放課後、旧館3階の第2指導室で。

渚おり

浅き夢見し


 あなたは、誰?


 背格好も、仕草も、あなたは恭介きょうすけくんと似ている。


陽葵はるき、迎えに来たよ」


 声も、笑い方も、似ている。恭介くんみたいに、私の名前を優しく呼ぶ。だけど、あなたは恭介くんじゃない。


「恭介くん?」


 確かめるように名前を呼ぶと、


「なに?」


 恭介くんじゃないのに、あなたは返事をする。恭介くんのふりをして、恭介くんみたいに私の手を握る。


「恭介くん」


 あなたは恭介くんじゃないのに、手の平を介して伝わってくる体温は、恭介くんと同じ。じんわりと温かく、優しい。


「なぁに?」


 あなたは私の手を引いて歩いていく。私の歩幅に合わせて、ゆっくりと。


「恭介くん」


 あなたは恭介くんじゃないけど、私はあなたを【恭介くん】と呼んだ。


「ん〜?」


 何度呼んでも、あなたは嫌な顔せず返事をした。私は【恭介くん】の手を握り返した。


「恭介くん。大好き」


「え?」


 立ち止まった【恭介くん】が、私を見下ろす。私も【恭介くん】を見上げる。太陽の光に照らされた【恭介くん】の顔は、眩しくてよく見えない。


「だから、いなくならないでね」


 私の言葉に、【恭介くん】は可笑しそうに笑った。


「いなくならないよ」


 当たり前でしょ、と前を向き、また私の手を引いて歩き始める。


「絶対?」


 私は【恭介くん】の横顔を見上げた。やはり太陽の光が邪魔をして、顔はよく見えない。


「うん」


「何があっても?」


「何があっても、心は陽葵のそばにいるよ」


「それって、私のことが大好きってこと?」


「そう、大好きってこと」


「うれしい」


 そのとき、私の体がふわりと宙に浮いた。【恭介くん】の体温に全身が包み込まれる。ふわりと【あなた】の匂いもした。恭介くんとは違う、あなたの匂い。


「大好きだよ、陽葵」


 あなたが誰だか分からない。でも、あなたを大切にしたかった。大切にしないといけないと思った。あなたは恭介くんじゃないけど、


「ずっと、大好きだよ。陽葵」


 あの言葉は、嘘じゃない気がした。



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