第29話 こいつは剣聖にはなれない
肉片のように真っ赤に染まった空洞の中。だがそれは岩とクリスタルに飛び散った人間の血の数々。
死体のひとつも転がっていないのは、空中に浮いているこの魔神に骨ごと食われたのだろう。
シュナミブレルを腹に乗せて地面に倒れ込む俺はその魔神を観察し続ける。
漆黒の如く混沌の魔法を纏うその魔神の背中には翼。
角の下に位置する2つの瞳は赤黒く、少しでも目を逸らしてしまえば飛び付いてきそうな眼力。
図体は3メートルといったところだろう。
空中にいるから断定はできないのだが、俺達より遥かに大きいのは確かだ。
「ル、ルフくん大丈夫……?」
血が腐った匂いにでもやられたのだろうか。
袖で鼻を押さえるシュナミブレルは俺の胸板に手を付きながら上半身を起こす。
「えぇ。大丈夫です」
魔神に目を向けながら答える俺なのだが、シュナミブレルはそのままヒタッと俺のお腹の上で腰を下ろした。
多分こいつはこの血の滲んだ地面に足をつけるのが嫌なんだろう。
着地時に下敷きになってもらった分際でよくもまぁそんな事ができるな?と直接言ってやりたい。
「この匂いって血だよね……。それもこんな量……」
辺りを見渡しながら紡ぐシュナミブレルに『降りる』という選択肢はないらしい。
まぁ、今の状況では腹の上にいてくれたほうが守りやすいのだが、おこがましいったらありゃしない。
心の中でため息を吐く俺は、動く素振りを見せない魔神を見ながら言葉を返す。
「ですね。ですがそれよりも今は魔神です」
「……魔神?」
小首を傾げるシュナミブレルは俺の顔を見たあと、すぐに視線を追っかけ始める。
そうしてやっと魔神を視野に入れたのだろう。
言葉を詰まらせたシュナミブレルはキュッと左手で俺の服を掴み、
「お腹の上に座って正解だった」
ビビってる分際でこれまたおこがましいことを口にしやがったのだ。
俺が元『英雄』で嬢様の我儘を耐え抜いてる執事だと言うことを常々感謝するんだな!
そんな寛大な心に触れることもなく姿勢を低くしたシュナミブレルは腰から杖を引き抜き、右手で短く持つ。
相変わらず左手は俺の服を掴んでいるのだが、一般人が魔神相手に杖を構えられるだけすごいことだ。
「ルフくん。私から離れないでね」
「えぇ。もちろんですとも」
そしてこの勇姿。
反射神経といい威勢の良さといい。こいつは結構鍛えがいがあるのかもしれん。
「――っ!」
なんてことを考えてる間にシュナミブレルの筋肉が強張る。
その刹那に聞こえるビリビリッという服が破ける音。そして展開される光の障壁。
瞬きひとつで目の前にやってきた魔神はそんな結界に拳を打ち、爆裂音の如く渋い音がこの空洞に鳴り響く。
(あーそういうことね)
そんな光景を目の前にして、俺はシュナミブレルの言っていたことに納得がいった。
結界というのは範囲を狭めれば狭めるほど強固になる。
故に、『お腹の上で良かった』と紡いだのは結界で俺のことを守るためなのだろう。
(というかこいつ完全無詠唱使えたんだな)
逆さに見える魔神を視界に捉えながら考えていれば次なる攻撃がやってくる。
さすれば響き渡る打撃音と地面の揺れ。
良くも悪くも防戦一方のこの状況は果たしてどうしたものか。
魔神相手に守りで勝っているのは素直に褒めるに値する。が、シュナミブレルの苦し紛れの顔を見るにそれ以上のことはできないだろう。
「こ、これ……。メイラちゃんが助けを呼んでくれるまで耐えられるかな……!」
「無理かと」
「こういう時は素直に肯定してよね……!!」
「光魔法だけで魔神を倒すなど不可能ですからね」
「知ってるよ……!だから、ちょっと待って……!!」
(ちょっと待ってと言われましてもね)
「僕が戦うのではダメなんですかね」
何発も響き渡る衝撃波の中、淡々と紡ぐ。
というのも、多分こいつは気づいている。
俺が嬢様を助け、意図的にシュナミブレルの下敷きになったことを。
それに気づいてもなお俺に頼らないのはなにかしらのプライドでもあるのだろうか。
「絶対ダメ……!確かにルフくんは早いし耐久性もあるんだろうけど、この魔神は倒せない……!」
(はぁ……?)
