第18話
その日、僕は父親をかたずけた後、最近街を荒らしているという賊のアジトに一人で乗り込んだ。
死んでもいいと思っていたのかもしれない。
これ以上僕が化け物にならないように、僕は僕の命を絶ちたかった。
そんな思いでアジトに足を踏み入れると、まずひとりが僕の存在に気づいた。
「なんだお前」
するとあっという間に酒臭い連中に囲まれ、「痛いか?」と不気味に笑いながら散々に殴られる。
無抵抗に床にへばっていると「一体何しに来たんだよ」と鼻で笑い、興味を無くした奴らは無防備に僕に背を向けた。
「……殺しに来たんだよ」
*
静まり返ったアジトでふと我に返ると、現場は血をバケツでまき散らしたような惨状だった。
人が人形のように四肢を放り出してあっちこっちで倒れている。何も知らない人がこれを見たら、人喰い熊に襲われたように見えるかもしれない。
荒廃したアジトの真ん中で僕は呆然と立ち尽くした。
家に帰ってすぐに師匠が「なにがあったんだ」と血相を変えて駆け寄ってきた。
眉間に力が入っているのが見て取れて師匠が動揺しているのが分かった。僕の肩をきつく掴むと「なんでこんな」とあちらこちらについた傷と痣を視線でなぞった。
「最近、悪さをしてる賊がいるって師匠が言ってたから」
「乗り込んだのか!?」
「……うん」
「な、なんでそんな危ないことをするんだよ! 殺されたらどうする!」
その時初めて師匠が取り乱すのを見た気がする。
父親を殺したから、償おうと賊のアジトに単身乗り込んで自殺を図ったら、あろうことか殲滅してしまった。
なんて口が裂けても言えない。師匠に失望されたくない。
「こんなこともう絶対するな。賊を制圧するのは私の仕事だ、心配しなくていい」
口をつぐんでいると、師匠はソファーへと僕の腕を引いて座らせた。
しばらく黙って手当を受けていると大きなため息をついて
「ハチがこうやって傷だらけになっているのを見るのは初めて会ったあの時以来だ」と伏し目がちに言う。
「そうだっけ」
「私はね、あんたのあんな姿をもう見たくないと思ってたんだけど」
「……なんで? なんで見たくないの? だって僕が傷だらけになろうが師匠は痛くないじゃん」
「ハチが痛い思いをすれば、私も痛い。あんたが嬉しかったら私だって嬉しくなる。
そういうものだよ。ハチにも大切な人ができればきっとわかる」
「無理だよ。僕には一生かかっても理解できないと思う。師匠が僕をこの家に置いてくれていることだって、不思議でたまらないだ。
だって、邪魔だろ?
血統書のついていない子供、しかもオークッションで売られてたらい回しにされた得体のしれない子供なんだから。鬱陶しいに決まってる」
ならいっそのこと僕を捨てて……とまでは言えなかった。
不意に顔を上げた時、師匠がすごく傷ついた顔をしていたからだ。僕はそんなに酷いことを言ってしまったのだろうか、その自覚がないことが恐ろしい。
「バカなことを言うな。私は……」
そこで言葉を切った師匠に影が落ちた。
「いや、何でもない。とにかくもう危ないことはするなよ、わかったね?」と僕に言い含めると部屋の奥へと行ってしまった。
師匠は何を言いかけたんだろう。
気になったけれど、今更聞けない。
翌日、僕は普段通りに過ごした。シールズが朝ごはんを作っている間に洗濯物を干す。
昇りたての太陽は、僕にとっては眩しすぎた。
シーツを竿にかけて陽を遮ったとしても、それを諸共せずに布を透けて僕を照らそうとしてくる。
夜露に濡れた草木がキラキラと光っていた。
夜に取り残された僕は、こんな神秘的な朝には当然相応しくなくて、今すぐにでも逃げ出したかった。
逃げ出して遠くの誰も知らない誰もいないところに行きたかった。
けれど今、僕がここを離れたら正真正銘の化け物になってしまう。そんな予感があった。
人間でいたいならここにいるしかないと思う、ああ僕は何に縛られているんだろう。
顔を上げると、やっぱり太陽は眩しかった。
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