絆創膏


 恭介くんもこんな風に手当てをしてくれたことがあった。あれは、私が小学1年生の頃。近所の公園で、補助輪を外した自転車に乗る練習をしたときだった。自転車を漕ぎ始めたときは恭介くんに支えてもらっていたが、勢いがついてきたところで恭介くんが手を放した。私は2メートルくらい自力で進むことができたが、ペダルを漕ぐスピードが緩く、自転車が傾いた。足を着こうとしたが、ハンドルをうまく操作できず、私は自転車ごと地面に倒れた。


「陽葵! 大丈夫!?」


「大丈夫」


「血出てるじゃん! 洗いに行こう! 立てる?」


 恭介くんは、転んだ本人以上に取り乱していた。擦りむいた膝を水道で洗い、ポケットから当たり前のように取り出した絆創膏で応急処置をした後は、私をおんぶしてくれた。私は自分で歩けると言ったが、恭介くんは取り合ってくれず、右腕で私をおんぶし、左腕でお花が描かれたピンクの自転車を押しながら家まで歩いてくれた。


 大した怪我じゃないのに、絆創膏を貼る高良先生は、真剣なまなざしで私の指先を見つめていた。ふと、思った。


「恭介くんみたい」


 そこまで大きな声を出したつもりはなかった。というより、口に出したつもりはなかった。しかし、小さな呟きは狭い教室に思いの外よく響いた。


「え?」


 どうか高良先生には聞こえていませんように、と心の中で唱えたときには、もう遅かった。高良先生がきょとんとした顔で私を見た。恥ずかしくて、顔を上げられない。


「すみません、何でもありません」


「恭介くんって誰? 彼氏?」


 にやり、と高良先生が笑う。肯定も否定もしていないのに、「へぇ~彼氏いたんだ~」とからかってくる。


「彼氏じゃないです」


「じゃ、誰?」


「兄です」


「あぁ、俺に似てるっていうお兄さん?」


 行方不明になっていると知っているのに、恭介くんを話題に出しても、高良先生は動揺せず、私に気を遣う素振りもなかった。それがなんだか新鮮で、気を遣わせていないと思うと、かえって気が楽だった。


「兄もこうやって手当てをしてくれました。唾をつけておけば治るような傷でも、ちゃんと絆創膏を貼って」


 絆創膏の貼り付いた指先を見下ろす。ほわほわ、と懐かしさに胸が温かくなった。


「矢野」


 呼びかけに顔を上げると、高良先生は大真面目な顔で私を見ていた。


「唾を付けても怪我は治らないんだぞ? 唾にはたくさんの雑菌が含まれているから傷が悪化することもあるし、それに、もし傷口を舐めたら血液が口内に入って……」


「物の例えですよ。それくらい軽い怪我ってことです」


 やっぱり高良先生は変わっている。あまりにも顔がそっくりだから、一時期、高良先生は本当は恭介くんなんじゃないかと疑っていた。でも、顔はそっくりでも、恭介くんは高良先生のように妙なところにこだわったり、軽はずみに年下をからかったりはしなかった。裁縫も得意だった。やはり、高良先生は恭介くんではない。



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