第7話 この海は愛を語らない

脱衣所で倒れて、すぐに救急車で運ばれた。

頭を打っていた為、MRI検査をしたら腫瘍が見つかった。

まぁ、よくある話だ。

腫瘍は比較的、取り除きやすい場所に出来ていたため、手術自体は問題なかった。


先生が念の為にと、検査をして分かったことがある。

脳の腫瘍は転移したものだった。


【卵管癌】早期発見はほぼ出来ない癌らしい。リンパ節に転移した癌は、肺、膵臓、肝臓、骨、そして脳に転移していた。


もう手術や抗がん剤治療をしないことの説明を受けたが、詳しい言葉は覚えていない。

痛みがひどく、呼吸も辛かったおかげで思いの外、冷静に聞けた。



ふと、思った……



今日は、いい天気でもないし、悪い天気でもない。



あぁ---

山﨑に会いたいな。


病室は三階で、窓の外には大きな木が見える。

風が吹いて、枝が揺れる。

そして葉っぱが舞う。

そんな、当たり前の風景が何故だか愛おしく見えて、憎らしく見えて、そして寂しく見えた。


余命は……



一週間‥‥‥だって。




◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆





倒れて入院したって、佐伯本人からメールで連絡が来た。プリン持ってお見舞いに来いって内容だった。

「そんなに暇じゃねぇーよ」

携帯に向かって呟いた。


仕事終わり、四つほど色んな種類のプリンを買って、佐伯の入院してる病院に向かった。

受付で病室の部屋番号聞いて、階段で三階まで向かった。


病室のドアを開けると、普段通りの佐伯がパジャマ姿で漫画を読んでいた。


「元気そうだな」


心配して損した。俺は呆れて、声をかけた。


「おっ!山﨑!!なんか久しぶり!」


確かに久しぶりだった。よくて一年に一回集まれるかどうかってとこだ。


「ほら、プリン」

と、コンビニの袋に入ったまま渡した。


「こんなに買ってきてくれたの?!まじ、感謝ー!ごめん、そこの冷蔵庫に入れといて」


「え、食べねぇのかよ」


「あとからの、お楽しみだな」


そう言って、佐伯は満面の笑みを俺に見せた。


「んで?どうしたんだよ。どっか悪かったんか?」


「癌だって」


漫画を読みながら、サラッと佐伯が答えた。


「は?」


俺は、また冗談かよと半笑いだった。


「余命一週間だって」


「もう、冗談はいいから。んで?ほんとは?どうしたんだよ、ストレスか?それは無えか」


佐伯は読んでた漫画を、ポンと置いて、一枚の紙を見せてきた。


診断書だった。


それを読んだあとの俺の記憶は曖昧だ。何か佐伯に言って病院を出た。


覚えているのは会社に電話をして、有給全てを使用したいって申請した事ぐらいだ。




◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆





帰りの車の中で、意識を失った佐伯を病院についてからは、時間が止まっているみたいに白黒の映像しか思い出せない。


佐伯……


佐伯はもう……

----


五日だった…


余命宣告から五日、佐伯はあのまま海のあっち側までひとりで走って逝ってしまった‥‥‥



病室のベッドを眺めてる。もういない事は理解していても、じゃーん!とか言ってベッドの下から出てこないかと。



現実味があまりにもなくて、何も考えられず涙も出ない。


「山﨑くん?」


後ろから呼ぶ声に、ビクッとした。

振り返ると、佐伯を担当してくれた看護師さんだった。


「あの‥‥これ」


四つ折りにされた一枚の紙を渡された。


「山﨑くんに渡してくれって言われてたの」


「ああ、ありがとうございます」

何を渡されたかも分からないのに、適当な返事をした。


看護師さんは、少し涙声のような気がした。


「佐伯さん…ペンも持てない状態だったので私が代筆させてもらいました」


そう言うと、ナースステーションの方へと戻って行った。


読む事に少し、弱虫の俺には勇気が必要だった。



山﨑へ

これを読んでるって事はそういう事なんだね。


まずは、ありがとう!


最後まで私のわがままに巻き込んでごめんね。

海は綺麗だったはず。

海は嫌いだけど、あんたと見る海は綺麗で優しかったと思う。


あんたといると、優しい気持ちになれる。

話さなくても、何もしてなくても、ただただ私の気持ちが優しくなれる。


気づいたんだよね。

多分、私は---


いいや、絶対に私は--


あんたのことが好きだって。



最後の最後まで困らせてばかりの私を許してほしい。


じゃーね、いってくるわ



『涙の止め方』ってググったらわかるだろうか-





喪服のまま、海に来てしまった。

他の人が見たら、そりゃ驚くだろうよ。

海を見て、ぐしゃぐしゃの顔して、声出して泣いてるおっさんを見たら、誰でも驚く。


お前はいつも俺を巻き込む。

言いたい事言って、勝手にどっか行きやがった。自己中女。


「返事は次会った時にでも言うよ‥‥」


今はまだ、涙が止まりそうにない。

もう少しあと少しだけ、悲劇のヒロインみたいに、ここで泣かせてもらいたい。


俺は…お前のことを……だよ…


この海に向かって言ったところで、何か答えてくれるだろうか。


この海は愛を語らない。

               (完)


                來宮 理恵

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この海は愛を語らない 來宮 理恵 @rai-z

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