第13話 鍋怪! 鉄パイプ女!!


 《前回のあらすじ》 鉄パイプ女、捕まる。


 グツグツと…煮えたぎる鍋の音が聞こえる。

 牢の中は霧がかっていた。いや、具体的には部屋の中にある囲炉裏。そこに設置された鉄ナベから出る水蒸気だったんだが、空気の通り道が無さすぎるせいで滞空して霧みたくなっている。テツ鍋の下には炎がまんまと踊っていて、鍋に浸かるハク菜、ニンジン、シイタケをノボせ上がらせていた。


「…」

「…」


 その鍋を、呆然と見つめる奴らが2人いた。鍋のグツグツさに対して視線の冷ややかなコトこの上ないが、男の方は何だかんだで鍋を楽しみにしているらしい。菜箸を握って、男性にしてはシャープな指でネクタイの締め付けを緩めている。

 一方、女…まぁ鉄パイプ女の方は、あぐらをかいて膝に頬杖を突き、ほとんど真横になった顔から「はぁ」 と息をついた。息は、立ち昇る霧へと合流する。


「肉」


 鉄パイプ女が親指を立てる。


「ネギ」 人差し指を立てる。

「豆腐」 中指を立てる。と、立てた指たちを鍋に向けた。


「いろいろ欠けてねぇか? この鍋」

「ゼイタク言うな。食えるだけありがたいと思え」


 アサシン男はそう言うと、菜箸でニンジンの様子を見た。


「…」

「…」


 そして、まーた無言。さっきからずっとこんな感じ。さっきってのはつまり、鍋が運ばれてきたときのことだ。七三分けにアロハの妙な男がやって来て、「怖いよ~」 とか思ってること口に出しながらセッティングしていった、あの時のことだ。もちろん鉄パイプ女は「あん?」 とかスンとか言って威嚇してやったんだが、アロハの男は聞く耳を持たずに、なんか一人でずっと怖がっていた。


「おい! ヴァング男」

「はい…」


 鉄パイプ女が呼ぶ! と、そのアロハ男が柵越しに顔を覗かせた。壁に隠れて、片メガネだけでこっちを確認してくる。

 「水!」 同じくらいの声量で、叫ぶ! 「鍋の汁でも飲んでくださーい」「…」「ただちに持って参ります」 ヴァング男は丁寧に応対すると、ソソソと奥ゆかしい動きでどこかに下がって行った。


「見張りには優しくしといた方がいいぞ」


 アサシン男は顔を鍋に向けたまま、視線だけ鉄パイプ女にやった。


「メシ。止められたらタまったもんじゃねぇ」

「知らねぇよ。どうせすぐに脱走すんだから、カンケーねぇだろ」

「へぇ。どうやって脱走するんだ?」

「…考えたんだがよ」


 『考えたんだがよ』 とは! いかにも鉄パイプ女らしくない。どうやら鉄パイプを失って、本格的にションボリしているらしい。背中を丸めて、顔を炎の熱くないギリギリまでアサシン男に寄せた。


「お前の能力」


 ピタッ…揺らめく蒸気の向こうで、アサシン男が止まる。


「どうせ、何かできんだろ? どうなんだよ」

「…できる。が、できない」

「あん?」


 鉄パイプ女は首をひねった。


「なんじゃそりゃ」

「能力はある。が、今この状況じゃ使えないってことだ。残念ながら」

「何だよ! 紛らわしい言い方しやがって」


 ドタンっ! 畳の上に倒れ込む。見える天井はやっぱり蒸気で曇っていて、炎の不定形な明かりをもってユラユラとオレンジ色を滲ませていた。すると、夜空。を、見上げるような。そんな体勢で、鉄パイプ女は「煮えたら起こせよ」 と、うるおった唇を舐める。


