第16話 トラウマ
石井の中で、島田が関わっている「殺戮ミッション」という言葉が鳴り響いていた。その裏にある陰謀を解き明かすことは、命を懸けた戦いになるだろう。だが、逃げるわけにはいかない。何も知らずに過ごしていた日々が、今や恐ろしい現実に変わりつつあった。
病院のベッドでの一夜が過ぎると、石井は心の中で一つの決意を固めた。島田が関わるその「汚れ仕事」を、少しでも知ることができれば、自分に何が起こったのか、なぜ事故に遭ったのかがわかるはずだ。それを理解することで、彼の身に迫る危険から逃れるための糸口が見えるかもしれない。
数日後、石井は退院した。体調が完全に回復したわけではなかったが、病院の中でじっとしていることができなかった。頭の中はあの事故のこと、そして島田の言葉でいっぱいだった。島田の「君が無事でよかった」という言葉が、どこか皮肉に響く。
会社に出勤する日、石井は普段通りにその一歩を踏み出した。しかし、もう以前のような無心な日常には戻れないことを、彼は痛感していた。出勤途中で再び、あの交差点を通るとき、石井は不意に足を止め、あの車が猛スピードで突っ込んできた瞬間を思い出した。あの一瞬の恐怖、逃げ去る車の後ろ姿。逃げる車が何もかも物語っているようだった。
会社に到着した石井は、まず自分のデスクに向かったが、すぐに島田を探し始めた。今の自分にとって、最も危険で重要な人物が島田であることは明白だった。石井は他の社員たちには悟られないようにしながら、島田の行動を注意深く観察し始めた。
その夜、島田が退社する時間に、石井は意を決して声をかけた。
「島田さん、ちょっといいですか?」
島田は振り向くと、少し驚いたような表情を見せた。「あ、石井さんか。どうしたんだ?」
石井はその言葉に隠された意味を読み取ることができた。島田は普段通りに振る舞っているが、明らかに石井に対して警戒している。それでも、石井は自分の疑念をぶつけた。
「君が関わっている仕事について、少し教えてほしいんだ」
島田はその言葉に一瞬、動揺したようだったが、すぐに冷静さを取り戻した。「ああ、そうか。君もそういうことに興味があるんだな」
その言葉に、石井はますます警戒心を強めた。島田が自分の問いにどう答えるか、わかっていたからだ。
「君が言っていた、『汚れ仕事』って何なんだ? それが、あの事故と何か関係があるのか?」石井は少しだけ声を低くして言った。
島田は静かに、周りを見回しながら言った。「汚れ仕事ってのは、まぁ簡単に言えば、会社が表に出せないような仕事だ。君にはあまり関係のないことだと思うけど」
「それが、本当にただの仕事だと思うのか?」石井は一歩踏み込んで尋ねた。
島田は少し黙った後、ようやく口を開いた。「君が知らないほうがいいことだ。もし君がその仕事に関わりたくないなら、今すぐに忘れることだな。だが、もし興味があるなら、もっと深く関わる覚悟が必要だ。なぜなら、そういう仕事は、関わった瞬間から、君自身の命がどうなるかわからなくなるからな」
その言葉に、石井は一瞬、背筋が凍る思いをした。汚れ仕事。それは単なる危険な仕事ではない。誰かを犠牲にし、裏で暗躍する仕事だ。島田の言葉に含まれる意味は、明らかにただの職務を超えていた。
「君は、それをやっているのか?」石井は冷静を装いながら尋ねた。
島田は短く笑いながら答えた。「ああ、そうだ。俺はその仕事を受けている。だが、それがどういうことか、君にはわからないだろうな」
その時、石井は深く息を吸い、次の言葉を選んだ。「もし、俺が君のように、その仕事を引き受けていたら、どうなっていたと思う?」
島田の表情が一瞬で変わった。その目は、石井を見つめながらも、明らかに警戒心を強めていた。「君には関係ないことだ。だが、もし君がその仕事に関わりたいのなら、考え直したほうがいい。結局、最後に残るのは、誰もが関わりたくない現実だ」
その後、島田は言葉を続けず、無言で立ち去った。石井はその後ろ姿を見送りながら、心の中で確信を深めた。この「汚れ仕事」は、単なる会社の不正ではない。背後にあるのは、もっと大きな組織の力。何かを隠すために、石井は何かを知られてしまったのだ。
その夜、石井は決断した。これ以上、この仕事に関わりたくはなかった。しかし、真実を知るためには、どこまで踏み込むべきなのか、覚悟を決めなければならない。
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