第5話 帰ろうか

夕陽なんて無かったかのように、すっぽりと海に食べられてしまった。

って、エモい感じに考えてみる。


空いっぱいの星が、ほんのりあたりを明るくする。


「佐伯?おーい、起きてるか?そろそろ、病院に帰るぞ」


佐伯が薄く目を開けたみたいに見えた。


「今日は、もう戻るけどまた外出許可もらったら、どっか行くか!」


佐伯は、何も話さない。

精一杯、息を吸って、ゆっくりと吐く。全身で生きてる。



◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆





俺は高校に入ってからなぜか、思うように動けなくなった。

何が原因なのかと聞かれても、すぐに答えられるような、答えはない。


眠れず、イライラして、朝になっても布団から起き上がることが出来ない。

腹が減っても食べたくないし、誰にも会いたくないし、話したくもない。

携帯電話のメールの音が、不安感を募らせた。


両親は心配した。その心配すらも俺にとっては重荷に感じた。


俺は、高校に全く行けなくなった--


病名は鬱‥‥‥

病気なのか、と少し安心したが恥ずかしかった。


毎朝、迎えに来てくれる友人達。

メールや電話、手紙。

全てが嫌だった。


このまま、消えてしまいたかったが、臆病者の俺にはただ一日、一日をひたすら、終われ!終われ!とベッドの中で祈るだけだった。


時間が経てば、迎えに来る友人はだんだんといなくなる。

メールも、電話も家に来ることもなくなってくる。


これで、少しは落ち着けると思ってた。だけど、次に孤独感と言いようのない恐怖感が襲ってきた。


メールの通知音がした。


佐伯からだ。


元気にしているか、近いうちに皆でご飯を食べに行こうみたいな内容のメールだった。


佐伯は俺が、鬱で不登校なのを知らない。


返信しなかった。


そして、数日後またメールがきた。


佐伯は女子校では浮いた存在らしく、ほとんど一人で過ごしているらしい。

あの連ドラみてるか?とか、学校をサボったとか、そんな内容のメールが頻繁にくるようになった。

俺は一度も返信をしなかった。


そして俺は誰にも会わず、高校を辞めた---



その週の日曜日、佐伯が突然うちに来た。


「こんにちわー」


「はーい、あら!佐伯さん?また、綺麗になったわねぇー!光太郎に会いに来てくれたの?あらーありがとう!」


母さんの声は近所中に聞こえるほど大きかった。


「光太郎!佐伯さんがきてくれたわよ!光太郎ー!起きてる?こうちゃーん!」



俺は無視してた。無視して、暫くしたら帰るだろうと思ったからだ。


「もう、光太郎ったらまだ寝てるのかしら?じゃーまぁ、佐伯さんどうぞどうぞ。そのまま、こうちゃんの部屋上がってすぐだから、どうぞ」


はっ?


ガバッと布団から起き上がった。

聞き間違いか?今、どうぞ上がってって言わなかったか?と、パニクってると部屋のドアが開いた。


「おい!」


久しぶりに聞く佐伯の声だ。


ギュッと胸が痛くなった。そして、一瞬目が熱くなった。


「おい!何無視してんだよ!」


佐伯は怒っていた。

いや、キレていた。ブチギレだ。

それから数十分間、鬼の形相で俺を怒鳴りまくった。

そして、一発顔にビンタされ、後ろを振り返ることもなく帰っていった。


「おばちゃん、また来ます!お邪魔しましたー」

帰って行く時の声は何故か明るかった。


その日の夜、俺は久しぶりに風呂に入って髪と髭を剃った。



◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆





やっぱり、夜の海は寒いな。


「風邪引いたらダメだからな。もう帰るぞ」


俺はブランケットを綺麗にして、佐伯を抱っこしたまま立ち上がった。


車までは目と鼻の先。

一歩ずつゆっくり歩く。


もう少しくらい、王子様役でいるのも悪くないから…

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