短編集『真夏の死』について
最初に『真夏の死』を選んだのは、短編集だったから。文豪の名作と呼べる小説って現代流行りの文体と全然違うし、そんな文体の長編とか読み切るの大変、ってのは本に触れたことのある人のほとんど全員が思うことで、こんなことわざわざ言葉にする必要もないぐらい。ならとにかくまず合う合わないだけははっきりさせておきたい。だったら短編のほうが、長編よりか読みやすかろう。
新潮文庫『真夏の死』。税別630円。解説含めて357ページ。新潮文庫は最近三島の文庫を一気に復刊、しかも装丁も新しくしたとのこと。その新デザインはシンプルながら迫力があり、余白の美を活かしたお洒落なもの。三島由紀夫の名前は金色で、その隣にデカくタイトルが並ぶ。質実にして華美。三島っぽい。何となく思った。
裏表紙のあらすじも気合いが入っており、あらすじだけでなく中間部分に新潮文庫からだろう宣伝文句が述べられている。『真夏の死』なら「川端康成推薦の記念碑的短編を収録! 『古い自作を自分の手で面倒を見てやりたい』と三島が記した愛すべき珠玉集。」とある。気合いを感じる。
ちなみにこの文句、たまにやたらと意識が高いのもあり、それ載せて売りになるんだ……と思うこともある。「ビートルズ来日。その熱狂を、三島は『不気味』と記した」とかだからなんやねんと思う。この辺は前話で書いた森茉莉『甘い蜜の部屋』の「この作品を三島は『官能的』と評した」に通ずるところがある。なんか意識が高いというか。三島由紀夫かく語りき、というか。なにも彼の言葉や評を全部名言にしなくてもいいだろうに。しかも裏表紙のあらすじに、である。出版社の意向か分からんけどとにかく関係者の意識が先走り過ぎで、なんか「ここでこれをチョイスした自分」が見える気がして、それでどーにも気に食わないのでした。私はあなたではなく作品を読みに来たんだから、作品の紹介に注力してよと思う。自我を出すな。と言ってしまうと語気が強いけれど、まあ言いたいことはだいたいこれ。
その点『真夏の死』はちょうどいい。川端康成推薦も、三島の引用についても、どちらも収録作品に関わっていて、ちゃんと宣伝になっている。
特に「古い自作を自分の手で面倒を見てやりたい」を引用したところは好感が持てる。というのも、この『真夏の死』は三島由紀夫の自選短編集、三島本人の選出によるもので、しかも本人解説付きだ。そう、ここが良いんだよね。本人解説。「自作自註というのは可成り退屈な作業だが、こういうことを自分にさせる唯一の情熱は、ありていに言って、読者のためよりも、自分のためである。即ち、第三者の手にかかって、とんでもない憶測をされるよりも、古い自作を自分の手で面倒を見てやりたい、というだけのことだ。」ここから始まる自作解説、これ本当に助かる。どういう意図で何を書いたのか、本人が説明してくれるんだからもう迷うことはない。最初に『真夏の死』を選んで良かったと思うポイントである。
まあ私が今やってるのはそんな三島がわざわざ自作解説した意図を無視するような「とんでもない憶測」なんだが。
というかこのエッセイ自体が「ここでこれをチョイスした自分」丸出しすぎんか。
……新潮文庫あらすじの自我を嫌っているの、同族嫌悪という説が有力です。
同族嫌悪といえば最近三島と太宰ってなんだかんだ言って似たもの同士だよなと思うんだけど、そういえば太宰治も『親友交歓』(『ヴィヨンの妻』新潮文庫収録)で
「私はこの手記に於いて、ひとりの農夫の姿を描き、かれの嫌悪すべき性格を世人に披露し、以て階級闘争に於ける所謂『反動勢力』に応援せんとする意図などは、全く無いのだという事を、ばからしいけど、念のために言い添えて置きたい。それはこの手記のおしまいまでお読みになったら、たいていの読者には自明の事で、こんな断り書きは興覚めに違いないのであるが、ちかごろ甚だ頭の悪い、無感覚の者が、しきりに何やら古くさい事を言って騒ぎ立て、とんでもない結論を投げてよこしたりするので、その頭の古くて悪い(いや、かえって利口なのかも知れないが)その人たちのために一言、言わでもの説明を附け加えさせていただく次第なのだ」
なんて書いてるわけで、これ三島の「第三者の手にかかって、とんでもない憶測をされるよりも、古い自作を自分の手で面倒を見てやりたい」に近いよなあと思う。
まあ文豪なんて大体が自作に対する憶測憶測憶測憶測憶測憶測憶測憶測憶測憶測まみれの見解をぶつけられ続けて嫌気がさしてるのは同じだろうし、ここが共通してるからと言ってじゃあ太宰と三島と鬼怒楯岩大吊橋ツキヌの汲めども尽きぬ随筆という題名の小説が同類同族かといえばそんなことはないのだけれど、それでも太宰に対し「あなたが嫌い」とはっきり言いに行った三島がなんか太宰みたいなことしてるってだけで面白みを感じるわけであって。
で、そういうところを面白く感じる私としては、三島の自作解説を取り上げて宣伝文句としてるこの『真夏の死』を気に入ってるのでした。
収録作品の話いつするねんと思ってるそこのあなた、ごめんなさいね。真面目な解説エッセイは私にゃ書けないので、まあこういうノリですよというのをここで示しておきます。というか前述の通り『真夏の死』は三島本人の解説があるから正直それ読んでほしい。なんて言ってしまうとエッセイとしての意味がないか。とりあえず中身の話は次回、第三話でやっていきます。
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