第3話 「時代錯誤な人助け」

 ジリリリリ......!ジリリリリ......!


 「...っ、ん〜...」私はいつもの目覚ましの音で布団から這い出て、すぐに鳴っている 目覚まし時計のアラームに手を伸ばし消そうとする。するとその時、狭い視界の横から和装の幽霊の男が鳴る時計をパッと手に取り上げて、じーっと目覚まし時計を凝視しながら不思議そうに呟いた。

「ぬ...何なんだこれは?かなりの騒音で鳴いているではないか...これは飼い鳥の類の物か?しかし羽も何もないとは、奇っ怪で愛嬌がないな...」

「もう...良いからそれ返してよぉ...うるさいぃ...」私は朝の気怠さと鳴り続けるアラームの音に苛まれつつも、その男から時計を返してもらって、直ぐに上のボタンを押して消した。




 ___そう、あれは昨日の深夜の事。あの出来事の後でお腹を空かして気絶したこの幽霊を私は仕方なくアパートに上げて、その日の夜ご飯にと買って残していたお弁当を助けてくれたお礼としてあげたのですが...


 「っ!!う...美味い...!こんなに美味しい御膳は、今の一度も食べたことがないぞ!い、一体、何の食材を使っているんだ!?信州で食べた猪の肉や鹿の肉よりも芳醇な味わいが堪らなく美味いぞ!それにこのかかった汁、味噌でも醤油でもないのか...?」

「何って...ただのデミグラスハンバーグ弁当ですよ。そんなにいちいち食レポしないで下さい。余計美味しそうに感じます。(...この反応を見るに、この人が生きていた昔はハンバーグなんてのはなかったのかな?...あぁ、美味しそうだな〜...)」私はガツガツと食われ、みるみる消えていくハンバーグを見つめながら静かに固唾を呑んでそう思った。すると男は私の部屋の中をじっくりと見渡しながら言った。

「...しかし、お主らの住んでいるこの世界の時代は、私の生きていた時の時代とはかなり異なるようだ。この部屋の物も、全てが見たこともない物ばかりだ。天井の蝋燭も非常に明るい。まるで陽の光のようだな。あれで蝋も煤も落ちてこないのか?なんとも便利な...」

「え、蝋燭?...あぁ、天井の電気の事か...」私は天井から部屋を照らしている嵌め込み式のLED照明を見てボソッと呟いた。


 しばらくした所で、私はポットで沸かしていたお湯をキッチンから持ってきて、すかさず大きいインスタントカップ麺に注いだ。蓋に小さなお皿と箸を置いて重石にして、麺が茹で上がる時間を待っている間に、私は隣に座っている男に色々と気になっている質問をする。

「...そういえば、あなたって何ていう名前なの?...というか、そもそも何者なの?落ち武者...いや、お侍さん?」すると男は口いっぱいにご飯をかきこみながら答える。

「モゴモゴ...否。私の名前は稲葉亀吉いなばかめきち、さすらいの剣客を生業としている者だ。かねてから弱き者の為に常に剣を振るい続け、この世の悪を滅ぼしていた。そうして己の握る剣とは何かと、今も自問し続けているのだ。」

「は、はぁ...?成程...」私は何を言っているかちんぷんかんぷんだったが、一応合わせるように静かに頷く。


 すると次に、私は亀吉が持っていた白鞘の刀について尋ねた。

「...っ、そ、その刀は何?その...本物なの?」亀吉は味噌汁を軽く啜ってから言う。

「ズズ...無論、本物に決まっておろう。これは私の師、斎堂願寿郎ときどう がんじゅろうから承った逸品の代物、『無銘刀:白柳はくりゅう』だ。私の太刀には相応しい...白い無地の刀である。私は剣客をしているのだ、真剣を持っていて当然だろう。」すると亀吉は私の荷物にあった竹刀袋を見て続けるように言った。


 「...ならば私もお主の事を聞かせてもらおう。お主あれを見るに、さては剣道をしているのだろう?ならばお主も一振や二振といった真剣の刀を持っているのではないのか?剣道は己の真剣を磨くため、そして実践での真剣勝負で生き残る為の立派な鍛錬だろう?」私はその質問に、首を激しく横に振って否定した。

「え!?いやいやいや、今は剣道してても何してても、一般人は本物の刀なんか持てないんだよ!警察...じゃ分からないか。えっと...く、国の役人さんに捕まっちゃうんだよ!だから駄目だし、そもそも刀を持ってても怖がられるだけだから...」すると亀吉は眉をひそめつつ、付いていたポテトサラダを食べながら驚く。

