エピローグ 秘密を抱えるのは難しいが、他人の秘密はもっと難しい。

40. やつは、大変なモノを盗んでいきました。


 翌日。閉店間際の喫茶ハコニワ。


 シフトの入っていた僕と藤宮さんは、昨日の疲れから心ここに在らずな状態で閉店作業に勤しんでいた。


「……ねぇ、聞いてるのかな。責任とってよね、柏くん」

「いたたたたた、痛いって藤宮さん」


 昨日から若干、顔が赤いままの藤宮さんが僕の頬を抓る。

 膨らんだ頬なんか、いつもの数倍は大きい気がする。ハムスターみたいだ。


「あたし、初めてだったんだけど」


 コイツ、昨日の事まだ怒ってるのか。


 ……そりゃ、憧れの名探偵として初めて舞台にたったんだ。

 晴れ舞台の計画を台無しにされた気持ちは、わからなくはないけど。


「計画を壊したのは悪かったって」

「それもそうだけど……! そうだけど! お、おおお姫様だっこだって……」

「え? なに?」


 語尾につれて声が小さくなり、最後の方が全然聞き取れない。

 なんだ? 名探偵ショー以外に何があるって言うんだ。


「藤宮さんは気がついてなかったけど、会場には鬼口先生がいたんだって。捕まったら最悪の展開だったでしょ」


 確かに計画を壊したのは僕だが、僕だって主張はある。


 唇を尖らせた藤宮さんが、でしでしと横腹を小突いてくる。なんだコイツ。


「……それでもあたし、こっぴどく叱られたんですけど」

「叱られただけで済んだじゃん」


 結局、今日の昼休みに藤宮さんは呼び出され、鬼口先生にこっ酷く説教されていた。


 しかし名探偵計画の放棄が功を奏し『藤宮さんがあの場にいた』以外にバレていた事はなく、あくまで『不審者が【アルタイルの涙】へ接近し、気がついた藤宮さんが阻止した』という形式で幕を閉じたのだ。


「柏くんだけお咎めなしなの、納得いかないんですけどー」

「藤宮さんだってかなり処罰が軽くなったろ」


 退学から叱責になった。偉大な変化である。


 僕は正体がバレてないとはいえ、不審者の汚名まで背負ったのだ。

 むしろ感謝してほしいくらいである。


 すると、突然ハッと藤宮さんが両眉をあげた。


「それなら、あたし。不審者から【アルタイルの涙】を守った勇気ある女の子として褒め称えられるべきなんじゃないの?」


 それは普段の行いじゃなかろうか。というか誰が不審者だ、マッチポンプも甚だしい。


「それで、どうだった? 藤宮さん」

「……なにが?」


 僕の問いに、若干不貞腐れた藤宮さんが視線を指してくる。



「憧れの名探偵、少しでもなれた?」


 僕の問いに、藤宮さんはプイッと顔を背けた。


「まぁ……悪くはなかったかな」



 ならよかった。これでカリはチャラだぞ、名探偵。

 怪盗を捕らえる筈の名探偵が、結果的に怪盗にテイクアウトされる情けない図にはなったけど。

 

 なんやかんや、僕も楽しくないわけじゃなかった。

 

「なら、ここは一つ」


 ジト目を向けてくる藤宮さんへ、僕は掌を上に向けたまま指を逆立て招く。

 こんなに頑張ったんだ、労いの言葉くらいあってもいいだろう。


「……柏くんのバカ、おたんこなす」

「いてっ」


 再び赤らめ、頬を膨らませた藤宮さんから脇腹へ攻撃を受けた。


 ……んなバカな。理不尽だ。 



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 喫茶ハコニワの店長、茅野志吹はキッチンのスライドドアから覗き見ていた。


「……柏くんのバカ、おたんこなす」

「いてっ」


 視線の先はレジで閉店作業をしている、アルバイトの藤宮と幸太郎である。


 そして再び、瞼を閉じて沈思黙考する。


(……困ったことになった)


 志吹の頭に浮かんでいるのは、昨日のアカツキ花火の事だ。


 アカツキ花火で出会った少女、渚は結局迎え人が現れず最寄駅まで送った。

 奇妙な縁から知り合った少女であったが、それはいい。


 問題は、アカツキ花火に現れた怪盗騒動だ。


 まず、妹の響がお面を着けてメインステージ現れたかと思えば、示し合わされた様にメインステージを消灯した。


 次いで暗闇から現れた怪盗は、妙に聞いたことのあるアルバイトの声。


 客席でわざとらしく声を挙げた女子高生も、聞き慣れた声そのものだった。


 一番の問題児候補のアルバイトは顔まで出した状態でステージ上で立ち往生し、最後には怪盗に連れ去られて退場していった。



 思い浮かぶ、可能性。もはや確信。


 と、その時。

 カラン。と扉についた鈴が鳴る。


(……! 店前の開店表示をしまい忘れたか)


 謎の焦りを感じながら、志吹は来客に閉店を伝える為にキッチンを出る。


 が、そこには予想外にも志吹の見慣れた姿があった。


「しぶちゃーん、ただいまー!」

「おふくろ」


 纏ったベージュのエプロンに呑まれてしまう背丈に、実年齢を置き去りにした二十代を思わせる童顔。


 喫茶ハコニワの創設者、茅野朱莉。

 茅野響と茅野志吹の母親でもある。


「帰ってくるなんて連絡きてたか」

「ううん、たまたま近くに用事があったから帰って来ちゃった!」


 朱莉が急に帰ってくるのは、別に珍しくない。

 普段は都心店舗に付きっ切りなので、たまに様子を見に来るのだ。


「向こうの店舗は抜けてきて大丈夫なのか?」

「あんまり大丈夫じゃないよー、だから今日はちょっとお急ぎ~」


 店内を覗き込んだ朱莉が、藤宮と小太郎を視界に捕らえる。

 ふたりは何かを話しながら時折、不機嫌そうな藤宮が幸太郎の脇腹を突いている。


「お、あの子たちアルバイトの子? 可愛い子捕まえてきたじゃーん」


 ういうい、と朱莉が身体を寄らせてくる。

 いつもの事なので志吹は適当に流した。


「急いでるんだろ」

「家族のコミュニケーションも大事なお仕事ですぅ~。それより、最近こっちの店舗はどう? 新メニューでてから好評みたいだけど、困ったこととかない?」


 何気ない感じで、朱莉が志吹に尋ねる。

 ある。超ある。絶賛ある。志吹は胸のなかで絶叫した。


「……あー、実はだな」


 しかし、声に出そうとして言葉に詰まる。


 志吹にとって朱里は母親だが、経営者としては上司だ。


 勘違いの可能性も拭いきれない今、「バイトで雇っている子(妹含む)が怪盗団をしてるかもしれない」なんて馬鹿げた相談がストレートに出来る筈もない。


「しぶちゃん?」


 短くない時間、志吹は熟考を重ねてから。


「店の事とは、少し違うんだが」


 自身で考えうる、最も無難な切り口を選んだ。


「これは、友達の話なんだけどな」

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