るよー」


 そう言いながら扉をノックするのも忘れない。常識を守れない奴に何も守れないんですよ。


 非常識人の代表である絵麻とは違い、一般的なマナーの守れる俺が、何度かノックしても返事がないので扉を開ける。


 部屋に入ると、カーテンのおかげで光が程よく遮断されていた。そのため、部屋の中は、お昼寝に丁度よさそうな薄暗さである。


 「えま~?起きないと遅刻するよ」

 「……。遅刻して発生する……めんどい指数よりも、起きる事に使う……めんどい指数が、勝ってるから……。ねる」

 「……」

 「……」

 「……え?本気で寝坊する気なの?」

 「……」

 「いつもの真面目な絵麻はどこ行った?!」


 俺が問いかけると、大変めんどくさそうな声色で「さぁ?身に覚えがない……」なんて事をほざきやがる。


 こいつ、今日は入学式の日だというのに、マジに遅刻するつもりか??


 おいおい。入学したばかりから早々に悪目立ちするなんて冗談じゃない。


 初日に「寝坊して遅刻しましたぁ〜☆」なんて言うつもりか?頭イカれてるのか??高校生活は第一印象が全てなんだよ!?


 「絵麻。さっさと起きろよ。……どうしても起きないなら、強制的に起こすから」


 自分の口調が荒くなっていることは自覚しているのだが、どうしようもない。そして、どうしようもない事は気にするだけ時間の無駄だ。


 ただでさえ、今は時間が惜しい。


 ……はぁ。正直めんどくさい。


 いっそのこと置いて行くか?


 俺が、冷酷な判断だが仕方がない……と置いて行く選択をする寸前に、絵麻が毛布から少しだけ顔を出した。


 なんか、口元がふにゃふにゃしていて、にゃ〜にゃ〜している……。


 俺が遅刻しそうで焦っている様子を見て楽しんでやがる。なんで性格の悪いやつなんだ!ふざけやがってー!なんだ、その可愛い顔は!?


 そんな、顔が良くて可愛い女に弱い俺を、絵麻が煽る。


 「そんなに私と登校したいの?これだから寂しがりな楓くんは……。仕方がないなー」

 「……おい。君付けすんなって、いつも言ってるだろ」

 「また口調が荒くなってる。ホント短気」

 「……」


 お前が言うな。インターホン連打女のくせに。


 一旦、冷静になるために時計を確認する。


 家を出る予定の時刻を過ぎていた。本当に時間がない。時間もなければ仕方もない。仕方もないため強行手段に出ることにした。


 俺は絵麻の被っている毛布を剥ぎ取ろうと手に掴む。すると絵麻が毛布から手を出して俺の腕を掴んできた。


 「お、おい何だよ。放せって」

 「……」


 俺の言葉の返答の代わりに腕をひたすら強く掴まれる。そして、彼女の青い瞳が俺を捉える。


 「え、なんで無言?こわいこわい」

 「……」


 何なんだ?なんか言ってくれよ。


 無言で見つめられると怖いって……。


 恐怖を目線で訴えてみたが、微塵も腕を掴む力が緩まない。


 しかし、こうして見ると本当に綺麗な眼だな。


 深海ってこんな色なのかな?……いたい。海よりも深い青色。ずっと見つめてると吸い込まれそうだ。……痛い。カラコンだと出せない天然の深みのようなものが────


 腕が痛い!!


 「絵麻、痛いっ!お願いだから離して!一緒に遅刻してあげるから!」

 「……」


 こいつ見かけに寄らず握力すごいな。恐怖で目に涙が滲んできた。怒らせるような事をした覚えはないのだが、何が気に障ったのだろうか?


 「え~まっ、はなして~」

 「……」

 「えま~、さすがに腕折れちゃう!」


 俺の悲痛な叫びなど無視して、絵麻につかまれた俺の腕が強く引かれる。そして、そのまま絵麻の方に倒れこむ。


 そこで気がつく。まさか、これは……。


 俺の脳裏に焦りが生じる。今日は本当に遅刻する事になるかもしれない……。


 絵麻が深海を思わせる瞳を俺に向けて、甘えた声で言ってくる。


 「かえで、今日休まない?休んで一緒にゆっくりしよ?」


 あぁ、やっぱりそうだ。


 これは……。絵麻の猫ちゃんモードだ!


 説明すると、猫ちゃんモードとは絵麻が猫のように甘えてくる状態のことなのだ!!


 でもなんで?別に絵麻を不安にさせたり心細い思いをさせたわけじゃないのに。


 「楓、聞いてる?」


 何が原因なのかさっぱり分からない。


 「うーん、なんでぇ~?」

 「おーい、かえで~?」


 なにが引き金となって、猫ちゃんモードが発動してしまったのか見当がつかない。


 こんなにも大事な日だと言うのに……いや、大事な日だからこそ、もしかすると────


 「絵麻、高校に入るの不安なの?」

 「……」

 「別に……」

 

 拗ねたように絵麻が否定の言葉を口にするが、おそらくは俺の予想通りだろう。


 「やっぱり。絵麻って意外と心配性だよね」


 ここ最近は傲慢で自信に満ち溢れているのに、と付け加えたら怒るだろうから口には出さない。


「……だって、違うクラスになったら?ほかの友達ができたら?楓はきっと、私のことなんて気にしなくなる」

 「中学の入学式の時にも同じようなこと言ってたけど、最後まで一緒にいたじゃん。そんなに心配しなくても大丈夫だって」


 毛布から顔を出した絵麻が不安そうな顔をしながら問いかけてくる。


 「本当に?」


 絵麻の顔を笑顔に変えるために、彼女の不安げな瞳を笑顔で見つめながら自信満々に言い切る。


 「ずっと仲良しだよ!」


 そういうと絵麻は納得したのか、不安を心の奥に押し込んだ様子で笑顔になる。


 多分、無理をして何でもないように見せかけているのだろう。だが、表面上は元気になったのだから、それでいい。遅刻はしないで済みそうだ。


 絵麻がベッドから出てきて言う。


 「……早く行かないと、遅刻するよ?」


 なんとかツンデレモードに戻ってくれた。別に猫ちゃんモードも悪くないのだが……。はっきり言って、今なられては困ってしまう。


 それならば、どんな時であれば猫ちゃんモードになられると助かったり、嬉しかったり、ドキドキしたり、そそるというのか?という話は、また今度にしようと思う。


 長くなる上に他人に話すには恥ずかしい。少なくとも、今話すべき話題ではない。


 「うん、行こっか」


 そうして、絵麻と二人並んで学校に向かう。


 学校までは徒歩で三十分ほどなので、遅刻はしないで済みそうだなと安心していると、絵麻が手を握ってきた。


 なんというか……。こういった場面ならば、猫ちゃんモードも悪くはない。というか中々にくるものがある。何がくるのかは言わないが。


 とにかく、これが大変そそる猫ちゃんモードの絵麻である。


 


 


 

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