File 7 : ガイア 8

 Dr. Gaia Stronghold が静かに息を引き取った後も香苗の仕掛けた作戦は続き、最終段階に入った。


 その日は井上副総監が亡くなって2週間目で、警察会館で偲ぶ会が開かれる日だった。


 偲ぶ会の受付には、副総監の秘書官を務めた山之上麻耶と特殊捜査研究所から竹下、石川の2人が手伝いに来ており、訪れた人々の名前をチェックしたり名札を付けたり、と忙しく働いていた。


 会場の中、入り口付近には報道カメラも入り、偲ぶ会らしく黒服を着た記者達が大勢詰めかけた。


 普通なら祭壇を設え副総監の写真を大量の花と共に飾るのだが、智子夫人の希望と言うことで花などはなく大型のモニターが3台置かれていた。前、右横、そして左横。どこからでもよく見える位置に置かれたそのモニターにはモザイク画の様なモノが映し出されていた。


 会場にはアルコールはなかったが飲み物は用意され、椅子が壁の周りにぐるりと配置されて疲れた者は座って寛いでいた。


 会場には警察幹部、政界、財界の有力者、著名人なども現れて、悲しい場なのに何故か小さな笑い声なども聞かれた。あちこちでお互いに耳打ちをしあい、頷き合い…。ちょっとした社交の集まりと変わらない雰囲気となった。



 時間が来てライトが落ち、部屋がしんと静まり返った。


 突然、モニターのモザイクが動き出し、1人の男の顔を映し出した。

 

 首相の村方勝。

 村方首相の声が会場に響き始めると同時に、モニターは動画を映していた。


「まあ、良かったんじゃないか?

 井上が消えたら、次は君が副総監だからね、中西君。今の総監は来年には退官だし…良かったじゃないか。これからもよろしくお願いするよ」


 モニターは別の男の顔を映し出した。

 警視庁の中西総務課長。

 

「まあ…そうなんですけど。

 井上の奴、誰に盛られたんでしょうか?あの亡くなり方は改良された 'パヤ毒' だと思うんですけど、アレを持っているのは立石ですよ。だけど立石は俺じゃないって、しらばっくれてます」


「立石か、伊丹健四郎か…。

 あいつらには俺に楯突いた喜多方を殺ってもらった恩義があるからな。今度は上手く誤魔化してやってくれ」


「はい、分かっております」


 ここまでモニターに映像と音声が流れると、さすがに会場は騒ついた。


「何だ!これは!無礼にも程がある!

 私は失礼するぞ」


 そう言って村方首相は秘書達に守られて会場を後にしようとしたが、出入り口は封鎖されていて出ることは出来なかった。


 突然、会場の中に激しくライトが点滅し、中にいた人々はおとなしくなった。


 次にモニターのモザイクが動いて映し出したのは、全日本弁護士組合会長、伊丹健四郎。


「なあ、立石。お前じゃないのかよ、井上を殺ったのは。俺はお前だとばかり思ってたぞ」


 モニターに国会議員、立石誠の顔が映る。立石はニタニタと笑って伊丹健四郎に答えた。


「俺はお前だと思ったけど?違うなら、誰だろうな…。

 山城風子も死んじまったし、大河はもう年取って、昔みたいに派手な事はやらないし…。

 あっ…あいつか。

 教授にしてやった宮本潤!あいつが 'パヤ毒' を改良して俺んとこに持ってきたんだから、あいつだよ」

 

 会場にざわめきが広がる。


 モニターには 'パヤ毒とは' という文字が浮かび上がり、簡単な説明とともに、1枚の写真が浮かび上がってきた。


 かなり古い写真で、遺跡の様な所で立石誠と伊丹健四郎が肩を組み、足元には死体が転がっている。


 そして、2枚目の写真が映し出された。

 国際指名手配犯の山城風子と肩を組み笑う、立石誠、伊丹健四郎の写真。


 

