08
「嘉子を借りていくわね」
「なんで私に言うのだ?」
「ま、細かいことはいいわよ」
嘉子を使って悪いことをする人間ではないからいいがなんのためにそうするのかぐらいは教えてもらいたいところだった。
でも、もう出ていってしまって確かめようもないから私は引き続き床に寝転び続ける、今日はここから離れられずにいる。
「けいと、入っていい?」
「ああ」
父にしては珍しい。
「暁音ちゃんがゲームのことで少し遠いお店までいきたいようなんだ、いまからいくんだけどけいともいく?」
「いや、私は遠慮しておこう」
「そっか、どんなに遅くなっても夜までには帰るからよろしくね」
「ああ」
好きとかなんとか言っていたから二人だけで緊張なんかもしないか。
あ、それとも琴美が嘉子を連れていったのはみんなでいきたかったからなのだろうか?
とりあえず、休みなのにちゃんと休まない父には呆れたところだ。
「ふむ、そうなるといまこの家には誰もいないのか」
「私はいるよ」
「あれ、琴美と出かけたんじゃなかったのか?」
「ちょっと話しただけだった」
「そうか」
だが、根を張っていて簡単に離れられるわけではない。
こういうとき、姉ならどこかへ連れていってやるべきなのだが自力でなんとかできる状態ではないのだ。
「それに受け入れてくれるまで離れるつもりはないから」
「それなら受け入れたくないな、嘉子にどこかにいかれたくない」
「帰ったりはしないよ?」
「それでもだ」
誕生日の件は本当に諦めてほしい。
嘉子達の誕生日は祝うのだからそれでいいではないかと。
「起きて」
「それは――あ、引っ張るな引っ張るな」
「けいとが意地になればなるほど私も同じようにするだけだよ」
と言われてもなあ。
そうだ、今日は日曜で時間もあるから彼女のお母さんに会いにいくか。
それなら動ける。
「よし、いくぞ嘉子」
「どこへ?」
「嘉子のお母さんのところへだ」
今回は抵抗することなく、案内もあって無事に嘉子家へ着いた。
チャイムを鳴らすとすぐに「はい」と目当ての人が出てきてくれた。
「もしかしてけいとさん……?」
「はい」
「そうなの、会えて嬉しいわ」
よく分かったな。
「上がって」とのことだったので上がらせてもらうとしたときに嘉子がお母さんに抱き着いた。
「元気そうね」
「うん、けいと達のおかげ」
「許可してよかったわ。もちろん、穴見さんの協力がなければできなかったことだけどね」
父はなあ、基本的にはいい人だがなあ。
「お母さん、あの日にけいとと出会っていなかったら私は死んでいたかもしれない」
こういうのは言った方がいいのか、黙ったままの方がいいのか、うーん。
ただ、大切な息子や娘がこの世からいなくなって知ることになるよりは可能性があるからな。
「そう……お父さんがいなくなってからは毎日辛そうだったものね」
「でも、もうないから、それどころか私がけいとから離れるつもりがないから」
「ふふ、けいとさんのことが大好きなのね」
「大好き」
これもいいのかどうか、いや死ぬよりは遥かにいいがな。
とはいえ、私の家で暮らしてからこうなっているわけだから相手が相手なら「なにしたんだてめえ!」となってもおかしくはない。
「私だけではなくてあの二人もいるからこそだと思います」
「そういえば穴見さんが言っていたわね、どんな子達なの?」
「少なくとも私より優秀で嘉子にいい影響を与えられる存在です」
母親的な琴美と若者! という感じの暁音のバランスがいい。
しっかりしつつも明るく魅力的な存在に惹かれるものだから嘉子もよりいい方へ近づいていることになる。
まあ、暁音が私の家で暮らしたいとか言い出さなければこうはなっていなかったわけだが、私だけだったらより暗くなっていただろうから助かった。
「あ、分かったわ」
「は、はい?」
「あなたがしっかりしているからこそなのね」
え、あ……こういうところは嘉子に似ているというか、嘉子が引き継ぎ過ぎていると言うべきかもしれない。
「四人だからこそバランスがいいのかもしれないわね」
「は、はい――あ、こんなことを聞くのもあれですが寂しくないですか?」
「え、それは寂しいわよ……でも、これだけのいい変化が出ているならこれからもお願いしたいところね」
もう戻ってほしくないと考えているくせにこれはずるい質問だった。
「本人が嫌がらない限り私がしっかり見ておきますので」
「ええ、お願いね、穴見さんにもお礼を言っておいてちょうだい」
「はい」
「さ、嘉子のことを優先してあげてちょうだい」
強制的にと言っていいほどの感じで追い出されてしまった。
