第29話 ふざけるな
失恋、それは愛し合っていた男女が何かしらの要因で別れ、持っていた愛情を失ったと感じる現象と振られるという行為を抱いていた人物に拒絶されることの二つを指す。どんな人でも一度はこの経験をする。一人は幼稚園児の頃、好きな人が別の子を好きで、一人は小学生の頃足が遅くて、一人は中学生の頃特に目立ったこともなくて、そして……一人は高校生の頃、愛していた人に別に愛するべき人が現れてしまって。
彼女は何も悪くなかった。彼女がなにかをしてしまっただとか、なにか要因があって、では残念ながらないのだ。
もし、これに理由をつけるとするなら……お互いが変わっていってしまったことである。
……なんとも悲惨な運命である。
小さい頃からずっとただ一人を思い続け、小中高と一緒に居続け、やっと告白できたと思えば気がついたら振られていのだから。
※
オレンジ色の教室、時刻は四時を指しているが冬のせいなのか太陽が沈みかけている。埃っぽい教室、僕が誘拐された教室、購買近くの教室。そんな教室の真ん中、椅子を二つ置き僕らは会話を続けていた。
明は明で色々と疲れているのかクマが深く、少し具合が悪そうに見える。
自分が今どんな気持ちで、どんな面構えで彼女の話を聞けば良いのかわからない。
確かに腹は決まっていた。あの時、中原の時と同じように明の隣で歩き続けることが正解だと思っていた。
ただ、彼女は今泣いている。
隣で歩く、じゃ、駄目なのか?
……僕は何を当たり前のことを。
何で楽をしようとしている、それは……明に失礼だ。
「……ごめん」
おそらくは、水族館時の中原と同じ心境だろう。
自分はずっと停滞していて、それどころか後退しているのに、周りはそれの先を行こうと、自分を置いていこうとしている。
痩せ我慢をしながらも気丈に振る舞って、気にしていないように取り繕って。
でも、僕のあやふやなまま生きていくという選択を見て、自分は置いていかれていると感じた。
それが、失恋の直後に起きてしまったら……
僕は立ち直れるのか?
過ぎていく日常、変われない自分、仲間の進歩、嫉妬、油断、失恋。
今の明は――――
「もう、ボロボロだったんだね」
「え?」
明は自分の頬を触り、驚いたような表情を浮かべる。まるで小動物のように小さく震えている。
「な、何で、今……」
「ご、ごめん!き、気にしないで……」
弱々しく言葉を吐きつつ、顔を両手で隠す。ただ、それをしても意味がないくらい涙が溢れているのは明白だ。
ひたすらに何で?を繰り返す明、それを見て漠然と思う
――――僕は何をしたらいい?
っと。
今、現実と理想の乖離に泣く泣く恋情を諦めるしかない状態の彼女になんと言ってあげれば良い?
深呼吸をする。
「……泣いてほしい」
そんな彼女に必要なもの、それは僕なんかじゃわからない。
だからこそ、僕は
「あなたはずっと強く見せる人だから」
本音で話す。
「どんなに、辛くても僕達の前では笑ってしまえる人だから」
高校生という生き物は思春期に突入し、色々と将来について考える時期だ。だから衝突が多くなり、親離れと呼ばれる現象が加速し、一歩ずつ大人になっていく。
ただどうしたって精神が未熟なもので、ストレスに弱い。
おそらく明は、その中でも特に弱いと思う。
根が真面目だから。
それに加えて優しいから人の前では笑っていられる。どんなに自分が苦しんでいても皆がいると耐えてしまえる。
そんな人がいずれ、限界を迎え、不登校に陥る。
それどころか命さえ落とす人もいる。
だったら、せめて僕の前では
「だから、泣いてほしい。せめて僕くらいは貴方を支える存在でいたい」
「そうやって涙を隠さず、堂々と助けてと言ってもらいたい」
普通の女の子として扱ってやる。
今、僕ができるのはそんくらいだ。
「――――っ!何が分かんだよ!たかだか数ヶ月程度の仲で、対して私に何の感情も抱いてなかったお前がなんで……!」
「……何で、そんなこと……!」
どうしようもない怒りを僕にぶつける。顔はぐちゃぐちゃになり、半ば半狂乱状態だ。椅子が大きな音を出しながら倒れたことにすら目もくれず、僕の胸ぐらを掴むと床に押し付けた。黒く艷やかな髪が隠すように顔にかかると同時にボロボロと涙が顔に落ちた。
「クソゴミが何で分かんだよ!好きな女に告白することもせず諦めた人間が!私のこと!」
片方の顔が夕日に照らされ、部屋の中のものすべてがオレンジから青へと変わっていく。
明の顔を見据える。それに一瞬怯んだような顔を見せた。
「誰もわかってくれなかったことを何でお前が……」
胸ぐらを掴む手からゆっくりと力が抜けていくのが分かる。ゆっくりとその手を掴むと、明の方を抑えながらゆっくりと体を起こす。
