第1話 いざ、東京へ!Ⅴ

「はぁ……喧嘩別れのようになってしまったな」

「意地悪が過ぎるからですよ。あの言い方では反感を買うのも当然です」

 社長と社長秘書。もとい、冷徹夫婦が二人が去った社長室で密談を交わしていた。

「やっぱり、キツかったかな」

 零一が伊達眼鏡を外しながら妻に内心を吐き出した。

「自分があの立場なら死ぬまで忘れないでしょうね。『実の兄に酷いことをされた』と」

「……僕なりに応援したつもりだったんだが?」

「無理があるでしょう。あの凄みで冗談は通用しませんよ」

「本気になってほしいんだよ。ほら、人って追い込まれないとやらないじゃない」

「追い込んだ結果、潰れなければいいですが。今のトレンドは効率重視。科学的に正しい●●ですよ。タイパ、コスパ。スポ根は最近の若者には刺さらないと聞きます」

「ウケるウケないじゃなくて、真実か否かだと思うけどね、僕は。残念だけど最後に生き残れるのは、執念や根性があるヤツだけだよ。小賢しい奴は結果が出なければすぐに諦める。教科書通りに動いてる奴もダメだ。教えたこと以外はやりもしない。這い上がってくるさ……アイツなら。何かを見つけて、きっとね」

「その根拠は?」

「ないさ。ただ信じたいんだ。若いからこそ成せる、新たな可能性ってヤツをね」

「キザなセリフですね。社員には聞かせないでくださいよ。恥ずかしい」

「……独り占めしたいってこと?」

「――ッ、馬鹿。どう解釈したらそうなるのです。不愉快です!」

「ふゆ、だけに?」

「うっ、うるさいっ!! 黙ってくださいっ、ばか!」

 したり顔で突っ込みを入れる零一。

 振り返れば、指摘をしていたはずの冬優子が、却って辱めにあっていた。


 一方、場面代わり若き少年と少女サイド。

 零次と姫依は、仲睦ましいイチャイチャが裏で展開されていることなどいざ知らず、池袋の街を闊歩していた。それも非常に早足で。

「くそくそくそっ! やってしまったぞこれは……」

「後悔しているのであれば今からでも話し合うべきです。なにも零次様まで出て行く必要はありません」

「しかし、もう決めたことだ。男に二言はない。これで負けたら素直に出て行くぞ!」

「無茶です! 零次様は生活力皆無。炊事洗濯家事その他、身の回りのことは何もできないではありませんか!」

 勢いに乗って、あろうことか姫依は零次に罵倒のかぎりを浴びせていた。

 主と従者。その関係性に揺るぎはないがこう見えて姫依は年上のお姉さんである。

 これまでは黙って従っていたが、お姉さん気質のある彼女の気持ちを考えるなら、零次の行く末は弟の一人暮らしを不安視するようなもの。彼の生活態度を考慮すれば、この指摘はぐうの音も出ない正論であった。

「ええぃ、うるさいうるさい! そもそも何故、この俺が一人暮らしをする前提なのだ。彼女でも作ってやらせればいいだろう! このルックスだ、高校生にでもなれば彼女の一人や二人は容易いだろう!」

「あー! あぁ~、ああ、あぁああああ~~!!」

「なんだ。何か問題か?」

 姫依がしきりに指を振る。これも彼女の琴線に触れていた。

 警察官がよくやる「止まりなさい!」とか「そこの!!」的な指の指し方だ。

「あります。大有りです! お言葉ですが、その不遜な態度ではモテませんよ」

「なんだと……」

「当たり前です。今の時代は女尊男卑。若い女性が選べる立場にあるのです。いくらお金持ちのお坊ちゃんと言えども、家を追放されたら信用はガタオチ。あまつさえ贅沢な暮らしが染み付いている男と暮らしては金銭感覚は崩壊確実です。とち狂っています! 仮に彼女が出来たとしても、すぐに愛想が尽きて出ていくでしょうね!」「馬鹿な!?」

「馬鹿は零次様です。いい加減に目を醒ましてください!」

「うぐっ……傷つくぞ、モモさん」

「はっ!? 申し訳ありません、つい……」

 つい、なんだというのか。

 ついでの一撃に雇用主(の子供)のウィークポイントをボロクソに叩くなど、メイドにあるまじき行為ではなかろうか。流石の零次もこれにはしゅんっとした。

「まぁいい。俺の性格が悪いことなど、この際一旦脇に置くとしてもだ」

 棚上げすべき問題ではないが。

「何はともあれ、これからの三年間で何かをせねばならんことに変わりはない。勉強で勝てないことがわかった以上、それ以外のアプローチが必要だ。何かいい案はないものか」

「――ちょっと」

「……そうは仰いましても、中々簡単には。そもそも零次様は学生の身。メイド組も同じく学生ですから、大きなことをすると言ってもハードルは高いかと」

「ちょっとってばっ!」

「せめて別れたメイドたちが何かネタを拾っていればいいんだがな」

「だ~か~ら~! 人の話を聞けっつってんでしょうが、ゴラぁあああッ!!」

 なんともドスの効いた声だった。

 決して聞き間違えではない。都会でよくある、手を振られていたので振り返したら自分ではない全くの別人を相手にしていた……系でもなさそうだ。

 誰がどう見ても、自分たちにクレームが入っていることを確認した零次たちは――

「そこまでは言ってないだろう」

「そこまでは仰ってないでしょう」

 完璧な波長でもってカウンターパンチをぶちかました。

「おおぉ……ふ、なんだ聞いてんじゃない。だったらもっと早く反応しなさいよ! 余計な体力を使わせないで、疲れるから」

 彼女はお手本のような捨てセリフと素振りでもって、ぷいっとそっぽを向いた。

 突然の来訪者。都会の喧騒をものともせず、ピンポイントで声をかけてきた度胸もさることながら、注目すべきは彼女の見た目だろう。

 本当に地毛かと疑うほどに綺麗な金色の長髪と適度な癖毛。

 身長は高く、姫依には劣っても非常に均整が取れた美しいシルエット。

 肌は露出しているわりに白く、まつげは憎たらしいほどに長く細い。目元にアクセントとして付いている泣き黒子も特徴的だ。

 拗ねた顔すら絵になる顔立ちはクール寄りで、近寄り難いが美しいの一言。

 晶瑩玲瓏――宝石のように美しい彼女を表現するなら、これほど相応しいものはないだろう。

 零次も姫依も、その〝完璧さ〟に思わず息を吞んでいた。

「おい、モモさん……!」

「はい、これは――」

 しかし、今の彼らにとっては彼女の優れた容姿などどうでもよかった。

「ん? あによ……」

 それよりも注目されたもの。雑多な人々が行き交う池袋の街で二人の目を惹いたのは他でもない、彼女の着ている服装にあったのだから。

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