34. はじめまして、お兄さま
アカツキ花火を来週に控えた金曜日の夜。
すっかり夜の自室で扇風機の風を背中に受け、僕はネトゲに勤しんでいた。
『なぁ柏マン、今週末にオフ会しないか?』
戦士ナギからチャット。
突然の話題に困惑しつつ、僕もキーボードを叩く。
『オフ会ですか』
『そ、流石にイブキちゃんを誘う訳にも行かないし。俺たち二人だけで』
ネトゲのオフ会かぁ。
最近の漫画やアニメでは、オフ会で「おっさんだと思ってたフレンドが、実は美少女で……⁉」なんて展開が散見するけど。
……ないな。うん、戦士ナギに限って絶対ない。
躊躇のない莫大な課金額に、非ログイン状態などほぼ見た事もない。
戦士ナギのリアルは、おそらく講義をすっぽかしている男子大学生。もしくはニートのおっさんの二択だろう。出来たら前者だと嬉しい。
『俺、けっこう美少女だぞ(笑)』
返信の遅れた僕の思考を呼んだのか、戦士ナギが浮かれたエモートで小躍りする。
うん。美少女は、あんんまり自分で美少女って言わない。
……まぁリアルで会うとしても、中身はいつもの戦士ナギな訳だし。話は合うだろう。
『いいですよ、やりましょ。オフ会』
『お、ナイスぅ。そういえば柏マン、確か学生だろ?』
『まぁ、はい』
バレてた。まぁ隠そうともしていないから、問題はない。
『交通費もバカにならないだろうから、オフ会の場所は柏マンが選んでいいぞ』
それは助かる。オフ会といえば宿泊費に移動代もかかる。バイトの収入があると言えど、学生には大痛手だ。
『それじゃ、アカツキ町って知ってます? 花火が有名な町なんですけど』
『お、いいね。そいじゃ……オフ会の会場はこことかどうだ?』
すぐに戦士ナギからURLが送られてくる。
視界へ飛び込んできた画像に、つい僕は身体が硬直した。
『喫茶ハコニワじゃないですか』
『よく話題に出るし、柏マン好きなんだろ? 俺、行ったことないから気になってたんだよ』
好きっていうか、ほぼ毎日通ってる。客としてじゃないけど。
バイト先をオフ会先にするのは正直、怖いけど……ここで変に否定する方がむしろ怪しい気もする。
『わかりました、会場はここにしましょうか』
『了解。それじゃ明後日に、この店で集合で』
翌々日、昼時よりも少し前の頃。
僕はいつもの裏口ではなく、正面の入り口から喫茶ハコニワに足を踏み入れた。
「いらっしゃいま……幸太郎?」
丁度オーダーを取り終わった楪が、こちらへ寄ってくる。
ワークキャップに丸メガネ、ベージュのエプロンといつもの格好だ。
「おはよ、楪」
「忘れ物でもしたんですか? 今日はシフト入ってなかったですよね」
「あ、うん。ちょっと野暮用でね」
ピクリ、と楪の耳が小さく動く。
「もしかして、誰かと待ち合わせ……ですか?」
楪のハイライトの薄い目が、ジトっと半分に閉じる。
僕が喫茶店で待ち合わせしてたら変なのか。……変か。
「うん、まぁそんな感じ。奥の席に勝手に座るね」
「あ、ちょっと幸太郎!」
楪をスルーして、店の端の席にササっと座る。従業員や他の客から死角となる位置だ。
大丈夫。今日は藤宮さんのシフトも入っていないのも確認済み。問題ない。
『ナギさん、僕は着きました』
『一番奥の席に座ってますね』
チャットアプリに戦士ナギの既読になったものの、返信は無い。
……おう。なんか、急に緊張してきた。
昨晩のチャットが脳裏を過る。
……もし、戦士ナギが本当に美少女だったらどうしよう。
「よ、柏 幸太郎」
妄想を破ったのは隣から聞こえた、とても可愛らしい声。
振り返ると、女の子が立っていた。背丈はおよそ茅野センパイと同じくらい。
左右に小さく結われた薄紫の髪に人形の様にパッチリと大きな目。小さな口の端からは悪戯っぽく八重歯が見えている。
「えっと……」
ええ誰。ほんと誰。
「な、なにか用かな?」
困惑しつつ、僕は取り合えず余所行きの表情を取り繕う。
女の子は、白黒基調でシックなデザインのサスペンダースカートを着こなし、高そうな革製の小さな靴をこつんと鳴らした。
「えーもしかして、渚のこと忘れちまったのか?」
「えぇ……っと」
僕は頬を引きつらせつつ、精一杯にあやふやな笑みを絞り出す。
「ふふふっ、なーんちゃって。ジョークだよお兄さま、ジョーク」
知らない間に妹が出来ていた。話変わってきたな。
帰ったら家は修羅場かもしれない。
「記憶が正しければ、僕に兄弟は姉しかいない筈なんだけど……」
「ったく、もー。鈍いなぁ、お兄さまは」
女の子が、僕の方へ身体をずいっと寄せる。
大人びた上品な服装の彼女は、子供っぽい八重歯ではにかんだ。
「渚は出雲崎 渚。出雲崎 楪の妹だ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます