第31話 年始、行方知れず
記者、
昨年末、刑事・
年が明け、仕事始めの一月四日になっても出勤してこない響野の身を真っ先に案じたのは編集長・
「響野くんが出勤してこない?」
諏訪部の訴えに、市岡ヒサシは小首を傾げる。
「別に珍しいことでもないんじゃない、んすか? あの人急に取材〜ってすっ飛んで消えちゃうこと結構あるし」
「だが……」
オーナー・
「何か、心当たりでも?」
「ああ……そうですね、心当たり……響野のやつ、最後に刑事と面会していて……」
「刑事」
平坦な声で繰り返した稟市は大きく瞳を瞬かせ、
「小燕さんかな」
「弁護士さん、ご存じですか。そんなような名前の刑事さんだった」
「私よりは弟の方が深く関わって……ヒサシ。小燕さんに会ったか、最近」
「最近〜? かどうかは良く分からないけど、去年、
「風松」
諏訪部の声に、他の誰かの声が重なる。
純喫茶カズイの防弾ガラスで作られた扉にぶら下がる、ドアベルが涼やかに鳴る。
「刑事さん!」
「編集長の……諏訪部さんと仰いましたね。お久しぶりです」
厚手のコートを脱ぎながら、小燕が小さく頭を下げる。「いらっしゃい」と逢坂が片手でカウンター席を案内する。これで、純喫茶カズイのカウンター席はほとんど埋まった。
臙脂色のセーターにブラックデニムを履いた小燕は諏訪部と市岡兄弟のあいだに腰を下ろし、
「盗み聞きをしたようで申し訳ないが、今、風松と……?」
「ええ、ああ、はい。刑事さん。実はあなたに連絡を取りたいと思っていて……」
「風松家の件だとしたら、私から話せることはほとんどありません」
と、低く応じた小燕が、コートのポケットから何かを取り出す。
ビー玉。蜻蛉玉。
いや。
目玉だ。
硝子製の、人形の目玉。
「響野くんの、」
市岡ヒサシが声を上げる。
「
「あの男が最後に押し付けて行ったものだ」
「最後?」
地を這うような声が響く。
一瞬の沈黙。その後すぐに、小燕向葵が頭を下げる。
「軽率な物言いでした。申し訳ない」
「いや……いや。たしかに、孫に最後に会ったのはあんただからな、小燕さん。孫は──その蜻蛉玉を、あんたに?」
すぐに気を取り直した様子の逢坂の目を真っ直ぐに見詰めた小燕が、
「この目玉……『祝』と『禍』の文字が書かれて、いた」
「いた?」
勢いを付けて椅子から飛び降りたヒサシが、小燕と諏訪部のあいだに回り込む。煙草に火を点けた稟市が、小さく溜息を吐いている。
「いた、ってどういうこと? 小燕さん」
「そのままの意味だ。これはもう──ただの蜻蛉玉だ」
小燕の長い指が、良く磨かれた木製のカウンターの上に転がる目玉を弾く。
その裏側には、何も書かれていない。
大きく息を呑んだヒサシを、落ち着かない顔で諏訪部が見上げる。
「その……市岡ヒサシさん」
「あ、俺のこと知ってるんですか、編集長」
「響野の記事に良く出てくるからね」
「え〜!? 勝手に〜!?」
「私が手を入れて伏せ字にしてはいるが……あなたは、本物なのだろう」
諏訪部の問いかけにも似た言葉に、ヒサシは答えなかった。その代わり手を伸ばし、カウンターの上の目玉を自身の大きな掌の中に転がす。
「どこにもない……祝も禍も……ねえ小燕さん、どういうことですかこれは」
「それを確かめたくてここに来た。響野憲造はどこにいる?」
苦い沈黙が落ちる。
「姿を消して、半月になりますよ」
市岡稟市の声に「半月?」と小燕向葵は低く唸った。
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