39. 作戦決行②
「――――――藤宮ぁー‼‼‼ なぁぁあぁぁぁにしてんだ、お前ぇえええええええ‼」
観客席の最前列。嬌声に紛れて、僕は視界の端に誰よりも荒ぶる人影を見た。
ド派手にあいたピアスに、乱雑に括られた茶髪。溢れ出るヤンキー感。
私服だが間違いようがない。あれは――――僕らの担任。鬼口先生だ。
……いやいやいや、マズいマズいマズいマズいマズい‼
僕は決して表情を崩さないまま、藤宮さんへ囁く。
(ちょっと藤宮さん! やばいって、生徒指導の鬼口先生いるって!)
藤宮さん、確か前に「次に何かやらかしたら停学」って警告されてなかったか⁉
こんな八百長怪盗と探偵の大騒ぎがバレたら、怒られるどころじゃすまないぞ⁉
「さぁさぁ勝負っ! 怪盗マスカレード!」
興奮冷めやらぬ様子で、鼻息を吹かす藤宮さん。
コイツ、興奮して全然こっちの声が届いてない!
「オイこら藤宮! 聞こえねんかお前ぇええ!」
僕はドミノマスク、楪と茅野センパイはお面。
不幸中の幸いか、鬼口先生は怪盗団の正体には気が付いておらず、正体がバレているのは素顔を晒している藤宮さんだけらしい。
「フハ、フハハハハハハハ!」
適当に笑う演技で繋ぎながら、流れる汗に震える。
藤宮さんが鬼口先生に確保されて、学校にバレるのだけは本当にマズい……!
考えろ、考えろ僕……! 本来のプランでは……!
ステップ④。藤宮さんが僕を捕らえ、ステージ裏へ連行。そのまま二人で会場から全力撤退。
逃走に使うのは、あらかじめステージの裏に隠しておいた一台の自転車。
イベントステージは、普段は道路の場所に作られた野外ステージだ。演者の出入りや機材の運搬のために端に会場の設置されており、ステージ正面の向こう側は広い一般道路になっている。
そこを自転車で(藤宮さんを後ろに荷台に乗せ)爆走して撤退する……計画だったのだが。
「オラぁ! そこで待ってろ藤宮ァ‼」
鬼口先生が今にも最前列の柵を跨ごうと、身を乗り出している。
もはや一刻の猶予も残っていない。
最善の行動は……撤退だ。
証拠を残さず、鬼口先生にバレる情報をうやむやにすること。
とにかく、撤退。
……手段は選んでいられない。
「ふは、ふはははははは!」
不敵な笑みを高らかに歌った僕は。
藤宮さんの肩、腰へと腕を回し――――抱きかかえた。
いわゆる、お姫様抱っこだ。
「これは素晴らしい、素晴らしい夜だ! まさか【アルタイルの涙】より輝くお宝に巡り合うことが出来るとは!」
台本にない僕の動きに、藤宮さんが硬直。
「えっ? え、えっええ⁉」
藤宮さんの顔が、りんご飴の様にみるみる赤く染まっていく。
何が起こったのか、理解できないと言わんばかりに目を瞬かせていた。
「か、かか⁉ かかかかか柏く」
「フハハハハハ! 抵抗は無駄と知れ、名探偵‼」
藤宮さんが何か言う前に、クソデカ笑いで掻き消した。
あっ危ねぇー! 今よりによって本名を呼ぼうとしてたなコイツっ!
「わ、わぁー! そ、そうかーぁ!」
その時、観客席の端。一人が大仰な動きで立ち上がった。
栓の抜けた水面の様に、観客席の視線が吸い寄せられる。
体格の隠れやすい黒スキニーとビッグTシャツ。黒のキャップには見覚えがある。
あれは……男装した楪だ。
「日本最大級クラスのクリスタル【アルタイルの涙】よりも輝くお宝! そ、それは、恐ろしい怪盗にも臆する事なく挑む、若き名探偵のことだったんだー!」
言い終わるや否や、楪の周囲に座るおじさんが勢いよく立ち上がった。
「な、なんだってー!」
「そうか、勇気ある若者は宝だもんな!」
「アカツキ花火の様に輝け、若人たちよぉー!」
楪、ナイスアシスト! 逃げるとしたら、このタイミングしかない!
藤宮さんを抱きかかえた腕に力を籠め、耳元で囁く。
(藤宮さん、逃げるよ。全力で走るからしっかり掴まって!)
……反応はない。
ちらと視線を落とすと。
「―――ふぇ⁉ ――――ふぇええええっ‼」
藤宮さんは耳の端まで赤く染まったまま、口をパクパクさせている。
こいつ、なんでこんな時にテンパってるんだ。
……一応、揺れるって警告はしたからな。
「フハハハハハ! では諸君、さらばだ!」
僕はその場でターンし全力で走り出す。
向かう先はステージ裏、出口へと続く階段だ。
「あばばばばばばばば!」
抱きかかえたまま、全力で階段を駆け下りる。
藤宮さんが振動でとんでもない事になってるけど、気にしない。
「こっちか!」
裏口階段を下り切った先は、開けた道路だった。
薄暗がりの中、僕は逃走用の自転車を探して目を凝らす。
すると、並木に立てかけられた自転車を発見した。間違いない僕の自転車だ。
「かかかか柏くん!」
抱きかかえていた藤宮さんが、突然声を挙げる。
驚いて一瞬見ると、両手の人差し指を合わせながら真っ赤な顔で明後日の方向へ視線を泳がせていた。
「あ、あの! あ、あたし、お姫様だっこって初めてでっ」
「ごめん、後で!」
悪いが、藤宮さんが何か言っているか聞き取る余裕はない。
背後からは既に、裏口階段を追ってくるスタッフの足音が聞こえるのだ。
「よし」
木陰に隠してある自転車へ駆け寄った僕は。
「逃げるぞ、名探偵!」
「ふギャ⁉」
そのまま、藤宮さんを自転車の前かごに突っ込んだ。
お尻だけハマった藤宮さんは、若干情けない感じになってるが致し方ない。
「いたぞ、こっちだ!」
「待てぇ! ふ・じ・み・やぁーっ!」
スタッフと怒り狂った鬼口先生が、裏口階段から飛び出してくる。
僕はキメ顔で、腹の底からイケボを絞り出した。
「フハハハハ! 今宵の宝も、君の瞳も私の物だ! グッバイっ!」
僕は全力でペダルを踏み込んだ。
自転車が、一気に加速する。
「ちょわぁああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁ――――……」
藤宮さんの絶叫と共に、自転車は夜へと溶けていった。
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