第5話 帰ろうか
夕陽なんて無かったかのように、すっぽりと海に食べられてしまった。
って、エモい感じに考えてみる。
空いっぱいの星が、ほんのりあたりを明るくする。
「佐伯?おーい、起きてるか?そろそろ、病院に帰るぞ」
佐伯が薄く目を開けたみたいに見えた。
「今日は、もう戻るけどまた外出許可もらったら、どっか行くか!」
佐伯は、何も話さない。
精一杯、息を吸って、ゆっくりと吐く。全身で生きてる。
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俺は高校に入ってからなぜか、思うように動けなくなった。
何が原因なのかと聞かれても、すぐに答えられるような、答えはない。
眠れず、イライラして、朝になっても布団から起き上がることが出来ない。
腹が減っても食べたくないし、誰にも会いたくないし、話したくもない。
携帯電話のメールの音が、不安感を募らせた。
両親は心配した。その心配すらも俺にとっては重荷に感じた。
俺は、高校に全く行けなくなった--
病名は鬱‥‥‥
病気なのか、と少し安心したが恥ずかしかった。
毎朝、迎えに来てくれる友人達。
メールや電話、手紙。
全てが嫌だった。
このまま、消えてしまいたかったが、臆病者の俺にはただ一日、一日をひたすら、終われ!終われ!とベッドの中で祈るだけだった。
時間が経てば、迎えに来る友人はだんだんといなくなる。
メールも、電話も家に来ることもなくなってくる。
これで、少しは落ち着けると思ってた。だけど、次に孤独感と言いようのない恐怖感が襲ってきた。
メールの通知音がした。
佐伯からだ。
元気にしているか、近いうちに皆でご飯を食べに行こうみたいな内容のメールだった。
佐伯は俺が、鬱で不登校なのを知らない。
返信しなかった。
そして、数日後またメールがきた。
佐伯は女子校では浮いた存在らしく、ほとんど一人で過ごしているらしい。
あの連ドラみてるか?とか、学校をサボったとか、そんな内容のメールが頻繁にくるようになった。
俺は一度も返信をしなかった。
そして俺は誰にも会わず、高校を辞めた---
その週の日曜日、佐伯が突然うちに来た。
「こんにちわー」
「はーい、あら!佐伯さん?また、綺麗になったわねぇー!光太郎に会いに来てくれたの?あらーありがとう!」
母さんの声は近所中に聞こえるほど大きかった。
「光太郎!佐伯さんがきてくれたわよ!光太郎ー!起きてる?こうちゃーん!」
俺は無視してた。無視して、暫くしたら帰るだろうと思ったからだ。
「もう、光太郎ったらまだ寝てるのかしら?じゃーまぁ、佐伯さんどうぞどうぞ。そのまま、こうちゃんの部屋上がってすぐだから、どうぞ」
はっ?
ガバッと布団から起き上がった。
聞き間違いか?今、どうぞ上がってって言わなかったか?と、パニクってると部屋のドアが開いた。
「おい!」
久しぶりに聞く佐伯の声だ。
ギュッと胸が痛くなった。そして、一瞬目が熱くなった。
「おい!何無視してんだよ!」
佐伯は怒っていた。
いや、キレていた。ブチギレだ。
それから数十分間、鬼の形相で俺を怒鳴りまくった。
そして、一発顔にビンタされ、後ろを振り返ることもなく帰っていった。
「おばちゃん、また来ます!お邪魔しましたー」
帰って行く時の声は何故か明るかった。
その日の夜、俺は久しぶりに風呂に入って髪と髭を剃った。
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やっぱり、夜の海は寒いな。
「風邪引いたらダメだからな。もう帰るぞ」
俺はブランケットを綺麗にして、佐伯を抱っこしたまま立ち上がった。
車までは目と鼻の先。
一歩ずつゆっくり歩く。
もう少しくらい、王子様役でいるのも悪くないから…
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