File 5 : 竹下翔太 5
今日で奥山家での張り込みは5日目だ。
外から車で張り込む…などという、ドラマみたいな事はしなくても、衛星カメラとあちこちにある監視カメラで奥山家をちゃんと見張っています、と鈴木が言っていた。
多分、あちこちの監視カメラ、というのは鈴木が勝手に見てるカメラ…って事だよな?
大丈夫なのかよ?と思うが、人員を割けないのだから仕方ない。
久我山警視正は、'与党の大御所' 立山誠と '全日本弁護士組合会長' 伊丹健四郎が必ずなんらかの行動を起こすと言っていた。
2人と繋がっていた山本興業は反社との関わりも強いから、何かを仕掛けて来るならそこからだろうと久我山警視正は読んでいて、奥山家だけでなく特殊捜査研究所も警戒体制を取っている。
「よしっ!今日も気を引き締めるぞ」
俺は拳を握り気合を入れた。
午前中、美波ちゃんが勉強を見てほしいというので、数学の問題集を一緒に覗き込んだ。受験は随分昔の話だけど数学は得意だったから、ちょっとはかっこいい所も見せることができた…と思う。
午後4時に警視正と交代することになっているので、それまでの間にメガネの充電を済ませておこう。
そう思ってメガネを充電プレートに置いた時、ピンポンと玄関のチャイムが鳴った。
俺は急いで玄関に行った。
「どちら様?」
京子さんが訊ねると宅配です、と返事があった。
「奥山京子さんにお届け物です」
覗き穴から見ると、宅配業者の制服を着た男が箱を持って立っていた。
「柳田晴美さんからです。受け取りのサインをお願いします」
京子さんが、妹です、と言うのでもう一度窓から様子を確認したが、間違いなく宅配業者の制服だった。
美波ちゃん達に離れているように言って、3人が下がっているのを確認してからドアチェーンをしたままドアを開けた。
見ると配達員の胸には社員証があり、持っているデパートの包み紙は本物だった。
腰の拳銃に手をかけながらドアを開けて箱を受け取った瞬間、腹に数箇所痛みがあった。
ん?今、バンバンバンって3回鳴った?
俺は相手の帽子を手で飛ばして顔を見たが
見覚えはなく、男はそのまま箱を置いて走り去った。
くそっ!
しかも、箱の中からは微かにカチ…カチ…カチ…と音が聞こえている。
(なんだよ、なめやがって!
時計を使った爆弾なんか作ってんじゃあねぇ!)
(おいっ!鈴木!あちこちの監視カメラで監視してんじゃないのかよ!)
(こんな時にメガネが充電中なんて!使えねぇ!)
(鈴木のバカ!なんとかしろ!)
「保さん!直ぐに110番通報を。
爆発物の可能性があります。
美波ちゃん。ご両親とここから少しでも離れて。それから、近所の人にも声を掛けて」
美波ちゃんが泣きそうな顔をしている。俺は走りながら大声を出した。
「美波ちゃん。大丈夫だ。
俺は裏の川のほうに行くから、皆は反対方向に急いで!」
俺はすぐ裏手に大きな矢田川が流れているのを思い出し、箱を抱えて河原へと走ることにした。ここで爆発するよりは河原の方がマシだろう。河原に子供やテント小屋がない事を祈った。
全力疾走してるのに、やけに遅い。
体に力も入らないのは出血のせいなのか?すぐ近くの河原がやけに遠く感じた。
爆弾です、逃げて、と周りに叫んで知らせた自分の声が、耳の中でエコーしていた。
河原に着くと辺りを見渡し、犬の散歩をしていた人に、爆弾だから逃げて、と叫んで箱を投げた。
しまった!
あまり遠くに投げれなかった。
刺された腹が痛くて力が入らなかった…
直後、ものすごい爆発音がして閃光が見えた。すると、ふわっと俺の体が宙に浮いて川を見下ろしてた。
不思議だ。
まるで空中を飛んでるみたいだ!
…えっ、
…って、俺、吹き飛ばされてるってこと?
ゆっくりと地面が近づいてきて、俺は思いっきり地面に叩きつけられた。
痛てぇ!
美波ちゃんは無事だろうか。
あぁ、腹が痛い。
なんか、足もやられたみたいだ。
うっ…。
えっ?なんだよ俺、血だらけかよ。
やばい。なんか…よく見えない。
ほんと、やばい。俺はこのまま終わりなんじゃないか?
久我山警視正、俺が死ぬ前に来てくださいよぉ!
捜査の役に立てると思うんです。
俺、しっかり、犯人の顔見ましたから。
え〜っ!まずい。
これは気が遠くなってるって事か?
目の前が暗くなってきた。
美波ちゃん…。
美波ちゃん、無事だろうか…。
やばい、もう目の前が真っ暗じゃん!
美波ちゃん。美波ちゃん。
あ、あれは警視正の声だ。
おれ…
♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢
竹下はそのまま医務室で1日経過を見た後、病院に移される事になった。
研究所ではさっそく竹下の記憶の解析をし、犯人の顔の照合が開始された。犯人は反社の構成員ではあるがいわゆる鉄砲玉要員、下っ端の野村だった。
所轄に連絡し、野村の住まいに刑事達が入ったが遅かった。野村はすでに何者かに首を絞められ死亡していた。
鈴木が爆発後に奥山家の近くを調べたメガネの映像の分析が竹下の記憶解析と並行して行われると、奥山家から離れた所に野村が映っていて、1人の男と何やら話している様子が映っていた。
その男の身元もすぐに判明した。
立山誠の右腕、長男で秘書の立山和美だった。
夜が明けた時、研究所内では捜査が続いていたが、久我山は田代に預けたままになっていた美波の様子を見に行く事ができた。
美波は医務官から入眠剤を処方され、合流した両親と和室で休んでいた。その和室の前には田代がいて、スマホをいじっていた。
「今、夫の裕ちゃんに私のお迎え頼んでた。
今日、私は有給だな。
裕ちゃんも休み取るって言うから、2人で山下ホテルのスイーツバイキングに行ってくる」
田代純子は立ち上がって大きな伸びをした。
「久我山くん、お疲れ様。帰ってゆっくり休んでと言ってあげたいけど…無理か」
「田代さん、色々とありがとうございました。家でゆっくり休んでください」
「うん。そうするね。
竹下君はきっと大丈夫だよ。だって、護りたい人がいるからね。
簡単にはへこたれないさ」
手を振りながら田代は帰って行った。
竹下の意識はなかなか戻らない。
爆発の衝撃で腫れ上がっている竹下の顔を見ながら、久我山はどうしたら立山和美から聴取できるか、を考えた。
正面からぶつかっても、上手くは行かない。策を練る必要がある。でも、どうすればいいのかが全くわからない。
苛立ちと焦りで歯軋りしながら久我山は所轄署に向かった。
SDカードが見つからない犯人達は、強行手段に出て、家ごと爆弾で吹っ飛ばそうと浅はかな行動を起こした。
鈴木のメガネで得た情報では、立山和美が野村に接触し、何かを指示していた。
分かっている2つの事実があるのに、捜査会議に出せるわけがない。下手に出せば、この事件そのものが違う方向に持っていかれ、奥山家が爆弾騒ぎの主犯にされかねない。
所轄署では、犯人の野村が亡くなっていることもあり、大きな進展は報告されなかった。
久我山には井上副総監と連絡を取るぐらいの事しか思いつかない。
久我山の焦る気持ちばかりが大きくなる。
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