このままハグでもしてしまいそうな距離、恋愛系統のなにかだったらここでそういうことをするのが常套なんだろう。ただ僕と彼女の間には何もない、あるとしても男女の友情のみ。
「ずっと支えてもらってたから」
明の顔が穏やかになっていく、それに安堵する僕。よかった、少しは落ち着いてくれて。
……取り敢えずこの体勢はずk――――
ガララッ
「おーい、まだ学校に……」
「のこってる……」
「生徒……」
僕らの担任である。
んんん……なんて説明したものか。
こんなギャン泣きながらも満足したような明と真面目な顔をした僕、そしてこの体勢……
ごまかせるものが何も無い。どう考えてもそういう行為をしていたようにしか見えない。
「あー……」
「また三十分後に来るから。閉めとくね……」
「いや、あの!先生違うんです。これは」
「うん、うんうん。先生よーく理解ってる」
「大丈夫、そういう時期だもんねー……」
「だから違いますって!」
「うん、ワカッタワカッタヨー」
「先生、体勢しか見てないでしょ!?」
「ウン、ウン、ダイジョウブ、ゼンゼンダイジョウブヨ」
バタンとドアを閉められたあとに錠がかかる。その場になんとも嫌な空気が漂う。
明はきょとんとしながらも起こったことを今理解したのか、すぐに頬を赤らめ、そっぽを向いた。
……そういうふうに見えるだろ。やめてくれ、そんなふうに明を見たくない。
僕にとって明は憧れみたいなものでそういう感情は微塵もない。
「あ、アハハ……行っちゃったね」
先に話し始めたのは明だった。
「そ、そうだね……」
僕の心もぐちゃぐちゃだ。明よりかはマシだとしてもなかなかに荒らされてる。
おい、アイツとんでもないことしてくれたな。
バツが悪そうながらも苦笑いをすると、明は僕を見据えた。
それに少しドキッとする。なんだろう、こうなにかが変わるような……
そしてゆっくりと包容する。
思考が停止した。
「……今だけは、こうさせて」
自分の身体が徐々に熱を帯び始める。
しばらくして僕がすべてを理解した時、胸あたりに小さな膨らみがあることに気づく。駄目だ、これは、まずい。駄目だ。
途端に吹き出す汗、明の幼気ながらも妖艶さを感じさせる顔。高鳴る鼓動。
「ありがとうね」
そんな言葉が青暗い空に消えていく。
ただ今の僕にはその言葉を聞いていられるほど余裕がなかった。包容がより一層強くなる。
「理解ろうとしてくれて」
正直そこから記憶はない。気がつくと自室の部屋でただひたすらに天井を見ていた。ただ記憶が戻ってきてから僕はずっと胸に残る小さな膨らみの感触をただ思い出していた。
これは変態などではない。キモくない。
仕方ないことだろう、初めて女子にハグされたんだ。渚のやつは僕がやった側だったが今回は女子側からなのだ。
今まで僕にとって明は尊敬すべき対象であって、それ以上でもそれ以下でもなかった。
ただ僕は知ってしまった、彼女だってただの女子高生だと。
そう思った時、どうしても明を……
そういう対象に見てしまう自分がいた。
「――っ!」
思わずベッドに飛び込み枕に顔を
違う!絶対に今までそんなこと思ってなかった!おかしい!おかしいぞ、僕!
決して、可愛いなど……可愛い、など……
――どれもこれもアイツのせいだ!おのれ担任!
担任にいくら恨みつらみを吐いても気持ちは楽にならない。
頭からは明のあの可愛らし――ゲフンゲフン、あの小動物のような可愛いさ――……もう駄目だ。
頭の中を明の顔が離れない、それどころかそういう妄想すら……
「いや、中学生かよぉ!!」
枕に向かって大声で叫ぶ。虚しくその言葉は黒色の枕に吸い込まれていく。
「ああー!もう!一回別のことを考えよう!そうだ、スマホで動画でも――――」
キョロキョロとどこかにおいたスマホをさがす。そうだそうだ、勉強机に置いてたんだ。残りの電池が確か少なくて――……
「充電切れかよ!」
※
春馬壮亮という男には女子との接点が少ない。
唯一あるのが渚、というほとんど幼馴染という関係に吸収された存在としかなかった。それによる彼の弱点。
そう、彼は渚以外の女子に対しての免疫が限りなくゼロに近いのだ。
それが高校生になり、一年生を何も起こさず過ごし二年生になり、明と関わり始めた。
ただこの時は明を友達として認識したことによって彼は女子ではなく特別な関わりの人として関われていた。中原も同じく。
しかし、渚への思いの隠しと今回のハグにより彼は気づいてしまったのだ。明や中原はどこまでいっても女性なのだと。
それにより本来の免疫のなさが仇となり、一瞬にして周りの女子を女性と認識し始める。
つまり、彼は今、遅くも、思春期の女性のどんな行動でも可愛く見えてしまう時期へと突入したのである。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます