第28話 歪
現実とはときに優しくときに残酷で……そう思って日々を生きてきた。人生、辛いことがあれば楽しいこともあるのだと、信じて疑わなかった。
ただ実際そんなことはなかったのだ。すれ違いなのか、はたまたどちらかが悪いのか、第三者によるものなのか……現実は残酷でしかなかったのだ。
高校生カップル、という関係上どこかで別れてしまう可能性があるというのも重々承知はしていた、でも最後まで行くのではないかなんて浮いた考えが僕の頭の中にずっとあった。
そしていつか結婚式にでも呼ばれて、いつか二人が、一生の幸せを……そんななんてことのない人生を送るんだと漠然と想像していた。
……やっぱり
――会わないと、明に。
※
「……もう、朝なのか……」
ガンガンとなる頭に呻きながらゆっくりとカーテンを開けた。
そしたら暖かな陽が――――
「曇ってるな……」
こうも日が当たらないと気持ちが沈んでいく。
ただでさえ、好きな人と別れたのだから今は沈んだ気持ちを浮かせなければいけないというのに。
だらんと落ちた眉を吊り上げるように眉間にシワを寄せ、頬を叩く。
学校にいかないと。流石に何日も休んでいられない。
……何でああなっちゃったんだろう。何で振られちゃったんだろう。
そんな言葉が私の頭の奥で渦巻いたまま、ゆっくりと私は登校の準備を始めた。
わかっていた。原因も、どうすればよかったのかも、そしてこうなることも……
「おはよう」
誰とも目を合わせずにそそくさと教室に入り、ささっとカバンを机に掛けた私。
珍しく、それに挨拶を交わしてくるものがいた。
春馬壮亮である。
珍しい、とはいってもクラスの背景同士が挨拶を交わすことなど陽キャどもからしたらどうでもいい話だしそもそもその挨拶の声すら聞こえるかわからない。ただこの日、この馬鹿は違ったのだ。
クラスの隅から隅まで届くような、ハッキリとしていて良く通る声だった。
それに伴い、クラス中の視線が私達に集まるのが分かる。
ちょ、ちょっと!?なにがしたいの!?コイツ!?
そう叫びたくなる気持ちを抑え、ゆっくりと笑顔で返した。ここで変な反応をするのも違うし。
「お、おはようございます……」
やさしくも愛情のこもったようなそんな返答の仕方だ。どこからどうみても文学少女だろう。
しかしそんな私の思いとは裏腹にそれを見ていたクラス中からあるが醸し出された。
『あれ、こいつら付き合ったのか?』という、なんとも腹立たしいものである。誰がこんなやつと、私はしk――――
……しくった。思い出したくなかったのに。
私がこうして一人で一喜一憂することに彼は気にした様子も見せず、ゆっくりと席に戻っていく。
――それがまた腹立たしい、私が彼と別れたことを知らないクセに、こんな、まるで……
……付き合っていることを秘密にしている恋人のような。
今朝からなるべく気持ちをあげて、前を向こうとしていたが実際そんな簡単ではないようだ。心の奥、片隅にずっとある。彼の、表情が、顔が匂いが、感触が――染み付いて離れない。大きな喪失感と絶望感。やっぱり私はそうやすやすと割り切れる性格ではないんだな。
そう実感する。
彼も私と同じ状態に陥ったらこのなんとも言えない気持ちがわかるだろう。
……なれとは言わんが……まぁ、でも大丈夫そうではある。
彼の行動が色々と心配で、なんだかんだ言ってずっと見てしまうしな。
彼に彼女という存在ができたとしたら別れたあとに何が起きるかわからないから一生別れられないだろう。
気がついたら野垂れ死んでそうで。
「おはようー」
黙々と机の上を見ていた私、思わず声の方に振り返ると教室に入ってこようとするあの男が……
その姿に鳥肌が立つ。
いや、その姿を見ての反応ではない。おそらくは彼を一瞬で取り囲んだ
そうか、そうか。もう私にとってあいつらは……
ゆっくりと視線を落とし、私はまた一人考え事を――――
何で春馬は大丈夫なんだ?
唐突に現れた疑問、問題、それに解答するべく私は意識をそちらに持っていく。
もしかして春馬のことを……?
