第2話 メイド喫茶in東京『ENCOUNTS』Ⅰ
「メイドだ……野生のメイドがいるぞ!」
「誰が野生のメイドよ。誰が!」
「勿論、貴方ですっ!! こんにちは、野生のメイドさん。私は百瀬姫依と申しますっ。貴方は誰の遣いなのですか!?」
姫依は瞳をきらきらと輝かせて食い気味に問いかけた。
「ちょっ、待ちなさいよ! なに、何なのアンタたち。喧嘩してたんじゃないの? あっ、そういうプレイ? もしかして厄介オタク……!?」
「誰が厄介オタクだ、失礼な。モモさんは俺のメイドだ、ちゃんと雇っている」
「嘘っ、じゃあ本物のメイドさんってこと? 同業じゃなくて!? なーんだ、てっきり絡まれてるんだとばかり――」
「お褒めに預かり光栄ですっ!」
更に元気になった姫依は、彼女の手を取ってぶんぶんと握手を交わした。
「いや、褒めてない。というか、私は誰の遣いでもないから。強いて言うならお店のスタッフってとこ」
「スタッ……フ? お店の? んー?」
「まさか、メイド喫茶のスタッフか」
「おぉー正解。ご明察。私はメイド喫茶で働く似非メイドなの。強いていうならビジネスメイドね。証拠はコレ」
きょとんと疑問符を浮かべる姫依に変わって、零次が証拠なるものを拝見した。
「――カジュアルメイドカフェ『ENCOUNTS』池袋店か」
彼女の掌にはメニュー表があり、表紙には古風な字体で店名が記されていた。
「驚いたな。メイド喫茶は秋葉にだけあるものじゃないのか」
「アンタ、いつの時代の人間よ。メイド喫茶なんて、今どき珍しいものでもないでしょうね。それこそ、北は北海道、南は沖縄にまで、あるみたいよメイド喫茶」
「「な――ッ!?」」
その時、零次&姫依ペアに電流走る。
「ほ、本当か!?」
「えぇ。調べれば出てくるんじゃない、きっと――と、そろそろ行くわ。お客さんを取ってこないと店長に怒られちゃうから」
どうやら、彼女はキャッチをしている最中だったらしい。
巷では禁止行為としている場所もあるようだが、まぁ細かいことはいいだろう。これは千載一遇のチャンスに違いなかった。
「――百瀬さんだっけ。とりあえず、アンタは誤解されないようにしなさいよ。いくら東京でも、ヘンテコな服を着ているとすぐに職質されるわよ」
「待て!」
「んー? あによ」
「お前、客を探してるんだろう。なら俺たちを連れて行け、興味が沸いた」
「へぇー意外。メイドを雇えるくらいのお坊ちゃんなら、こんなビジネスには興味ないと思ったんだけど。違うんだ」
「私も気になります。是非、お供させてください。まだ、お名前も伺ってませんから!」
「……まぁ、これも何かの縁か。いいわ、案内したげる。着いてきなさいよ」
「東京都豊島区南池袋。池袋駅東口を出て歩くこと約一○分――アタシが働くメイド喫茶は、メインストリートを外れたとあるビルの地下一階で、ひっそりと隠れ忍ぶように営業しているわ」
「なんだ、アド●ック天国か?」
「いえ、ぶ●り途中下車の旅かもしれません」
「ごほん。ぶ●り途中下車の――」
「やめなさいって! やらんでいい。アンタら一体何歳よ。実は歳喰ってんの?」
「俺は見ての通りの十六歳だ」
「私は今年で十九に」
「へぇ、じゃあアタシと変わんないじゃない。駄目よ、あんまりオジサン臭いこと言ってちゃ。すぐに老けるんだってよ。若くいたいなら新しいこと取り入れないとね」「それは、誰の入れ知恵だ?」
「っ……お客さんよ、お客さん。常連の人が色々と教えてくれるの」
くるりと身を反転させた彼女は会話を拒否した。わかりやすい。さしずめ、常連のオジサンからの入れ知恵だろう。
歩きながら、辺りを見渡す。お昼過ぎ。まだ帰宅するには早い時間だが、確かに大通りを過ぎた瞬間に人の往来が極端に減った。
立ち並ぶ建造物の多さは田舎の比ではないが、こうも人の気配がなくなると恐怖すら覚える。四方を覆うコンクリートの壁はこの地に慣れない若者の方向感覚を失わせる。なまじ無機質な建物なのも手伝っているのだろう。
偶然出逢った彼女が導く先に何があるのか。隠れ忍ぶメイド喫茶とは、果たして天国か地獄か。怖さ半分、興味半分。零次は密かに胸が高鳴るのを感じていた。
「さぁ、着いたわよ。ここが喫茶ENCOUNTSよ」
「ほぉ……おぉ?」
そんな期待を裏切るように、お店の看板はデカデカと掲げられていた。
文字がデカ過ぎる。明らかに『何かやってますよ』感が万歳だ。
「なぁ、これのどこが隠れ潜んでいるんだ?」
「なに言ってんのよ、隠れてるでしょ。お店は地下にあるんだから」
「む、むぅ~~……っ?」
反応に困った。わかるんだけど、わかりたくない。そんな感じだ。
狭い都会の土地を最大限に利用した店舗展開……といえば聞こえは良いが、複雑な心境に頭を悩ませる零次とは裏腹に、ビジネスメイドさんはこれまたビジネスライクに会話を進める。
「ここからは呼び名を変えるわよ。アンタたちはご主人様とお嬢様だから、以後よ・ろ・し・く、ね」
「お嬢様……っ! んん~~っ、良い響きです」
「ま、お手並み拝見といくか。存分にもてなしてもらおう」
「はいっ♪」
こうして三人は、地下の暗闇へと消えていった。
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