「む...そうなのか。今は刀を持つことそのものが幕府に禁止されているのか。何とも不思議だな。それで平和は守られているのか?...おっ!この白い漬物、かつてない珍味だが美味い...!」


 そうして弁当をぺろりと平らげると、亀吉は満足そうに言った。

「ふぅ〜満腹だ!こんなに美味しい御膳を食えたのはいつぶりだろうか!いやはや...実に満足だ!」それを見た私は、啜っていたインスタントカップ麺をちゃぶ台にストンと置き、真剣な表情で亀吉に言った。

「そうですか。...じゃあ、もう帰ってもらってもいいですか?私、明日も明後日も大学に行かないといけなくて忙しいんです。あなたみたいな幽霊にかまってる余裕は、正直ないんですよ。」すると亀吉は苦虫を噛み潰したような顔をして途端に口ごもった。

「っ、そ、そうなのか...いやしかし、あいにく今は住む家が何処にもないのだ。いくら私が死んで霊の状態だとしても、雨風に晒され続けて野宿ではどうしようもない。それにさっきのように腹も減ってしまう。死んでから飢え死になど、もう勘弁だ...」


 すると亀吉は刀や荷物を払いのけ、私の前で律儀に正座しだした。私は謎の行動に困惑する。 

「え?ちょ...ちょっと...?」亀吉は頭を前に下げ、手を地面に付き、姿勢を低くする何とも綺麗な土下座の構えで言った。

「...無理を承知で申させてくれ。私をこの家に住まわせてはくれないか?もちろん、お主の事はこの屍の体を捧げ、守護霊としてあらゆるわざわいから守り抜く事を約束しよう!頼む、後生だ!」亀吉はそう言って深々と頭を下げて、額を床につけた。その提案に困惑しつつ、私は腕を組んで考えた。一応この人には助けてもらった恩があるし、外に放置してしまうのも申し訳ない。かといってこの幽霊の侍をこうして養い続けるのは難しい。


 ...そうして暫く考えた私は、亀吉にある提案をした。

「う〜ん...分かった。それじゃあこうしましょう。あなたを成仏させるまでの間は、私の家に住んで私の守護霊をする事を許可するわ。その代わり、あなたは私のサポート...えっと、危険な時とか困ってる時とかに、私の手助けを必ずする事!邪魔だけは、絶対にしないでね。約束だよ?」亀吉は目をキラキラと輝かせ、首を赤ベコのように縦にコクコクと振り大いに喜ぶ。

「おぉ、何と言う僥倖!かたじけない...私が手助けできる事があったら、何でも言ってくれ!...おぉそうだ、お主の名前を聞いておらんかったな。なんと言うのだ?」

「私?私は菊池正華。正華...でいいよ。」

「正華...良い名ではないか。これからよろしく頼む、正華殿!」


 ...というわけで、私はこの謎の侍の幽霊と生活を共にすることになりました。私は敷いていた布団を畳み、眠い目を擦りながら軽い朝ご飯を食べ、洗面台で寝癖でくちゃくちゃになっている髪を整えながらリビングにいる亀吉に言った。


 「あれ...そういえば亀吉。その髪の毛どうしたの?昨日までボサボサの長い髪だったじゃん。」亀吉はカーテンを開け、差し込んでくる朝日を浴びて気持ちよさそうに伸びをしながら言った。

「む?どうしたって、切った以外無かろう。ついこの間気が付いたのだか、この幽霊の姿は結構自由でな。伸び切った髪の毛も直ぐに切って元の形に戻せるんだ。どうだ、かつては村や町にいる全ての百姓の娘たちからの熱い視線を一身に受けた程の美貌だ。素晴らしいと思わんか?」亀吉はそう言って自慢げに歯を輝かす。確かにルックスは整っている方だが、現代で言えば中の上くらいだろうか...私は特に無関心で歯を磨きながら頷いて言う。


 「う〜ん。まぁ格好良くていいんじゃない?でも、今じゃ私以外誰も話しかけてくれないし、仮に見えたとしても怯えられちゃうでしょ?だって貴方、もう幽霊だし。」

「あ...そ、そうか...やはり死んでいるというのは、つまらんな...」亀吉はそう言って窓際でしょんぼりする。そうして口をゆすいで洗面台に吐くと、私は排水口の入口が髪の毛で詰まっているのに気が付いた。