いや、ないか。だってあんな
本能的にあんなの避けるわ。
そして最終的に『何かの間違いだろう』といった結論にいたった。
視界の端に彼を捉え、引かれるように見る。
一瞬、ほんの一瞬目があった気がした。
ティロン
なんともタイミングの悪い、軽い音がなる。
春馬
〈放課後、話がしたい〉
-8:37
コイツ、おそらく先ほど話したかったが人の目を気にして話せなかったんだな?
まったく……
ため息を付くと文字を打ち込んでいく。
明
〈わかった、また放課後ね〉
-8:38
――決戦の地はあの教室、明とちゃんと会話をしたあの場所で会おう。
なんとも厨二臭い言い回しをしつつも時々スタンプを混ぜてその雰囲気を緩和させている……本人はそのつもりなのだろう。
ただどう考えてもスタンプを死神にするべきではなかった。この年齢で死神って……
いや、まぁ、人の好みに文句をいうつもりは毛頭ないが流石に文面を考えてから送ったほうが良い。せめて基本のスタンプでも良かったのに、それだけでだいぶ改善されたはずなのに。
まぁいいか。
復習に使うノートや教科書がギチギチに入ったバッグを慣れた手つきで持ち上げ、私は歩き出す。
大体HRが終わってから十分ほど、こんだけやれば大体の人は帰るか、部活に向かう。
よって私達の逢引きにも似たこの行動を見る人は少ないだろう。
理科室前を抜け、階段を降り、ゆったりとした足取りで購買前に差し掛かる。
その直後、私の手を引くものがあった。
到底私には出せないような大きな力だった。ゴツゴツとしたまさしく男性を想起させる手が私の体をその場所へと運ぶ。
こんなに男子男子していたっけ?そんなことを思いながら。
「や、やっほー……?」
「何で疑問形?」
目の前に映った冴えない男子生徒にツッコミを入れた。
その後ガララと戸を閉められ、埃臭い教室に私達は閉じ込められる。
とは言っても鍵は掛かっていない。
あの時と一緒だ。
なんとも気まずそうな表情のまま彼、こと春馬壮亮はカーテンを開ける。
夕焼けが綺麗に入って、教室内はオレンジに染まった。
告白みたいだな、一瞬そう感じた自分がいて思わず咳き込んだ。
「……埃すごいね」
「え?あ、そうだね。うん」
思わず埃のせいにしてしまったが、それよりも!なんで私がこんなに緊張しているんだ。
「ちょ、ちょっとさ。緊張して話せそうにないし」
「世間話でもしない……?」
「なんだよそれ!」
軽く吹いた私をほっといて片付けられている椅子を軽々二つ持つと前に置き、座れ、とでも言わんばかりに指を指した。
それに促されるまま腰を掛ける。
なんだこの変な感じは。本当に告白でもされそうだ。
「そういえばさ、修学旅行の班、どうなったの?」
さらっと隣に置いた椅子に座るとガチガチの体のまま話を振り出した。
コイツ、本当に世間話をするつもりなのか、その状態で。
「……渚さんの班になってたよ」
「そう、なんだ。部屋の班もそうなの?」
「?ああ。そうだけど?」
「そっか、僕は岡西くんの班になってね、あ、林君も」
「中々楽しそうじゃんか」
「まぁ、どうなるかわからないよ。それに不安も多いしね……」
「とはいってもだろ?……というか一個大きなものもあるじゃんか」
「渚は修学旅行のときに告るんだろ?」
その瞬間空気が固まった……やってしまった、という感情よりもやっぱりか、といった諦めの感情が真っ先に私を襲う。
言ってはいけない言葉だったのだろう。凍りついたそれを私は解かせることができない。
昔から――――
「渚には頑張ってほしいよ」
耳の中でその言葉を反芻する。
そんなきょとんした私を春馬は優しく女神のような表情で見据えた。
「だからといってこの思いを諦めることなんてできないと思うけどね、ただ」
「僕はもう、この気持ちに区切りをつけたいんだ」
「修学旅行で何が起きるか全くわからないけど……結果がどうなるかなんて今の僕にはどうでもいいんだ」
「せ」
「成長してんだな、お前も」
「そりゃ、まぁ、こんだけ色々あるとね」
そう言ってニッコリと笑ってみせる。そしてその時私は彼の笑顔が
歪んで見えてしまった。
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