「そんなに時間はかからんぞ」

「ぐぅ」

「まったく…」


 その時だった。


『………』

「…」


 気配。視線。アサシン男は気取られないために鍋だけを見るよう努めながら、ジッとその存在の印象を探った。

 『隠しカメラ、じゃないな』 菜箸をお椀の上に置く。

 それなりに場をくぐってきたアサシン男のことなので、もし隠しカメラだったとしても牢にブチ込まれた時点で気付けるハズだった。しかし、この気配は入牢の時にはまったく感じることができず、まるで獲物をツケ狙うウツボかのようにチラチラヒョッコリ顔を出している。明らかに機械らしくはなかった。


『能力…千里眼。透明人間。見張りはフェイク?』


 アサシン男は揺らめく鍋を眺めた。同様に、思考を煮詰め、あの事件と紐づけていく。


『ビブリアタイタン殺し。今のところ、一番怪しいのは豚宮会だ』


 そう! ビブリアタイタン殺し! すっかり忘れていた。

 ビブリアタイタンが消えて都合の良い団体。『ギガロドンバイト』『マール・ガン・シール』『豚宮会』 。このうちマール・ガン・シールはアサシン男自身で言っていた通り、可能性としてほとんどなかった。となればギガロドンバイトか豚宮会になるッてんだが、この2団体ではビブリアタイタンを細切れに出来る可能性がずいぶんと違っていた。


 ギガロドンバイトにはほぼ無理だが、豚宮会は違う。トルネード女がいる。


 アサシン男はトルネード女の能力を知らない。しかし、豚宮会とかいう くたびれたレタスのようなグループを成立させている手腕は知っていた。華奢な見た目と相反して、あまりに強く、鮮烈。さらには、かつて2番街で大暴れしていたという情報も捨てがたい。


『だが、流石に一人じゃ無理だ。情報を集める人間も必要だろうしな』


 そう考えると、今まさに感じている気配は情報収集にウッテツケの能力に違いなかった。


「ぐぅ~…ン」

『まぁ、まずはココから出ることだな』


 アサシン男は菜箸を取って、今度は白菜の様子を見ようとした。しかし、その時。伸ばした箸の間から、あることに気が付く。


「?」


 囲炉裏の、敷き詰められた灰に、文字が描かれている。


「なんだ…?」


 少なくとも、さっきニンジンの様子を見た時にはなかった。たまたま出来上がったにしては明らかに意味を成していて、堀もしっかりしている。肝心の内容についても、まるでこちらに語り掛けてきているようだった。


 『上を見ろ』 …そう読み取れる。


 アサシン男は不思議には思いながらも、何の気なしに上を見た。


 上…つまり天井には、『右を見ろ』 と書かれている。


 アサシン男は眉を少しひそめて、右を見た。


 右…つまり柵のある方の壁には、『左を見ろ』 と書かれている。


 アサシン男は左を、見た。


「…どうも…お嬢ちゃん」

「G・H・O・S・T …やっと気づいてくれたね。おじさん」


 女の子が! 鍋の蒸気よりちょっと濃いくらいの透け感で、小さく正座している!


「一応…まだ30いってないんだけどな。29歳だ」


 アサシン男は動揺を悟られないようにしながらも、自分の声がつっかえていることに気付いていた。それでも、余裕ぶって会話を回そうとする。当然この女の子が豚宮会の能力者であることを警戒してのことだった。


