第53話 勝者とは
53 勝者とは
あるビルの屋上には――いま二人の人物が居た。
一人はスーツ姿の女性で、名は大峰真尋と言う。
もう一人は制服を着た学生で、少女にしては背が高い。
腕を組みながら彼方を眺める少女は、吐き出す様に告げる。
「終わった、か。
私の予想以上に、天井は粘ったわね」
「というか、この場合どちらの勝ちなのかしら?
ココ?
それとも、恋矢君?」
真尋が独り言の様に言うと、少女は真顔で答えた。
「それは勿論――天井の敗けよ。
彼は殺人という行為を憎みながらも、結局、ココしか見なくなった。
自分の信念を捨て、ココだけを直視したの。
例えその末に、太陽が彼の目に焼き付いても、天井は〝己の太陽〟を見つめ続ける。
篠塚ココと言う殺戮者を肯定した時点で、天井恋矢は人としての道を踏み外した。
そんな彼が――勝者だと誰が言える?」
「つまり――あなたはココの勝ちだと言いたい?」
真尋が目を細めると、仁王立ちする少女は肩を竦めた。
「そんなの、決まっているでしょう?
昔から、惚れた方に弱味があるの。
ココは天井の心を射止めた時点で、既に勝者だった。
でも、これだけは認めましょう。
天井は――恋の矢で小さな恋を射抜いた。
彼が放った矢は、しっかり的に命中したの。
それだけが、彼が得た物ね」
自分の全てを捨て、天井恋矢は篠塚ココを選んだ。
改めてそう納得し、少女は苦笑する。
「……本当に私を差し置いて、二人で仲良くやっているのだから、許しがたい話よね」
「ん?
それは、どう言う意味?
あなたは、恋矢君に嫉妬しているの?
それとも――」
――と、真尋はそれ以上言わない。
彼女も苦笑いを浮かべて、彼方を見た。
「何にしても、ズルい話よね。
あなたは、十六年前と全く変わっていないのだから。
それって、あなたが人外だから?」
「そっちこそ、どういうレベルのアンチエイジングよ。
あなたってもう、とっくに――」
「あー、あー、そういう話はいいの。
で、あなたの目的は遂げられた訳?
あなたは一体、何がしたかったの?」
本題に入る真尋を見てから、少女は胸を張る。
その反面、少女はどうでもよさげだった。
「そう、ね。
陛下にはこうお伝えしましょう。
〝類まれなる潜在能力を持つと思われた件のクローンも、所詮は凡庸でした〟――と。
今の彼女では、陛下の玩具になる資格さえない」
それでも少女とココが戦えば、どちらが勝つかは分からない。
それだけのレベルには、篠塚ココも達している。
その事実を胸に秘め、少女は踵を返す。
少女は最後に、真尋にこう言い残した。
「そっちこそ、ココの扱いはどうするつもり?
いえ、先ずはココ達の生死を、確かめる方が先か」
他人事の様だが、少女は少女なりにあの二人を心配している。
実の所、それは大峰真尋も変わらない。
「まあ、それは、そうよね。
あの子は零からあなたが育てた、我が子の様な物だもの。
公的には死んでほしくても、私的には生きていてほしいと願うのは自然な事だわ。
その辺りの事はとやかく言うつもりはないから、あなたの好きにすればいい。
私は私で学生と言う身分を、まだまだ楽しむつもりだから」
喜々とする、少女。
片や真尋は、嘆息するしかない。
「あなたは、気楽でいいわね。
私は、あなたがココの同級生だと知って、随分驚いたというのに。
言っておくけど、それってかなり悪趣味よ」
しかし、少女は答えない。
少女はそのまま歩を進め、やがて屋上から去っていく。
見れば雲は晴れ、その狭間から日の光が差し込んでいる。
大峰真尋は――それを眩しそうに眺めるだけだった。
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