「(うわっ、もうこんなに詰まってる...この前掃除したのにな...)...っ、いや待てよ?これって...」私はゆっくりと亀吉を見る。亀吉はそれに気が付いてそっぽを向き、目線を逸らした。

「...亀吉。その髪の毛って...もしかしてここで切った?」

「いや〜...まぁ、その〜...丁度大きな鏡があって、わかりやすかったのでな...」


 ...そんなこんなをしながら、私は服をクローゼットから引っ張り出し、急いで寝間着からそれに着替える。そして壁にかけている時計を見て独り言のようにブツブツと言った。

「うわっ、もうこんな時間!早く急がないと...いつもの電車に間に合わないよ!」

 すると亀吉はリビングから私の鞄を持って来て、クローゼットのある寝室の和室の襖をすり抜けて入ってくる。

「む...もしやこれは助太刀の出番...!?正華殿、大丈夫か...ブハッ!!」私は顔をだるまのように赤くして亀吉の頬にグーで強烈なパンチをお見舞いする。亀吉は勢いよく壁に激突し、鼻血を出して地面に突っ伏した。私は息を荒くして亀吉に言った。


 「ちょ、ちょっと、勝手に入ってこないでよ!あぁ...もう、バカ!!早く外行ってて!!」

「はぁ...はぁ...ゴフッ...す、すまぬ...私の一生の不覚だ。許してくれ...」すると亀吉は私が持っていこうとしていた鞄を持って私に言った。

「ぬ...正華殿、もしや出発が間に合わないのか?ならば...私が手助けしてやる。荷物はこれで良いか?」

「え?合ってるけど...て...手助け?」そう聞くと、亀吉は立ち上がって歩き出し、玄関に静かにゆっくりと向かった。私は困惑しながらも直ぐに服を着て、玄関を出た。


 玄関を出てアパートの階段を降りていくと、亀吉が足の下駄をカンカンと鳴らしながら外で待っていた。私は亀吉のところまで歩いていき、食い気味に尋ねた。

「ちょっと...何しようとしてるの?次の電車で行けば全然大丈夫だし...今更もういつもの電車には間に合わないよ。だって...」そう言うと、亀吉は下駄を履き直しながら強めに言った。

「間に合う。安心しろ、私は足が早いんだ。さ、行くぞ?」そう言って亀吉はしゃがみ、背中を私に向けた。私はその行動に首を傾げながら、自分の体を亀吉の背中に預ける。私は眉をひそめて訊ねた。


「ちょっと...何するつもり...?」

「まぁまぁ...私の韋駄天走りに乗って少しゆっくりするんだな。フン!!」その瞬間、私の体はフワッと浮き上がり、目にも止まらぬ速さで亀吉は屋根上を飛ぶように走り出した。私は亀吉の肩にがっちりと捕まって、恐怖のあまり目を瞑る。

「うわああ!!ちょ、ちょっと...速すぎ...!!」

「ハハハ!!どうだ、私の足は速いだろう!...えっと、こっちで合ってるか?」

「う...うん!そこを右に...!」そのまま亀吉は私を背負って屋根を、石塀を、線路の上を、一気に駆けて走った。怖くて目を瞑っていると、亀吉は暫くして足を止めて私に言う。

「はぁ...はぁ...正華殿、着いたぞ。」私は目を開けて背中から降りる。なんといつもは10分程度かかるところを、僅か1分足らずで私が乗っている電車が出発する4分も前に最寄りの二子玉川駅にたどり着いたのだ。


 私は駅にある時計を見ながら驚きで目を白黒させる。

「うそ...こんなに早く着くなんて...あ、ありがとうね、亀吉!おかげで助かったわ!」私はすぐに鞄からICカードを出して改札へ行く。すると亀吉が私を呼び止めて話しかけた。

「せ、正華殿!!」

「ん...?」私が振り返ると、亀吉は肩を揺らしながらもニコッと笑って言った。

「...礼、感謝するぞ!」

「っ...う、うん!ありがとー!!」私は微笑み、手を振ってホームへ走っていったのだった...




 ...まぁ、亀吉は私に取り憑いている状態の守護霊だから私から離れることは出来ないので、結局彼はそのまま電車にも一緒に乗りました。乗っている最中は終始一人でに高速で動く電車にビビリ怯えている、乙女な亀吉なのでした。

「ひぇ〜!!て、鉄の小屋が、ひとりでに動いているぞ〜!!せ、正華殿〜!!も、物の怪だぁ〜!!」

「...はぁ、やっぱり大変だな、この生活...」

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