随分と舐められたものだ。
あんなスゴ技を見せといてこの反応。挙句の果てには弱いモノ扱い。
将来有望に見えたのだが、どうやら俺の目は腐ってたらしい。
こんな見る目のないやつが剣聖になる?絶対無理だね。
ほほ笑みを解除させた俺はジッとシュナミブレルを見つめるのだが、魔法と魔神相手に意識を取られていてこちらに気づく素振りはない。
「シュナミブレル様。せめて僕を身代わりにするなどしていただければ」
「それは絶対にダメ!私がメイラちゃんに怒られる!」
「怒られませんよ」
「それでも無理!私に死ねって言ってるの!」
打撃音とともに聞こえるのは叫びのようなシュナミブレルの声。
というか、シュナミブレルにとって生死をさまようこの状況でのその言葉はボケとしか捉えようがない。
「お嬢様は誰かを殺めることはしませんよ」
そんなボケに対してツッコミを入れるつもりのない俺はただひたすらに顰蹙の目を向けながら続けて口を開く。
「シュナミブレル様。防戦一方のこの状況で勝利は掴めません」
「わかってるわよ!」
「僕は、シュナミブレル様がかなり強いと見込んでいます」
「少なくともあなたよりかはね!」
「僕より強いのでしたら、この状況の最善手がおわかりでしょう」
「わかってる!だからあと3秒待って!」
『最善手が分かってて3秒待つ?』そんな疑問が脳裏を過った途端、俺達を覆っていた結界が消え去った。
だが、消え去ったのは魔神が打ち消したからではない。これはシュナミブレルが意図的に結界を解いたのだ。
そしてわざとらしく右手にあった杖を手放し――刹那にその手に現れたのは光魔法で作り出した
だが、結界を解かれた今、魔神の拳を防ぐものはない。
でもどうやらシュナミブレルはそのことを見越していたらしい。
攻撃を仕掛ける魔神よりも早くに剣を魔神の腹部に突き刺した。
まるで洗練されたその動きは魔法を扱うシュナミブレルとは似ても似つかなく、どちらかと言えば最後に戦った剣聖を彷彿とさせた。
「――ガァァァァァ!!!!!!」
今まで口を開かなかった魔神でも、剣もどきの魔法が腹部に刺さろうものなら叫ばざるを得なかったのだろう。
鼓膜どころか地面までも揺れてしまうその叫びは穴があったはずの天井から小石を降らせる。
「――ウグッ」
そして守りの体制を取れていないシュナミブレルは魔神に蹴り飛ばされ、壁にめり込んでしまう。
(あ、ちなみにそんなシュナミブレルに気を取られていた俺も当然蹴り飛ばされた。ちょっとでも反応が遅ければ傷がついてたな)
頭の中で苦笑を浮かべながらなんてことを考えるのだが、蹴り飛ばされたおかげで萎えていた闘争心に火がついた。
「ルフくんになにしてくれてんのよ!!」
多分俺が壁にめり込みっぱなしだったから勘違いでもしたんだろう。
目をかっぴらくシュナミブレルは魔神の腹部にあったはずの剣を消してはもう一度右手に具現化させ、致命傷を負ってるのかと思えば地面を蹴って猪突猛進をし始める。
なぜ俺に対してそんなにムキになってるんだと言いたいところなんだが、今はそれどころじゃなさそうだ。
――バチンッと剣と拳が衝突する。
両手で握った
つまるところ、結局シュナミブレルだけでは防戦一方に陥ってしまうのだ。
(なーにが『分かってる』だよ。数ある選択肢の中で1番悪いやつ選んでるじゃねーか)
「よっこら」と地面に手を付きながら腰を上げる俺はブツブツと頭の中で呟き、コツコツとわざと足音を立てながら地面が揺れる打撃音を発するシュナミブレルと魔神の方へと近づいていく。
洗練された剣技を見ながら――『俺が教えたほうが絶対に輝くのにな』なんてことを思いながら――1秒時に何十回とぶつかる拳と剣に向かって。
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