第13話 タイムスリップ

 突如として、モロキューのメンバーの動きは一瞬にして停止した。美咲がハッキングを試みる最中、警報が鳴り響き、周囲の環境が歪み始めた。彼女は一瞬、システムに何か問題が起きたのかと思ったが、次の瞬間、空間がひずみ、モロキューのメンバーは完全に異なる場所に転送された。


 「これは一体…?」


  美咲の驚きの声が響く。目の前に広がっていたのは、古びたフランスの街並みと、遠くに見える戦場の光景だった。彼女が目を凝らすと、遠くにドライエ型戦車が見え、その近くには数名の兵士が歩いているのが見えた。1918年のフランス、第一次世界大戦の最前線だ。


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 クロザワの覚醒


 クロザワはその瞬間、周囲の変化に気づいた。いつの間にか、彼は異次元のような場所に転送されていた。眼前には、第一世界大戦の激しい戦闘が繰り広げられており、銃声や爆音が響く中、彼の周囲には不安げに戦車を操作するフランス兵たちがいた。


 彼は一瞬の間、状況を把握することに全神経を注ぎ、すぐに冷静さを取り戻す。目の前にある戦車を確保するため、彼は暗殺者としての冷徹な直感を働かせた。ドライエ型戦車、それはこの時代で最も注目を浴びる新型兵器であり、モロキューが求めるべき対象だった。クロザワの任務は変わらない――どんな状況でも、その目標を達成することだ。



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 高橋の反応


 高橋もまた、この予測不能な状況に瞬時に対応しようとしていた。音波ピストルはもはや役に立たない。周囲の音波や爆発音にかき消されることになるからだ。代わりに、高橋は冷静に戦場の状況を分析した。彼の視線はすぐにドライエ型戦車に向かう。戦車を狙うのは他の暗殺者もいる可能性が高く、彼もその戦車を手に入れるための戦術を練り始めた。


 彼の新たな戦術は、まず隠れること。激しい戦闘の中で、彼の存在が敵に察知されないように動くことが肝要だ。音波攻撃の代わりに、近くの建物や障害物を利用して、戦車の進行方向を予測し、最適なタイミングで行動を開始しようと考えていた。



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 渡辺の決意


 渡辺もまた、新たな環境に適応しようと必死だった。煙幕を利用するはずだったが、戦場の煙や爆発の中で、その道具はほとんど効果を発揮しなかった。しかし、彼女はすぐに直感を働かせる。この新しい環境でも戦う方法を見つけなければならないと考えた。彼女の目標は、ドライエ型戦車を奪うことであり、そのためにはどんな方法でも使う覚悟だった。


 彼女は急速に周囲の状況を整理し、戦車を確保するための行動計画を立て始めた。まずは他の兵士たちの動きを観察し、戦車に近づく方法を見極める。そして、彼女は静かに動き出した。


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 ヴィクター・ハルトマンの影


 突然、ヴィクター・ハルトマンの影がその戦場に現れた。彼は過去にも未来にも巧妙に影響を与える存在であり、モロキューに対抗する力を持っている。ヴィクターが何故この時代に現れたのか、その理由はまだ分からない。しかし、美咲の予感が的中した。彼の目的は単なる暗殺ではない。この戦場を支配し、ドライエ型戦車を手に入れることが彼の最初の目標であると彼女は確信する。


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 戦場のカオス


 モロキューのメンバーは、それぞれの方法で戦場のカオスに適応していった。クロザワは戦車に接近するために素早く動き、狙いを定める。高橋は建物を利用して慎重に戦車の周囲を見守り、渡辺は煙を利用して戦場を混乱させようとしていた。


 一方、ヴィクター・ハルトマンは、その冷徹な目で戦場を見つめていた。彼もまた、戦車を狙っている。だが、モロキューのメンバーは彼が現れる前に、すでにその計画を進めていた。戦場では、予測不能な展開が次々に訪れ、誰もが生き残るために最善の手を選ばなければならない。


 戦車が動き出し、モロキューのメンバーは再び命を賭けてその奪取を目指す。



 石井は、今日もいつも通りの朝を迎えていた。会社に行くために家を出ると、普段より少し早めに家を出たのは、少し違った風景を感じたかったからだ。いつもと同じ通勤路だが、今日は歩く速度を少しゆっくりにして、周りをよく観察しながら進んでいた。


 駅に着くと、どこか静けさが漂う西浦和駅の風景が目に入った。高架駅のホームには人々が静かに行き交い、いつもよりも少し空いているように見えた。武蔵浦和駅が管理しているとはいえ、この駅の利用者は決して多くはない。彼もまた、この駅を通り過ぎるだけの存在だった。


 駅舎を見上げると、シンプルなデザインで、建設に関わった前田建設工業の名が刻まれている。石井は、普段は意識しないようなその情報にふと目を止めた。駅舎にあるトイレや自動改札機、エレベーターがすべて整備されていることに、少しだけ安心した。


「本当に便利になったなぁ」と石井は心の中で呟く。エスカレーターや車椅子用のトイレがあることに、現代の便利さを感じずにはいられない。サラリーマンの彼には、こうした日々の小さな安心感が重要だった。


