33. もしかして僕/私たち、入れ替わってるぅ〜!?

 溢れる涙を拭いつつ、なんとか視界が少しずつ戻ってくる。


「体験会開催中でーす。いかがですかー」


 涙でぼやける視界の中、デパートの中では異質な雰囲気のブースが映り込んだ。


 僕より一回りはあるであろう大袈裟なトンネル型の機械に、接続されたケーブル類。


 その横には、事務用の机に数台のパソコンとモニターが設置されている。


「最先端VR技術の体験会、開催中でーす」


 ブースに立つお姉さんの声に、僕の耳が敏感に反応する。


 ほう、最先端VR技術とな。これはオタクとして黙ってはいられない。


「こんちはー。なにしてるのー?」


 興味を持ったのか、とことこ歩いて行った茅野センパイが声を掛ける。


「はい、こんにちは。現在、最先端VR技術の体験会を行っております」


 藤宮さんと楪、遅れて僕もブースへ入る。


 現れた大きなトンネル型の機械を、物珍しそうに藤宮さんが撫でた。


「すっごーい。このおっきな機械って、何に使うんですか?」


 こら、勝手に触らないの。壊しちゃったらどうするのあなた。


「こちらはスキャナとなっておりまして、こちらから取得したデータから自動モデリングを行い、モーションキャプチャ―を体験する事が出来るブースとなります」

「も、もでりんぐ? もーしょんきゃっちゃー?」 


 頭上に大きく?の字を浮かべる藤宮さん。名探偵、現代の機械には弱いのかな。


 ……いや、別に現代の機械じゃなくても弱いか。


 お姉さんからパンフレットを受け取った楪が、その中を軽く読み開く。


「つまり、ここに立っている人からデータを取って、モニター上でその人の見た目になれるって事ですよね。……いうなれば、デジタル変装みたいなモノなんでしょうか?」

「そうなりますね。是非、体験いかがでしょうか?」


 優しく微笑むお姉さんの前、興奮した藤宮さんが八重歯を見せたまま激しく左右に揺れる。


「デジタル変……装⁉」


 この時、既に「最先端VR技術ゲームは体験したいけど……完成されたゲームの世界に三次元の僕の要素を入れるのは嫌だなぁ」と静かに離脱しようとしていた僕の腕は藤宮さんにしっかりホールドされていた。


 なので、僕は同じく逃げようとしていた楪の腕をしっかり組んで道連れにする。


 ちなみに茅野センパイはブース反対側のサービスカウンターで、お兄さんから風船を受け取っていた。せめてブース内に居てくれ。


「はい、では測定を始めますね」 


 ずっと笑顔のお姉さんに案内されるまま、僕らは順番にトンネル型スキャナの中に立つ。


「はーい!」

「ここで大丈夫ですか?」

「……うす」

「おー」


 コピー機みたいな音を鳴らしながら、大型スキャナが駆動する。


 中央に立つ人をぐるりと囲う形で、何回か内部の機械が回転した。


「はい、ありがとうございます。測定完了です」


 お姉さんに支持された通り、僕らは隣の少し開けたスペースに移動する。


 すると、そこにはVRゴーグルとコントローラー、何台かモニターが設置されていた。


「では、こちらのエリアで先ほどスキャン頂いたデータから体験いただくことになります」


 コミュ力の高そうな笑顔のお兄さんが、爽やかに説明を始める。


「すみません。VRゴーグルの個数の都合上、お二人ずつの体験となりますが……どなたから体験されますか?」


 楪が「画面酔いしやすいので」と胸の前で×マークを作る。


 茅野センパイは、VRゴーグルが重いのかバランスが取れず転んでいた。かわいい。


 と、いう訳で。僕と藤宮さんで体験する事になった。


「では早速、キャプチャーを始めますねー」


 お兄さんの声と同時に、VRゴーグルを通してぼんやりと光が灯る。


 その光は徐々にピントが合っていき、視界もクリアになっていく。


「はい、同期が完了しました!VRゴーグルを付けた方は後方の鏡をご覧ください」


 後方の鏡?

 慣れないVRゴーグルに軽くバランスを崩しつつ、僕はゆっくりと振り向く。


 そこには、いつもより寸分低い視線に柔らかそうな頬と、見慣れた白いオーバーホール。


「す、すっげぇ!」


 鏡には完全に、茅野センパイが映っていた。


 僕が右手を挙げれば、鏡の中の茅野センパイもズレなく右手を上げる。


 動きは完全にシンクロしており、僕の外見は茅野センパイである。


「おおおおおぉ!すっごーい!」


 隣から嬌声が響く。


 見れば、そこには自身の顔をペタペタと触っている楪の姿。


「藤宮さん、完全に楪の見た目だね」

「その声、柏くん⁉ えぇー、完全にかやちゃんセンパイじゃん!」


 その細かな表情まで完全に楪そのままだ。


 最新技術、マジですげぇな………夢が膨らむ!


