第32話 アウトワードの光

 1940年のイギリスにタイムスリップ


 高橋はガジュマルとの対話の後、混沌とした思いを抱えていた。しかし、彼の運命を決定づける出来事が突然訪れる。ある晩、部屋の隅にある古びた時計が急に音を立て、針が逆回りを始めた。数秒後、目の前に広がる風景が一変した。


 高橋は一瞬、何が起こったのか理解できなかった。気がつけば、彼はイギリス、ロンドンの街並みに立っていた。時代も異なる。彼の周囲には第二次世界大戦の真っ只中にある1940年のイギリスが広がっていた。


「ここは……1940年?」


 周囲を見回すと、焦げ臭い煙と爆撃の轟音が響き、夜空はまるで赤黒く染まり、空には何機もの戦闘機が飛び交っている。高橋はその場で立ち尽くし、時空が一体どうなっているのかを理解しようと必死に頭を働かせた。彼が見ていたのは、明らかに戦時下のロンドンだった。爆撃機の警報が鳴り響き、近くの建物が爆風で揺れる。その光景は、まさにイギリスがナチス・ドイツによる空爆を受けていた頃のものだった。


「こんな場所に……どうして?」


 突然、目の前に現れたのは、見覚えのない巨大な風船だった。高さ数十メートル、光を反射するように白く輝いていたその風船は、まるで空に浮かぶ謎の物体のように見えた。


 その風船は「アウトワード風船」と呼ばれるものだった。



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 アウトワード風船の目撃


 1940年、イギリスが空爆に悩まされていたころ、イギリス軍は防空の一環として「アウトワード風船」と呼ばれる特殊な風船を使っていた。この風船は、大きな気球のようなもので、空中に浮かべて高射砲の射程範囲を拡大し、敵の爆撃機の進入を遅らせる目的で使用されていた。


 高橋が目撃したそのアウトワード風船も、まさにその一環として空に浮かんでいた。ただし、何かが違う。風船の表面が異常に輝き、青白い光を放っていた。周囲の爆撃機がそれに向かって旋回する様子も奇妙だった。高橋はその光景に強い引き寄せられるような感覚を覚え、足を踏み出す。


「これは……一体、何だ?」


 その風船に近づくにつれ、恐ろしい感覚が彼を包み込む。風船の下には無数の糸が絡み合い、地上に向かって引き寄せられていた。まるでその糸が時空の歪みを生んでいるかのようだった。高橋が風船の真下に立つと、突然、その一部が異常な音を立てて裂け、彼は強い引力に引き寄せられるように空中に引き上げられた。


「なんだこれは…」


 高橋の周囲に一瞬、視界が歪み、目の前の空間がねじれ始める。彼はすぐにその原因を悟る。タイムスリップ、再び時空が歪んでいるのだ。



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 1940年のロンドンと、ガジュマルの暗躍


 高橋が再び目を覚ましたとき、今度はさらに異常な感覚に襲われていた。1940年のロンドンから、なぜかその風景は現代の裏社会へと繋がっていたかのように思えた。彼の周囲には、モロキューやガジュマルの姿がぼんやりと浮かんでいるような気がした。


「ガジュマル……?」


 高橋の頭に浮かんだのは、ガジュマルの冷徹な表情と、彼がかつて言った言葉だった。ガジュマルは過去と現在、そして未来を巧妙に操る人物だと告げていたが、今ここで高橋が目撃しているこの光景には、その言葉が強くリンクしているように感じた。


「何かが俺を試しているのか?」


 高橋は無意識のうちに、その風船を見つめ続けた。もはやそれが単なるタイムスリップの一環であるとは思えなかった。風船が発する光の中に、他の異次元へと通じる扉のようなものを感じ取ったからだ。


「もしこれが……」


 そのとき、高橋はふと気づく。自分が過去に戻った理由は、ただの偶然ではなく、ガジュマルが仕組んだ何かによるものだということを。彼の動き、彼の計画の一部として、高橋がこの時代に送り込まれたのだと感じ始めた。



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 未来を変えるための選択


 高橋は再び、タイムスリップした場所で深い思索に沈み始める。彼は気づきつつあった。過去と現在、そして未来が絡み合い、彼に与えられた「選択」がこれからの運命を決定づけるのだと。


 1940年のロンドンで目撃したアウトワード風船。その光景の中に、裏社会を動かすための「鍵」が隠されているような気がした。今、高橋の前に広がるのは、過去と未来を繋げるための選択肢だった。


「どうする?」


 高橋は風船の輝きの中に、ガジュマルの姿を再び感じた。それは、彼に対する試練でもあり、同時に次なる戦いの始まりを意味しているようにも思えた。どのようにしてこの状況を乗り越え、最終的な支配者として立ち上がるのか。それを決めるのは、他でもない高橋自身だった。


 その選択が、時空を越えた壮大な戦いの始まりを告げることとなるだろう。


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