 もうその頃には警察会館の中は罵声、怒号、暴れ回る男達で収拾がつかなくなっていた。


 そして、その全てをテレビカメラはしっかりと捉えていた。



 バチン!と音がして部屋の中が暗転すると、皆が少しずつ落ち着き始めた。


 そんな中、ある男の声が響く。


「おい、今のうちに宮本潤を始末しておけ。余計な事を喋らすな」


 モニターに声の主の顔が浮かび上がった。会場の隅で話し続ける立石和美は、今、自分が話しているその姿がモニターに写っている事に気が付かず話し続けた。


「それから公安部長に連絡を取って山城風子の昔の仲間を殺れ。急ぐんだ」


 立石和美がスマホを胸ポケットに納め顔を上げたとき、皆の視線が自分に集まっている事にやっと気がつき青ざめた。モニターにはその青ざめた顔が大写しになった。

 

 


 しんと静まり返った部屋に長閑な声が響いた。


「やあ、皆さん。お久しぶり。

 まだ生きている警視庁副総監の井上です」


 モニターに血色の良い副総監が映し出された。


「ここまでは幾つかのメディアがライブ配信をしていると聞いていますが、今の大事な所はちゃんと配信できましたか?

 日本の国民に伝わりましたかね?

 色々とお聞きになりたい事があるとは思いますが、まずは、ここまでの出来事を皆さんにきちんとお伝えしたいと思います」

 

 副総監がそう言うと、モニターに経過説明が映し出された。


 長い説明ではあったが、誰も口を挟まず、最後まで聞いていた。


 正確には、途中で立石親子や伊丹健四郎、村方首相、中西総務課長などが暴れたり暴言を吐いたりして、何度か中断を余儀なくされたが、居合わせた警察職員に取り押さえられていた。 


「以上が今回の騒動の顛末です。

 まずはこんな事までしなくてはならなかった私達警察の不手際、不始末を心よりお詫びいたします。特に、私が死んだと嘘をつかなくてはならず、皆様に大変ご心配をおかけした事を深く深く陳謝致します。

 何か質問があれば、今、受け付けましょう。何なりと質問してください」


 すると、1人の男が手をあげた。


「WNNテレビ、政治部担当の坂東です。

 私の友人は20年ほど前、伊丹健四郎法律事務所の不正を暴きたいと私に協力を求めてきました。そこで働いていた弁護士の日下部慎二です。

 彼は不正の証拠を立石和美氏の夫人である恵さんから預かる事になっていた日に、待ち合わせ場所で亡くなり、恵さんは意識不明の事態に陥りました。この件に何らかの悪意が働いているのは明らかです。

 副総監、この事件も改めて調べ直していただけますか?」


 副総監は大きく頷いた。


「約束しよう。

 全面解明に向けて調査をする」


 その後も様々な質問がされたが、副総監は真摯に応え続けた。




 偲ぶ会が始まって5時間が過ぎ、ようやく会はお開きになった。


 皆が帰ろうと外に出ると警察会館の周りには物凄い人垣が出来ており、裏口に回った村方首相や立石議員、伊丹健四郎なども身動きが取れなくなっていた。


「知らん!わしは何も知らんぞ!」

「これは誰かの陰謀です。私は関係ないです」

「どいて!どいてください!私は無関係ですから!」


 皆、もみくちゃにされ口々に叫びながら会館を後にした。




 皆がいなくなった警察会館では久我山と竹下、石川、そして山之上麻耶が残っていて、どんよりとした気分で後片付けをしていた。


 すると今までどこにいたのか、井上副総監が姿を見せた。


「すまんな。これから大変なのは裏方の君達だ。よろしく頼むよ」


 そう言って副総監は帰りかけたがトコトコと戻ってきて、財布からかなり分厚い札束を取り久我山に渡した。


「みんなで元気の出る物でも食べてくれ」


 井上副総監がSPの高崎と土田に護られながら警察会館を後にすると、石川が途端に元気になった。


「久我山警視正!