「確かにこのレベルだと、デジタル変装と呼んでも過言じゃないな……」

「ちょ、ちょっと待って柏くん……っく、っふ……あははは! おもしろすぎ!」


 藤宮さん(楪の見た目) の肩が、小刻みに震える。


 普段は絶対にありえない、キリッと凛々しい表情のまま僕の声で話す茅野センパイが笑いのツボに入ったらしい。


「あはははははは‼」


 お腹を抱えて笑い転げる藤宮さん(楪の見た目)。


 かと思いきや、今度はぬめぬめと動きながら昔の洋画女優の様なポーズを取り始めた。


「柏くん、どうどう? あたし、出雲崎さんのナァイスバディに見えるかな⁉」

「ふっくくっ………ふ、藤宮さん」


 目の前に立つ楪のギャップに思わず、吹き出しそうになる。


 こんなにハイテンションで目がキラッキラに輝いてる楪、初めて見た。藤宮さんが中身のせいか、普段は凛とした楪が急激に頭が悪そうに見える。


 作画会社変更なんてレベルじゃない。キャラデザから変わってない? 大丈夫これ?


「本日、体験の御記念に、仮想空間上の写真を何枚かプレゼントしております。よろしければいかがでしょうか?」


 ゴーグルの向こう側から、説明をしてくれたお兄さんの声が聞こえた。


「はい、お願いします!」


 間髪入れず、藤宮さんが即答する。


「では。カウントの後、撮影しますのでポーズを取ってください」


 うーむ、折角かわいい茅野センパイの見た目になってるんだ。


 ここは最高に可愛い写真を撮らなければ……茅野センパイに失礼なのではなかろうか。


「では行きますね。3……2……1……」


 パシャリ、とサウンドが鳴る。


「はい、お写真こんな風に撮れました」


 ウィンという音と共に、仮想空間にモニターが出現する。


 ギャルピース楪(藤宮さん)の隣に、可愛らしくウインクする茅野センパイ(僕)。


 うん。楪が美人なのは流石だけど、茅野センパイの可愛さもかなり驚異的である。


「お、柏くん、このポーズ可愛いじゃん!」

「でしょ?藤宮さん」


 わかるか藤宮さん。可愛いよなこのポーズ。僕の推しがソシャゲでやってた。


「柏くん、もっとかやちゃんセンパイの可愛いポーズしてみてよ!」


 おっと……ご希望とあらば仕方がない。


 ネトゲ、アニメ、ラノベ・漫画、エトセトラ……。


 あらゆる可愛いを追求したキャラ達を見つめてきた僕の知識が、今こそ役に立つ時だ。


「こうかな」

「お、いいよ柏くん! 可愛いよ!」


 あざと可愛く表情、小悪魔的におしりを突き出すポーズ。


「こんな感じ?」

「お、可愛さに磨きが掛かってるよ柏くん!」


 僕のオタクライフは、今日、この時の為にあったのかもしれない。


 知りうる全ての可愛いをフル活用し、茅野センパイの可愛いポテンシャルをを最大限に引き立たたせて見せるっ!


「これで……どうだ!」

 床に寝そべったまま両手に顎を乗せ、僕(茅野センパイ)はあざと可愛い表情をキメる。




「ん、しょ」


 その瞬間、ふと頭が軽くなり光に目が眩む。


 見れば、茅野センパイ(本物)が寝転ぶ僕のVRゴーグルを外していた。


「……茅野センパイ?」

「いずもざきが、こーたろのゴーグルとってこいって」


 そっか、VRだから。現実の僕は、もちろん僕の姿のままである。


 思い出される。さっきまでの可愛い茅野センパイポーズの数々。


 現実世界の楪と茅野センパイは、僕がポーズを取る様を見られていた訳で。それもカワイイ茅野センパイではなく、僕の見た目で。


「…………」

「…………」


 完全に虚無を見つめる楪と、可愛い茅野センパイポーズを取ったまま見つめ合う僕。


「ちょ、あの」

「いえ、どうぞ続けてください」


 温度感の消え去った楪の声が、ぐさりと突き刺さる。


 勘弁してください。いやほんと。


「………ん、しょ」


 気まずさを察したのか、茅野センパイが再びVRゴーグルを僕に被せる。


 VRゴーグルを被り、本物の茅野センパイが見えなくなった直後。


 仮想空間の鏡で、青ざめた表情の茅野センパイと僕は見つめ合っていた。

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