第3話 禁断の質問

「君、誰?」


「俺はえっと……」


 俺は山田先輩の腕を掴んだまま固まっていた。


 基本的に平穏に過ごしたいのに、まさかこんな大胆な行動に出るなんて今日は熱でもあるのだろうか?


「あ、天崎くん……?」


 すると千歳が俺の名前を呼んだ。


 どうやら俺みたいな陰キャの名前まで覚えてくれているらしい。ただのクラスメイトでそこまで関わりも無いのに感激だ。


 その時、千歳の助けを求めるような目を見て、俺は〇ャンプの主人公みたいに勇気を振り絞った。


 ここで引いたら男じゃないし。


「ち、千歳さんが苦しそうなので手を離してください」


「それさぁ、君に関係あるの?」


 まあ確かに関係は無いので、それを言われたら言い返しようがない。


 どう答えようかと思っていたら、千歳がまるで友人かのように声をかけてきた。


「天崎くんは私が遅いから迎えに来てくれたんだよね! ごめんね、お昼一緒に食べようって約束してたのに……」


(ん? お昼って何のこと?)


 言っていることが分からなくて千歳を見ると、申し訳なさそうに眉を下げてくる。

 

 それで何となく彼女の真意が分かり、ここは話を合わせておくことにした。


「あー、そうだよ。いつまで経っても帰ってこないから、心配して迎えに来たんだ……」


 自分の棒読み加減に呆れるが、山田先輩は千歳を掴む手を離してくれた。


 そして千歳は俺のすぐ横に立つと、天使のような笑顔で微笑んでくる。


「でもちょうど帰るところだったから、迎えに来てくれてありがと!」


「いや、うん。まあ当然のことだし……」


 奇跡のハーフ美少女と肩が当たって緊張してしまい、俺は自分でも何を言っているのか分からなくなる。


 いや、動揺しすぎだろ俺。

 

 そんなやりとりを訝しむように、山田先輩は俺たちを見つめてきた。


「何、もしかして二人は付き合ってる感じなの?」


「「えっ?」」


 その質問に、俺と千歳はどちらからともなく聞き返していた。


(いやいや普通に考えてありえないだろ!)


 千歳梨花は芸能活動をしてないだけで、その気になれば余裕で坂道グループのセンターに輝けるほどの美少女なのだ。


 だから俺のような陰キャが付き合えるような相手ではない。


すぐに否定しようとすると、その前に「ぷふっ」と山田先輩が吹き出した。


「いや、それは無いかー。ごめんごめん。普通に考えてありえないよね。だってあの千歳さんと君が付き合ってるなんてどう考えてもありえないし……」


 なんだこいつ!


 無償に殴りたくなったが、先輩だし、そんな度胸もないので我慢した。


 さすがは俺、平和主義者の鏡だ。


 そう思っていたその時、


「わ、私たち付き合ってますけど!」


「「えっ?」」


 今度は俺と山田先輩が口を揃えて聞き返した。


 どういうことかと思い千歳の方を伺うと、チラとこっちを見てきて下手くそなウインクしてくる。


(いや、どういう意味だよそれ?)


 お昼を一緒に食べる約束ならまだしも、付き合ってるなんて嘘はすぐにバレるだろ!


「そ、そうだよね天崎くん?」


 この場を切り抜けるためだけにそんな嘘を付く必要はないと思うのだけど、ここは話を合わせておこう。


「う、うん……」


「は、はぁあー? い、いや、ありえないでしょ? だってあの千歳さんがこんな陰キャと付き合ってるなんてどう考えても……」


「別におかしいことなんて一つも無いですよ。それに私が誰と付き合おうと私の勝手じゃないですか?」


 そう言って千歳は俺の腕に手を回すと、強がるようにそう言った。


(う、ううっ腕が……)


 口をあわあわさせて離れようとするが、逃げないようにぎゅっと固定された。


 それに鼻腔をくすぐるような甘い香りがして、こんな簡単にドキドキしている自分が情けなくなってくる。


 千歳梨花、恐るべし。


「こ、これで分かってもらえましたか? とにかく私たちは付き合ってるのでもう難癖をつけないでください。それじゃあ天崎くん、行こっか?」


「あ、う、うん……」


 ほとんど千歳の操り人形みたいになっているが、この場から一刻も早く逃れたいので千歳の言う通りにする。


 しかしそう簡単には上手くいくはずもなく、山田先輩は未練がましく待ったをかける。


「でもおかしくない? 仮に付き合ってるとして、さっきからずっと苗字呼びだし、それに二人とも腕を組めばカップルだと思ってない?」


「「えっ?」」


 俺と千歳は同じタイミングで聞き返し、その反応がおかしかったのか、山田先輩は呆れたようなため息を吐いた。


(いや、カップルってそう言うもんじゃないの?)


 俺はもちろん年齢=彼女いない歴なのだけど、どうして隣の千歳まで驚いてるのだろうか?


 あんなにモテるんだから恋愛経験もあると思うのだけど。


 そんな俺たちを試すように山田先輩は禁断の質問を投げてきた。


「一応聞くんだけどさ、?」


「「っ!」」


「あ、ありますよ。そんなの当然じゃないですか。あ、天崎くんもそうよね?」


「う、うん。まあこの歳にもなれば一度くらいはあるよね……」


 じーっと山田先輩に見つめられて、俺は額に汗をかきながら見つめ返す。


 そして沈黙の時間が長く続き、


「まあそうだよねー。あの千歳さんが恋愛経験ゼロなわけないし、この歳で恋愛したことないとかマジ遅れてるもんなー」


「そ、そうだねー」と俺。


「うん。ほんと、そうだねー」と千歳。


 俺と千歳は曖昧に笑いながら、乾いた笑い声を上げる。


 しかしこれが山田先輩の罠だったことに俺たちは気づいていなかった。


 山田先輩は言質を取りましたと言いたげに、悪魔のような笑みを浮かべる。


「それなら二人がカップルだって俺に証明してみせてよ?」


 多分、この人ドSだ。



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