 女の子は、ぽつりと呟くように喋る。煮えたぎる鍋の音さえ邪魔になった。


「わたしは、10才。キョウネンだけど」

「なんだって…享年?」

「ゴースト女。よろしくね、おじさん」

「…おい、起きろ鉄パイプ女」

「ぐぅ、ごぉ」


 アサシン男は鍋からニンジンをひょいと取って、鉄パイプ女の開いた口辺りに投げた。

 「熱ッちぃ!」 見事ホールインワンしたニンジンが、鉄パイプ女を現実に引き戻す。と、鉄パイプ女は鋭い目ツキで機嫌最悪そうに起き上がった。


「テッッッんめぇェェ! なーーにしやがるこの野郎ッ!!」


 白い蒸気を引き裂いて、今にも掴みかからんとする勢いだ! しかし、一日行動して慣れ切ったのだろうか、アサシン男は冷静にチョイチョイと、菜箸で左を指した。


「あん?」

「初めまして、おねーさん」


 鉄パイプ女は驚くよりも早く、首を傾げた。


「誰だ? お前」

「ゴースト女」

「知り合いか?」

「いや、知らん。気づいたらココにいた」

「なんじゃそりゃ! ってか、なんか透けてね?」

「死んでるからね」

「ハッ! えらくエッジの効いたジョークだな。ガキのくせに」


 モコモコと、口に入ったニンジンを飲み込む。


「どうせ能力者だろ? なんだ。おこづかい あげるから見張ってきてとでも言われたのか? あのアッカい髪した女によ」

「違う。わたしは、ここの人たちとは関係ない」

「また冗談言いやがる」


 その時だった。


「スイマセ~ン。水、お持ちましたー」


 さっき追い払ったヴァング男が、手にペットボトルを据えて帰ってきた。


「おぉ、センキュセンキュ」

「わざわざ買ってきたんですからね? 僕の慈善性に感謝してくださいよ」

「はいはい感謝。ウレしいな」

「ゼッタイしてない! ってか…ん?」


 ヴァング男はみょうちくりんな顔になって、牢に指を向けた。


「一人、二人…三人? 三人だったっけ?」

「おう、三人だったよ」

「そっか!」

「ウソ教えるな。二人だったよ」

「二人…うわぁぁぁぁーーーー!!?」


 叫ぶ! その見開いた瞳孔は例の女の子を映していた!

 驚きのあまり、ペットボトルが床へと落ちる。中身の水はまるで荒天の海といった面持ちで暴れ、ゴロゴロとペットボトルを転がしていった。


「初めまして、メガネさん」


 ゴースト女と名乗る少女はユラリ立ち上がると、スタスタと素足で畳を踏みがらヴァング男に近づいていった。一方、ヴァング男は動けずに、その場でワナワナと震え始める。


「なんで!? ま、迷子かしらん?」

「ううん。何十年も、ここにいたよ」

「いやいやいや。そんなまさか。この牢は長いコト空っぽだったし、だいたい君、まだ子供じゃないかね!」

「そう。だけど」


 ゴースト女は、柵に向けて。ヴァング男に向けて、手を伸ばす。白く細い腕だ。鉄パイプ女は今日だけで、これほど白い腕を二回も見た。トルネード女の腕と、ゴースト女の腕。大人の腕と、子供の腕。だけどそれ以上に、二人の腕には大きな違いがあった。


「あなたより、ずっとおとな」


 ヴァング男の頬を、死人の腕が触れた。


 瞬間。ヴァング男は気付く。その冷たさ。その血の気のなさに。一方、見ていた2人も驚いていた。ヴァング男は体温に気を取られているようだが、明らかに、ゴースト女の腕は柵をスリ抜けて、その頬へと触れている。


「能力…だよな?」

「あぁ。だが、知り合いじゃないみたいだな。演技って可能性もあるが」

「できるタチかよ。アイツに」


 ヴァング男は恐怖でカチコチになり、氷像みたく立ちつくしている。と、「ふー」 ゴースト女が息を吹きかけた。

 

「…キュウ」


 バタンッ! ヴァング男はあらかた脳内を思考で荒らしまわったのち、目を回して気絶した。


「おい、見張りがトんじまったぞ」

「…ソッとしといてやろう。それより」


 アサシン男はお椀を持つと、鍋に浸かっていたオタマに手を伸ばした。


「鍋、もうずいぶんと煮立ってやがる」


 白んだ部屋。出汁の香り。アサシン男は迷いはしたものの、3つのお椀に具材をよそった。

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