第38話◇カードキー◇
木村はまっすぐ瑠璃子を見つめて言った。
「今のところは予定していないです。クリスマスは家にいるかどうかも分からないですから。コンペの話は妻にはしていません。お伝えしたのは瑠璃子さんが初めてです。」
木村はそう言うと残っていたカボチャのケーキを口に入れた。そうしておもむろにスーツの胸の内ポケットからホテルのカードキーを出したのだ。木村はカードを見つめながら静かに言った。
「持ってきているのです。」
瑠璃子はカードキーは無視して言った。
「そうなの?早く見せて。」
木村はカードキーを胸ポケットにしまって言った。
「ここにはないのです。部屋にあります。」
木村はこのホテルに今晩泊まると言った。
「じゃあ持って来て。私は一階のロビーで待っているわ。」
腕時計を見ると九時が近かった。そろそろレストランは閉店の時間だ。瑠璃子の言葉に、木村はもう一度祈るように言った。
「一緒に部屋まで行って貰えませんか?誰もいない所でお見せしたいのです。」
瑠璃子は木村を優しく見つめて諭すように言った。
「こんな時間だし、還暦とはいえ私も女だし、あなたは奥さんがいるわけだし、無理よ。」
瑠璃子は自分でも驚くほど冷静に答えていた。扉を開けると魅惑的な心ときめく時間が待っているかも知れない。若いイケメンに誘われるおとぎ話のような出来事など、きっとこの先ないだろう。そんな扉の誘惑に引き込まれない様に咄嗟に自分を押し留めた。
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