「嘉子の本当の家はここにあるのに帰ってほしくなかった、だからお母さんからいまみたいなことを言ってもらえればと期待してずるい質問をしてしまったのだ」
「お母さんのことは大好きだけどそもそも帰るつもりはなかったよ? それに受け入れられていないから離れないって話だったよね?」
「はは、嘉子は嘉子だな」
「うん、嘉子だよ」
ま、こうしてまた彼女と一緒にいられているのだから切り替えよう。
手袋をしていないからと言い訳をしてこれ以上冷たくさせないために手を握って歩き出した。
「帰ってこないね」
「ああ」
好きなゲームをやれても四人でいられた方が~などと言っていた暁音はもういないらしい。
まあ、なにかを我慢して一緒にいられるよりはいいと片付け、こうなってくるとご飯を作る気にもならないから二人でなにかを食べにいくことにした。
「私はけいとが作ってくれたご飯でよかったけどね」
「今日は我慢をしてくれ」
そうだな、こういうときは暁音みたいに肉を食べるのが一番だ。
大量には無理でも確かに力を貰えるから比較的安価でそれなりに食べられる専門店にいくことに。
「私はこのステーキにする、嘉子は――ハンバーグか」
ささっと注文を済ませて水をちびちび飲みつつ待っていると今日はすぐに料理が運ばれてきてラッキーだった。
「「いただきます」」
今度家でもステーキ肉を買ってきて焼くのもいいかもしれない。
偏りすぎないように魚や野菜もしっかり買って食べていけば偏ってしまうこともないだろう。
「けいと、ちょっとあげる」
「それなら私もあげよう」
「はい、あーん」
「直接か? あむ――おお、ハンバーグもいいな」
んーハンバーグの方が好きかもしれない?
とりあえず、期待されていたので応えると「ステーキも美味しい」と嘉子が笑っていた。
「そういえば本当に今更だが、朝ご飯のとき白米ばかりにしているがパンの方がよかったか?」
「どっちも好きだから大丈夫、だけどシチューのときにはパン」
「はは、それは知っているぞ」
シチュー限定で言えば私と暁音が白米派で琴美と嘉子がパン派だ。
琴美はどうしても受け入れられないらしい、どちらも美味しいのになあ。
「最低でも一ヵ月に一回はこうして家族でお店で食べていたの」
「お父さんがいなくなってからはなくなってしまったのだな」
「うん、それからは毎日が楽しくなくなった。でも、その不満をお母さんにぶつけていたわけじゃないからね? 表に出さないようになってその結果、お母さんを不安にさせちゃっていたかもしれないけど……」
「ああ、疑っていないよ」
私達は三人揃っているときも仲良くどこかに出かける、なんてことはなかった。
仕事大好きな人でもあって、たまにある休みの日だけ関わっていたから特になにか積み重なっていたわけではなかった、少なくともいい方へはそうだと言える。
「けいとはどうだった?」
「私か? 私は母が消えても気にならなかったな」
あ、だが母が出ていったせいで父のアレが悪化したとも取れるからな。
「出ていく前もいまとそこまで変わらなかったのだ」
「だったらお父さんのことが大好きだよね?」
「は、はあ?」
いや嫌いではないが大好きなんてことは一切ない。
これだと彼女のお母さんは複雑だろうな、そのうえで外で楽しそうにされているわけだからよく普通に相手をしてくれたな、と。
「けいとのお父さん――賢吾さんはお父さんに少し似ているかもしれない」
「いまは世話になっているからと無理して言う必要はないのだぞ?」
「優しいところがよく似ているから」
でも、出ていったのだろう? とは言わないが……。
「ま、母さんに感謝してくれ、前にも言ったかもしれないが母さんが出ていっていなければいまの四人で暮らすことは不可能だったからな」
「けいと……」
「食べよう、冷めてしまったらもったいない」
産んでくれたことだけは感謝している、ただそれだけだからこれも広がっていかないのだ。
食材みたいに熱くも冷たくもならないからつまらないだけ、嘉子家とは違うから気にしても意味はない。
「帰るか」
「うん」
流石に帰ってきているだろうから嘉子のことは任せて一人になりたい。
一緒にいすぎると踏み込みすぎていい距離感というのを見失いそうになるからこれはどちらにとっても必要なことだった。
「まだいないのか」
夜までに帰るとはなんだったのか、まあ事故に遭遇したり、起こしたりしていなければいいが……。
「溜めてお風呂にでも入るか」
「私もいい?」
「ああ、それは構わないぞ」
こればかりは一緒に入ることが当たり前になってしまって一人では寂しくなってしまっていた。
前までは「一人でなければ駄目なのだ」などと湯舟につかりつつ虚空に向かって呟いていたぐらいなのにな。
