第13話◇東京の営業マン◇
東京の営業マンは紳士的だ。会社によるのかもしれないが、相当販売しているならまだしも初対面の接待でわざわざ迎えに来てくれる等という事は大抵なかった。まだ取引もしていない瑠璃子に対する接待の仕方がこの上なく丁寧だったので感激した。七時に店まで迎えに来てくれると言うので瑠璃子は木村の言葉に甘える事にした。瑠璃子は、十三年前に夫と死別し、三十歳になる次男浩二と二人で暮らしていた。いつもは息子の浩二の夕食を作って一緒に食べる事が多かった。「れもん薬局」は午後七時までの営業だった。夕食のを取りながら二人で晩酌をする事はあったが、休みの日以外は外食をする機会は滅多になかった。
久しぶりの突然の誘いに瑠璃子は気持ちが弾んでいるのを感じた。仕事から帰ってきた浩二に食事のを出し、約束の時間の三十分前には着替えて化粧を直した。六月の末で蒸し暑かった。仕事とはいえ若い男性と一緒に出掛けるのだから普段着というわけにはいかない。クローゼットの中から迷いに迷って白の七分袖のブラウスに白い綿のパンツ、その上からレース素材のモスグリーンのジャケットを羽織った。七分袖のブラウスを選んだのは途中でジャケットを脱いでも太い腕が目立たない為だ。店にある大きな鏡の前に立って全身を映してみると、お世辞にもスタイルが良いといえない体系をうまくごまかしていた。
ウキウキした気持ちで暫く鏡を眺めていたが、六十歳の年齢の現れた外見は、瑠璃子を現実に引き戻した。そんな事を考えても仕方がないので、仕事とは言え、わざわざ迎えにまで来てくれる木村の持て成しを楽しむ事にした。七時丁度に表にタクシーが停まった。瑠璃子は、木村を乗せたタクシーを見ていた。タクシーから降りた木村は店に入って来ると言った。
「お待たせしましたでしょうか?」
瑠璃子は戸口まで出迎えた。
「いいえ。ちょうど七時だわ。」
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