「穴を覗くと」



一通り仕事の目処が着いたので、後輩に「ジュース飲むか?」と声を掛ける。その後輩は、待ってましたと言わんばかりに何も答える事もなくスタスタと自販機に足を進めている。

12月という季節になったのもいいが、昼間となればまだまだ半袖も過ごせるくらいに陽気な天気である。


ポケットから小銭入れを取り出すと、チャックをひゅーと降ろし中から100円玉を2枚取り出す。

後輩の手にそれを渡して何にしようかと考えていると、



先ほどたまたま聞いた松任谷由実の「恋人がサンタクロース」が流れていた僕の頭の中で流れ続けていた。


僕は、陽気な気持ちで売る覚えの「恋人がサンタクロース」を鼻歌まじりに熱唱しながら、後輩に「早くしろよ」と松任谷由実もどきで急かしていた。


「うん…えっと…じゃこれで」となんだか甘そうなホットのカフェオレコーヒーを選んで、ボタンを押した。

後輩も急かされていたので、素早くカフェオレを取り出す。まだまだ子どもだなと、横目で見ながら、コイン投入口に200円を入れる。


大人の男は迷わずブラック選ぶもんだとよく分からない自信に満ちた表情をしながら、ホットのブラックのボタンを押した。


160円だったからお釣りが出てくる。


チャリン チャリン


一枚…二枚…三枚…四枚



僕は、お釣り受けに手を伸ばし、お釣りを取ろうとすると、


チャリンチャリン


一枚落としてしまった。


あっ!しかもよりによって、こんな所にちょうどいいサイズの穴が…

その穴は、ちょうどペットボトルの蓋が一つ入る位のサイズだった。


まるでその為に用意されたのではないかというくらいに。

あっもう…



ゴルフで言ったらホールインワン、バスケで言ったら逆転のスリーポイント、アーチェリーで言ったら真ん中の◯のすごいやつで……


と段々と例えが下手になるのはさておき、場面が違ったらあれほどまでに迎えられるのに。

今回は、誰もそんなことを迎えてないぞ!という奇跡がおきた。


改めて穴を観察してみると、指はなんとか入りそうだ。


穴の中を覗いてみると、ペットボトルの蓋が入っていた。その横を見てみると、あった!んっ?

あれ、もう一枚あるな。僕の前にも奇跡を起こした人がいたのか。その人は、”まぁ10円だし、まぁいいかと”この穴に入った10円玉を諦めたようだな。


だが、今回ばかりは違うぞ。このくらいならと”簡単に諦めるような男になりたくない”そんな事を考えている男が相手だからな。





そして、ここから僕と十円との熾烈な戦いが始まることになった。穴へと人差し指を突っ込んでみる。うん…もうちょい。もう……あっ。


十円玉は、身の交わしが鋭く何度も僕の指をすり抜ける。しかも強力な味方がいた。そいつは、門番の様に居座るペットボトルのフタだ。

上手く引っかかり、順調よく上へと上がって来たかと思うペットボトルのフタが攻守を代えて顔を出してくる。


お前には、ようはないんだ。と言っても我も顔で自分をアピールすることをあきらめない。



ぐっ……。

まぁ十円だしな。このくらいいいでしょ。と先程まで頭の中にいた松任谷由実を押しのけて、悪魔の声が聞こえた。


まぁとっても十円だしな…。別にそんなに困らないし。

そうだよな。このくらいなら。別にいいよな。

心の奥底で納得をしようしている自分がいた。





「いや、本当にいいのか?そんなに簡単に諦めてもいいのか?すぐ、そこだぞ。眼の前にあるっていうのに。」

「そんなでいいのかよ。」


簡単に諦めそうになっている僕に真っ直ぐな目ををして言った。


もう一人僕の声はまだまだ諦めていなかった。



「だって、君も見ただろ?何度も何度も、掴んでは落ちて、あの暗い穴の中に落ちていく様子を。」

「だから、次も同じだ。僕が一生懸命に掴んだ所でまた落ちるに決まっている。」

僕は、手を混じえながら落ちていく様子を真剣に伝えた。


どうせ、無理なんだから。僕がいくら頑張った所で出来るわけなんてないよ。


あきらめてよ。僕は、もう無理だって言ってるじゃんか。ねぇなんだよ。なんで諦めようとしないの。



もう一人の僕は、真っ直ぐな目をかえずそのままに言う。

「諦めるのなんていつでも出来る。たった、今でもね。いつでも諦めることが出来るんだったら幾らやったてもいいんだよ。そこが終わりなんかじゃないからね、諦めたらそこが終わりだよ」


僕は思わずツッコんだ。「なんだよ、SLAM DUNKじゃねか」


でも、その言葉が先ほどまで無理としか言ってなかった自分を変えた。



その様子を静かに見つめていた後輩に僕は言った「なにか、細いものを…そうだな、箸とかあれば…」


後輩は近くを探すと、まさかという言うように”箸”が出てきたのだ。でかしたぞ後輩と心の中で小さくガッツポーズをする。


穴の中に箸を入れると先ほどまでなら、指では届かなかった所まで届くじゃないか。

僕は、思わずもっと最初から探しにいくんだったと思った。自分の計画性のなさを悔いた。

普段から使い慣れているのかまるで細く大根を掴むかの如く、十円を掴んだ。


箸というのはこんなにも素晴らしいのかと感動するくらいにすんなり十円玉を引き上げる事が出来てしまった。

十円玉を引き上げると、うん?まだ中に何かが入っている。


それをよく見ると、50円玉だった。まさかこの小さな穴に奇跡がこんなにも続いているのか。


箸という現代の武器を手にいてた僕は、さきほどまで泣き言を言っていた自分が嘘のように50円玉を掬いあげる。


ふとっ映画界の名優チャップリンの言葉がよぎる「人生は恐れなければ、とても素晴らしいものなんだ。人生には必要なものがある。それは、ほんのちいさな勇気と想像力、そして少しのお金だ。」


僕は、50円玉を拾い上げてその真ん中の穴を覗くと、そこには勇気と想像力と少しお金をもった僕がいた。


穴の向こういる僕は、今までに見たことないくらいに誇らしげに笑っていた。


今よりも勇気があれば、今よりも想像力があれば…僕もあんな風に笑えるのかな。


「何してるんですか?」後輩に声を掛けられる。


「なんでもない」と後輩に言うと、拾ったお金をポケットへとしまった。


あと、少しのお金ね。とポケットのお金を確認するように握りながら歩き出した。

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