「ん? 他のことについては駄目なの?」
「少しな、お風呂から出たらそれぞれ別の場所で過ごそう」
「分かった、一緒にお風呂に入れるならそれでいいよ」
聞き分けがいい子で助かる。
少し待っていると完了したとの機械音が聞こえてきたので二人で移動、濡れてからすぐが一番辛いからささっと洗って湯舟につかる。
「温かいな」
「温かい」
いやもうどうでもよくなってきたな。
嘉子がお風呂から出ても一緒にいたがるなら受け入れてやればいいか。
もうお腹も満たされている状態だからより眠りまでの時間が早まると思うが、楽しいまま終われるのはいいことだろう。
「嘉子、一緒に寝ないか?」
「あれ、いいの?」
「ああ、問題ないなら一緒に寝よう」
「それなら一緒がいい」
なんかこれだと私が嘉子に依存しているみたいだ。
だが、そんなことはどうでもよくなるぐらいにふわふわしていて気にならなかった。
二十二時頃に目が覚めてしまってリビングにいってみたら父がいたから話をしていた。
「――という感じだな」
「そっか、約束を守れなくてごめん」
「無事に帰ってきてくれたのだから十分だ」
二十時には家に着いたとのことだったからまあ、遠出をすればそうなることもあるだろうということで片付けられた。
食事も入浴も約束を守ってくれることを期待して待っていたとかでもないし、イライラもしないから気にしなくていい。
「途中からは暁音ちゃんより琴美ちゃんがハイテンションになってしまってね」
「ま、娘の私がいる場所でも無理なのに私抜きなら益々甘くなってしまうことは容易に想像できるな」
「でも、僕しかいなくても二人は楽しそうで嬉しかったよ」
内がどうであれ相手を不安にさせないように振る舞うことが大事なのだ。
もっとも、片方は「好きだなー」などと言っていた暁音で、もう片方も好きとは言いづらいだけで悪く思っていない琴美だから悪い方に傾くことがなかったのは最初から確定していたことなのだが。
「まあいい、父さんは早く寝た方がいい」
「うん、明日から普通に仕事だからね、おやすみ」
このまま一人で起きていても明日酷くなるだけだからと部屋に戻ろうとしたときのこと、がしっと腕を掴まれて無理になった。
「賢吾さん、あんたしかいない場所でもいつも通りね」
「琴美か」
「うん、暁音はもう夢の中だから」
それはそうだ、私がいてもいなくても大して変わらない。
それはもう見たことがあるはずだ、だから無駄に考えて自ら疲れさせる必要はない。
「気にしているのか? もう終わったことなのだから意味ないぞ」
「なんか冷静になったら怖くなっちゃってね」
「追い出されたりしないぞ」
「……あんたのところで寝てもいい?」
「嘉子もいるが三人で寝た方が温かいか、いくぞ」
上手にやれてしまう人間だからこそ一撃に影響を受けやすいのかもしれないな。
「そうだ。誕生日のことだが、ありがとな」
「まあ、嫌がっているのに無理やりするなんてエゴでしかないから」
「どうしても受け入れたくなくてな、父さんからも逃げ続けてきているのだ」
「あの人がいるときはどうだったの?」
「あの頃はいまほどではなかったからな、それに逃げられなかったのだ」
いつもろくに家にいないくせにそういうときだけはりきってしまう人でもあった。
いい思い出がないのもそういうところからきている、仮に誕生日の件がなかったとしても大してないとしてもだ。
「暁音が知っていたら捕まえていたでしょうね」
「そう、この中だったら暁音が一番危険だったのだ、だから今回のは少しひやっとしたぞ」
ふとしたときに「あれ?」となったら今度は駄目かもしれない。
そういうのもあって二人がいい状態になっているのはありがたい、それでも足りないならあとは肉がなんとかしてくれる。
「嘉子にだけは言うの?」
「言わない、相手が誰だろうと関係ない」
「それならよかったわ、出会ったばかりのこの子にあっさりと教えられてしまったら複雑な気持ちになるもの」
「安心して――起こしてしまったか」
なにもない部屋だからこそ喋り声はより大きく聞こえるのかもしれない。
嘉子はこちらの手を優しく握ってから「……本当は嫌だけど無理やり聞いたりしないから安心してね」と今度は大人な部分を見せてくれた。
「ああ、嘉子はいい子だな」
「なんか本当に姉妹みたいね」
「そうか、それなら嬉しいな」
「私はやっぱり妹じゃ嫌だけどね」
今日で最後なんてこともないからやはり時間をかけてやっていくだけだった。
次の更新予定
2026年1月4日 05:00
193 Nora_ @rianora_
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