 改札を抜けると、西浦和の駅前の風景が広がった。国道17号新大宮バイパスが目の前にあり、車がひっきりなしに走っている。石井は、いつものようにその喧騒を背にして歩き始めた。通り過ぎる車の音、そして時折聞こえる電車の音が、彼の日常を奏でている。


 武蔵野線の本線を走る電車が、駅を発車する度に、石井はその揺れを感じることがある。特に大宮支線と分岐する地点では、車内で少し大きく揺れることがある。その揺れは少し不安定で、放送で「注意喚起」が流れることもしばしばだ。そうした些細なことも、石井の日常の一部として、自然に受け入れている。


 彼は駅の周りを少し歩き、ふと足を止めた。大宮支線が分岐する地点、つまりこの駅の西側に差し掛かると、電車はその分岐点を過ぎ、いつものように揺れながら進んでいく。だが、「むさしの号」がこの駅を通過することを、石井は知っていた。それも、ただの通過ではなく、大宮支線にそのまま入るために通り過ぎるのだ。そんなことを考えながら、石井はふとその電車を見送った。


 駅のカラーはオレンジ。シンプルで温かみのある色だ。それを目にすると、何故か心が少しだけ落ち着くような気がした。普段は何気なく通り過ぎる場所でも、こうして意識を向けると、思いがけない発見があるものだと感じた。


「なんだか、今日は少し特別な気がする」と、石井は歩きながらふと思った。忙しい日常の中で、ただ通り過ぎるだけの場所に立ち止まり、少しだけ視点を変えてみると、普段見過ごしている細かい部分に気づくことができる。それが、彼にとっての新しい発見となった。


 駅を後にして、石井は足を早めて会社へ向かう。西浦和の風景とともに、今日もまた新しい一日が始まったのだった。


 サラリーマンの石井が西浦和を歩く — 轢き逃げ


西浦和駅を後にした石井は、いつもの通勤路を歩いていた。通り過ぎる車やバスの音が耳に入る中、普段どおりの静かな朝の風景が広がっていた。秋の冷たい風が少し肌に触れ、出勤前の静けさを味わいながら歩を進める。


だが、いつものルーチンが突然、予期せぬ出来事によって中断されることになる。


西浦和の交差点に差し掛かったその時、石井はふと目の前に目を向けた。信号が青に変わったのを確認して、歩行者信号の下を進んでいた。次の瞬間、急に車のエンジン音が大きく響き、目の前に一台の車が猛スピードで突っ込んできた。


「なんだ…!?」


石井が反射的に立ち止まったその瞬間、車は止まるどころか、そのまま彼をかすめるように通り過ぎていった。そのスピードは尋常ではなく、石井は一瞬その車のフロントバンパーが自分の足元に迫っているのを見た。


その瞬間、足元に何かが衝撃的に当たり、石井の体がふわりと浮く感覚を覚えた。ガリッという音が耳に残り、次の瞬間には地面に倒れ込んでいた。痛みが走るものの、頭の中は一瞬で混乱し、目の前がぼやけてきた。


「誰か、助けて…!」


声を上げる間もなく、その車は完全にその場を立ち去っていった。信じられないほどのスピードで逃げ去るその車の後ろ姿を、石井は無力に見送ることしかできなかった。


その後、何もかもが一瞬で暗くなった。



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気がついた時、石井は病院のベッドに横たわっていた。頭がぼうっとしており、全身に鈍い痛みが走る。自分が何をしていたのか、どうしてここにいるのかが一瞬わからなかった。


部屋の隅には、警察の制服を着た捜査員が立っているのが見えた。


「事故にあったんですね。」


捜査員が、静かにそう言った。その言葉が頭に染み渡り、石井はようやく状況を理解した。


事故にあったのだ。轢き逃げだ。


「車は、見つかっていないんですか?」


声がかすれるようにして、石井は尋ねた。だが、捜査員は少し悩んだ様子で答えた。


「まだ見つかっていません。目撃者がいなかったので、現場には証拠が少ないんです。けれど、車はおそらくナンバーを切り取って逃げた可能性があります。」


石井はその言葉を聞いて、少し胸が重くなった。彼の記憶の中にあるのは、ただ車が猛スピードで過ぎていった一瞬の光景だけだった。運転手の顔すら覚えていない。それに、どんな車だったのか、詳しい情報もほとんど何も浮かばない。


その時、石井の脳裏に一つの考えが浮かんだ。もしあの車が自分を故意に狙っていたのだとしたら? だが、その可能性は薄い。単なる不注意、もしくは急いでいた運転手が運転を誤っただけかもしれない。確証はなかった。


「とにかく、今は安静にしていてください」捜査員はそう言ってから、部屋を後にした。


 石井は天井を見上げながら、思った。自分がいかに運が良かったか。あの車の前に出る直前に立ち止まっていなければ、もっとひどいことになっていたかもしれない。


 しかし、それでも胸に残るのは、逃げていった車の姿と、助けを求めた自分の声を無視して消えていったその冷たい感覚だった。


 そして、この出来事が彼の心に深く刻まれることとなったのだった。



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