第15話 支え

 陸の視線に気付いたのか、振り返った相手は、「対怪異戦闘部隊たいかいいせんとうぶたい」の隊員、観月みづきだった。

「こんにちは。今日は、休みかい?」

 人相を隠すのにかけていたサングラスを外しながら、陸は観月みづきに声をかけた。

「あ、ええと……こんにちは」

 陸の姿に気付いた観月みづきは、やや動揺した様子だった。

 パーカーにデニム、バケットハットというカジュアルな服装の彼は、戦闘服姿の時に比べると年相応に見える。

「今日は週休なので……」

 視線を合わせようとせず、もごもごと口籠くちごもった観月みづきだが、陸の後ろに立っている桜桃ゆすらの姿に、目を見開いた。

「は、花蜜はなみつさん??」

観月みづきくん、身体は、もう大丈夫なんですか?」

 心配そうな顔で、桜桃ゆすらが尋ねた。

 少し前に、「怪異」との戦闘における無謀な行動が元で、観月みづきが負傷するという出来事があったのだ。

「ひ、一晩入院しただけで済みました……もう大丈夫です。戦闘服を着ていなければ重傷を負っていただろうって言われましたけど。来栖一尉には、すごく怒られました」

 桜桃ゆすらを前に、顔を赤らめ、うわずった声で話す観月みづきの姿を、陸は微笑ましく思った。

 彼にとってもまた、桜桃ゆすらは憧れの対象なのだろう。

「ところで、花蜜はなみつさん、か、彼と二人で……?」

 観月みづきは、陸と桜桃ゆすらを交互に見やりながら、状況が理解できないという表情を見せている。

「俺、一人以上の術師か戦闘員と一緒でないと『怪戦』の施設から出られないから、外出に付き添ってもらっているんだ」

「そ、そうなんだ……」

 陸の説明に、観月みづきは、やや安堵した様子だった。

「……あの……あの時は、ありがとうございました」

 不意に、観月みづきから頭を下げられ、陸は首を傾げた。

「えっ? どうしたの?」

「助けてもらった時、ちゃんと、お礼を言っていなかったので……では、別の売り場も見たいので、失礼します」

 決まり悪そうに言ってから、観月みづきは、そそくさと立ち去った。

「用事は済んだから、俺たちは出ましょうか」

 陸と桜桃ゆすらは、画材店を後にした。

 外に出ると、店に長居した為か、既に陽が落ちかけている。

風早かぜはやさん、観月みづきくんと何かあったんですか? この前、彼が負傷した時も、少し様子がおかしい気がしたんですが……」

 「怪異戦略本部かいいせんりゃくほんぶ」への帰途、桜桃ゆすらが口を開いた。

 陸は、「体力錬成室」で観月みづきから辛辣な言葉を投げかけられたことについて、かいつまんで説明した。

観月みづきくんは『怪異』の所為でご両親を亡くしたそうだから、俺みたいな存在を良く思えないという気持ちは分かるし、俺も気にしていないから、問題ありませんよ。さっきの様子を見るに、彼は、ちょっと気にしてるみたいですけど」

「そうだったんですね。この前のこともあるし、観月みづきくんも、風早かぜはやさんとヤクモがい人だというのは分かってくれたと思います」

「……だと、いいんですけどね。そういえば、冷泉れいぜいさんも、観月みづきくんみたいな事情があったりするんですかね」

 陸は、気になっていたことを口に出した。

「……ええ。真理奈まりなさんも、ご両親と弟さんを『怪異』の所為で亡くしています」

 桜桃ゆすらは、陸の問いかけに頷いた。

「真理奈さんの家は、私の家と同じように術師の家系でした。でも、真理奈さんには術師としての素質が乏しかったので、その代わりに『呪化学』を勉強して、『怪異』の討伐に貢献しようと考えたそうです。彼女は子供の頃から頭脳明晰だった為、飛び級で入学できる海外の大学で学んでいたのですが……」

 桜桃ゆすらが、そこまで言って、一瞬沈黙した。

「留学先から帰ろうとした矢先、真理奈さんのご両親と弟さんは、『怪異』に襲われて亡くなってしまったんです。彼女は、自分だけが生き残ってしまったと苦しんでいました。今も、それは変わらないのかもしれません。あれから真理奈さんは笑わなくなってしまったし、私の使い魔である『コンちゃん』にも触れようとしなくなりました」

「……冷泉れいぜいさんの中で、全ての『怪異』が『敵』になってしまったんですね」

 ――大事なものを失った悲しみや苦しみに耐える為に、冷泉れいぜいさんは「怪異」への怒りや憎しみを支えにしているのだろうか。

 陸は、陽が殆ど沈んだ灰青色の空を見上げ、真理奈の氷のような眼差しを思い出した。

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