 今夜は焼肉でありますか?」


 石川の言葉に思わず久我山も吹き出して、そうしようか、と言ったが、どうせなら今回の特殊捜査研究所の働きを労いたいと思った。


 情報解析チームは詳しい状況は知らされていないにも関わらず、フル回転で仕事に励んでいた。


 鈴木に至っては依頼された米粒大の盗聴機能付き小型カメラの開発で泊まり込みの日々だった。お陰で普通なら撮れない映像を今回使うことができた。


 他の職員も自分の専門外の事にまで駆り出されへとへとだ。


 なのに…!

 大変なのはこれからだから、って副総監が言ったぞ!


 久我山はそんなこんなを考えて、特殊捜査研究所の職員を全て呼び、某有名焼肉店で食べまくる事にしたのだった。


 当然、渡された金では足りず、その分は井上副総監に請求書を送ることにして、皆、大満足の夜となった。




 井上副総監の言った通り、その後は大変だった。事後処理、データの解析…


 大変過ぎて久我山は3キロ痩せた。山之上麻耶ともあまり会えず、ちょっと不機嫌になったりした。


 そんな中、山城財閥の山城大河が心不全のため亡くなっていた事がアナウンスされた。黒い噂と金に塗れた男の死を受けて、多くの報道関係者が山城邸に押しかけたがそれもしばらくして落ち着いた。


 警察が公表した情報では山城大河に関わる殆どの事件は事実関係が判明しない上に時効となっていた事と、この30年ほどは全く事件には関わらず真っ当な事業を進めていたが判明したからでもあった。


 マスコミも世間の人々も目の前の事件を追いかける事忙しく、山城大河の事は人々の脳裏から薄れていった。


 さらにしばらくして、アメリカのメディアが、Dr. Gaia Stronghold が滞在していた日本で亡くなっていたと報道した。


 毒物の研究に身を捧げ、数々の治療薬を開発した稀代の天才化学者への賛美に溢れた記事だった。




 何とか全ての事に目処がついたのは、数ヶ月以上経ってからだった。

 

 時効になっていたり、被疑者死亡の事件も多かったが、きちんと立件された事件も数多かった。


 その内の一連の事件が 'パヤ毒' に関するものだった。


 'パヤ毒' に関する被害者は大学教授に収まっていた宮本潤の証言から明らかになった。


 霜山リカの恋人だった田山雅彦。

 奥山健の事件で集団自殺で亡くなったとされた人々。


 皆、'パヤ毒' 入りの水を飲まされた事が判明した。そして、それ以外にも何件か 'パヤ毒' を使った殺人が行われていた事も証言された。


 立石親子と伊丹健四郎の企てたほとんどの事が判明し立石誠は議員を辞職。和美共々収監された。


 伊丹健四郎は自身の弁護士事務所の敏腕弁護士を中心に弁護団を作ろうとしたが、ほとんどの弁護士が事務所を辞めてしまい、弁護団は作れなかった。伊丹健四郎も収監された。


 村方首相、立石誠、立石和美、伊丹健四郎、大学教授の宮本潤、警察関係者…大勢の逮捕者が出た今回の出来事は、これから司法の手に委ねられる。


 こうして、凶悪犯と言われた山城風子に関わる事件は解決に向かっていった。







 特殊捜査研究所が落ち着きを取り戻したある昼下がり。久我山は石川の淹れたコーヒーを飲みながら、長かった戦いを思い起こしていた。


 一体、山城風子の凶悪さはどこから来たのか。


 貧しかった山城大河と山城風子が恋をした事から始まった数々の凶悪な事件。


 風子は大河と体で結ばれなくなった理由を全て金のせいにして、世の中への怨みを生きていくエネルギーに変えていた、とは思う。


 でも、それだけではなかったはずだ。


 もう愛し合う事のできない大河への思いを男を支配する事で紛らわせていたに違いない。


 そんな事を考えると、久我山はほんの少しだけ切なくなった。


 そしてもう、こんな悲しみに溢れた事件が起きない事を心から願った。






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